衝突

咄嗟に俺は、意識を振動と共に音が響いた方に向けていた。


それ自体は悪い事ではなかったと思う。戦場において状況の把握は重要だろう。問題なのは、他の存在から一瞬意識を離してしまったことだ。


俺が相手していたのは偵察型二体。内一体は屠ったが、もう一体は捌いていただけで無傷。いくら最弱の型だとしても近接戦闘で意識を切っていい相手ではなかった。


気が付いたときには、触手が間際まで迫ってきていた。──体勢が回避のための状態になっていなかったため反応しきれない。それでも咄嗟に腕に連動させている剣を振るい、襲い来る触手を途中で断ち切った……が、すでに勢いがついているものを断ち切ったところでその勢いが止まるわけがない。


「あぐっ!」


今の俺の細くなった太腿よりも太い触手が俺の肩から顔にかけて叩きつけられた。


恐らく普通の人間が受けたら一撃で命を落とすほどの衝撃。だが前線向けではないにしろまがりなりにもマテリアル適合者だ、その体は大幅に強化されている。たかだがこの一撃で戦闘不能になる事はない。


だが


「いってぇ……」


痛いものは痛い。


訓練である程度の攻撃は受けているとはいえ訓練は訓練だし、これまでの戦闘ではまともな一撃を受けた事はなく、これが初めての衝撃だった。


だが連続で無様を晒すわけにはいかない。続けて叩き込まれた二撃目、三撃目は問題なく斬り裂き、捌いた。


そこで相手の攻撃が途切れたので、顔についたぬめった感触を手で拭う。すると、その中に赤いものがこびりついていた。一応手でガードしたが勢いは消せなかったので口の中でも切ったのだろう。何にしろ大したことはないので、そのまま反撃に映る。


そこで今度は改めて自分の相手から意識を切らさない上で状況が確認できた。


先ほどまで横倒しになっていたダンゴ虫が起き上がっていた。先ほどの振動は起き上がるために飛び跳ねでもしたのだろうか?


その奴は、ゆっくりと移動を開始している。──俺達とは反対側に向けて。


逃げ出すのか? と思ったが、俺はまだ正面の相手が残っているため動けない。長船さんもまだ蜘蛛型と戦闘中だ。だが源次さんはすでに敵を屠ったようで、翼ちゃんもほぼ片付けおわっているようだった。


再び戦場に光が走る。源次さんの射撃が、徐々に速度を上げてこちらから離れようとしているダンゴ虫に叩きつけられた。が、先ほどの強力な射撃を耐えきった相手だ。地上で、尚且つ俺達が側にいる状態で全力射撃できない一撃では殆どダメージを与えられていない。


『おい、このままじゃ逃げられちまうぞ』

「こっち、終わるので追撃かけます!」


通信機から発せられた源次さんの声に応じたのは翼ちゃんだった。エネルギー弾によるバルカンのような武装で甲虫型をハチの巣にした彼女は、大地を震わせながらダンゴムシに向かって走り出す。


だが、ダンゴムシは大分速度を上げてきている。このままだと追いつけないかもしれない。障壁バリアを張るか? そうすれば足止めできるとは思うが……


偵察型の触手を斬り落としつつ本体にダメージを与えながらそう考えた、その時だった。


これまで俺達側から離れるように正反対へと向かっていたダンゴムシが軌道修正をした。大きく弧を描き、そのままの勢いのまま向きを変え──


「うわ、こっち来た!」


そう上げた声の主である、翼ちゃんの方へ向かって。


あれ、もしかして逃げるんじゃなくて助走をつけていたのか……?


ダンゴムシは更に加速をし、翼ちゃんに向けて一直線に突進する。彼女は武装で迎撃を試みていたが、あまり痛手になっていないとみると、射撃をやめ腰を落として待ち構える姿勢を見せた。


まさか、あれを受け止める気か!?


いや、何故その判断をしたかの理由はわかる。回避したとして、あの勢いのまま突進され続ければ緩衝区域、そしてその先の居住区の方へ向かってしまう。これまでを見る限り、それを後方にいる源次さんが受け止められるかは微妙だ。攻撃が全く通用していないわけではないが、かといってあの硬さはそう簡単に突破できない。


障壁バリアで留めるにしても、あの図体で何度も体当たりをかまされたら突破される……その可能性を想定したのだろう。


そして、全高10m近い鋼鉄の巨人と、勢いの付いた巨大な黒光りするダンゴムシが衝突した。固いもの同士がぶつかりあう甲高い音が周囲へ響く。


そして──


「……へへっ、止めたよ」


翼ちゃんの機体は、見事にあのダンゴムシの巨体を受け止めていた。ただ漏れる声がちょっと弱弱しい。


マシン型のマテリアル適合者は直接傷つくことはしないが、その代わり機体がダメージを受けるとその分消耗するらしい。さすがにあの質量であの勢いだったのだ、かなりのダメージが入ったのだろう。


だが、彼女は見事にそれを受けきった。そしてじたばたとその身を暴れさせなんとか拘束から逃げ出そうとするソイツを、しっかりとホールドする。


翼ちゃんは力を込めているであろうものの、積極的な攻撃は行っていない。そして、ダンゴムシの方も勢いをつけないと有効な攻撃手段を持っていないようだった。


そうして翼ちゃんが抑え込んでいる間に、俺と長船さんも相手をしていた対象の制圧を完了していた。これで残るはダンゴムシだけだ。


他の皆の攻撃の結果を見ている限り俺の攻撃が通るとは思えないし、翼ちゃんに修復リペアしようにも自分の数倍のサイズが取っ組み合ってる場所に近寄る気がしない。なので俺は様子見に移行したが、長船さんは違った。


蜘蛛型を沈黙させた彼女は掴んでいたその足を放り投げると、一気に駆け寄りダンゴムシにその拳を叩きつける。


が、


「やっぱり硬すぎるわね!」


勢いをつけて放った一撃にも関わらず、その甲殻を貫けてはいなかった。やはりヒビのようなものは出来ているので、繰り返し攻撃を叩きつけていればいずれ貫けるだろうが……


「ここが使い時かしらね! 静ちゃん!」


長船さんから声が掛かる。使い時かを示さない言葉だったが、この状況かで俺に求められることは一つしかないのですぐ理解する。


祝福ブレス


味方に対して、バフを与える能力。対象の防御力、機動力、そして攻撃力を増加させる。こういった攻撃が通りにくい相手に対してはうってつけの能力といえるだろう。


なのになぜ最初から使っていなかったといえば、発動条件がめんどくさいことと、強力な能力な分消耗が大きいからだ。下手に使っていたら俺の動きが鈍くなったり、肝心な所でガス欠になっていた可能性があるため、乱用はしないように指示されていた。


そして現場での使用タイミングに関しても、最前線に立つ長船さんの指示を待ってということになっていた。


その彼女から指示が出た。ので、俺は準備の為に息を大きく吸う。


そして、胸の前で拳を握り気持ちを整えると──口を開き。


そしてゆっくりと能力の行使を開始した。力を旋律に乗った声に乗せて放つことにうよって。




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