初陣①

変身すると持久力もあがるのか、それなりの距離をかなりの速度で駆け抜けても心臓がバクバクなることはなかった。多少は息が荒くなるがその程度だ。


現地には、全身スーツ姿の女性が一人立っていた。


長船さんだ。全身スーツで顔は見えないが、ヒーロー型の変身後の姿は体型がもろに出るのですぐわかる。長船さんは少々ふくよかな女性なので。


ちなみに他の人間の姿はない。この区域はすでに異星人によって作り替えられた区域であり、マテリアル適合者以外の人間では立ち入る事も不可能だからだ。


……そういや俺みたいに思いっきり地肌さらしている場合でも、適合者なら影響は全くうけないんだな。まぁビースト型も地肌はさらしているしな。


源次さんの姿は近くには見えない。貰った連絡では戦闘待機はしているということなので、恐らくどこかで狙撃準備をしているのだろう。


「目標は想定通りこちらにまっすぐ向かってきているそうだよ」


ひとまず長船さんの元へ駆け寄ると、そう声を掛けられた。


明らかにこの場には不釣り合いの俺の恰好には特に突っ込みはない。すでに訓練で何度か見せているので。最初の時は長船さんと翼ちゃんにはいろいろ眺めまわされたし質問も滅茶苦茶に受けたが。


「了解しました。それでは、迎撃準備に入ります」

「はいよ。何かあってもアタシが対応するから、気楽にやりな」

「お願いします」


そう会話を交わし、俺は更に前方へと進んでいく。


今日この場には翼ちゃんは来ていない。


今回捕捉された異星人は一体のみ。時たまドームより出現する偵察目的の個体と思われる。


異星人単体とマテリアル適合者だと戦闘能力はマテリアル適合者が完全に上回るため、わざわざ非常勤に対しての招集はかからないのだ。現役学生である翼ちゃんは当然非常勤である。


じゃあなんで同じ非常勤である俺が招集されたかといえば、それは実戦経験を積むためだ。


そもそもわかっている限り俺の能力は支援系。なので他の適合者がいるのであれば普段は俺が前衛に出る必要がない。


ただそれは、相手の数が少ない場合に限りだ。相手が群れをなして襲撃して来た場合、戦力の数が限られている現状、自分の身を護る事ができなければ支援どころか足手まといになる。


幸い"フロイライン"の能力の中には攻撃の能力もある。


だがその最初の実戦がそういう"戦わざるを得ない状況"になった時、果たして訓練通りに動けるかわからない。だからこそ、こういった"楽な状況"で経験を積むのだ。


長船さんとは大分離れた。彼女はそのまま見守ってくれているのだろう。


もし何かイレギュラーな事があっても、長船さんとどこかで見ているであろう源次さんが何とかしてくれるはず。だから俺は余計な事は考えず自分がやるべきことだけを頭に浮かべる。


右手を膨らんだ胸に当てる。正確にはその下にあるであろう心臓にかぶせるようにして、深呼吸。


「……よし」


まだ多少ドキドキしてはいるが、イメージしていたよりは自分の体は落ち着いてくれている。


問題ない。行こう。


光剣レイソード


力の発動に言葉としての宣言は必要ない。だが頭の中で考えるよりも発動しやすい気がするので俺は言葉に出すようにしている。どうせ聞いている人間もいない。


俺の声に応じて、大きく平がったスカートから浮き上がるようにして光り輝く剣が出現する。それは日本刀のような刀身の細い片刃のものではなく、西洋の物語に出てくるような両刃の長剣。一本一本が以前より縮んだ俺の身長程度あるその巨大な光の剣が、俺を取り囲むように展開した。


その数、20本。


これが今の俺が扱える最大数だ。これ以上も出せるっぽいがそうなると完全に制御が追い付かなくなる。


この光の剣は、俺のイメージ通りに動かせる。なので、それぞれ5本ずつグループ分けし、2グループを前方に展開。残り2グループを巨大な盾のように左右に展開した。


イメージするのは剣じゃなくて爪だ。巨大な鉤爪。


訓練ではそのイメージが一番操作がしやすかった。


剣を一本一本それぞれ爪とみなして、爪で相手を引き裂くように振るう。


前方二つは攻撃用の爪。基本的にこの二つを動かす事に意識を割く。

左右の二つは防御用で、基本は攻撃を抜けられた時にガードさせるように動かす。逆に攻める必要があればこの二つも攻撃に投入する。常時四グループを動かすのはかなり厳しいが、短時間であれば充分行けるのは確認済みだ。


今回使うのはこの能力のみ。他の能力は使わない予定だ。怪我していなければ修復リペアは不要だし、相手が一体だけで戦うのが俺だけなら障壁バリアも不要だ。祝福ブレスは──一応自分にも適用されるんだけど、とある理由で自分で使いながら戦うのはなかなかに難しい。ので、今日は無しだ。


というわけで、これで準備は完了。後は目標を待つのみである。


『目標接敵まで後30秒』


スピーカーモードを設定した腕時計から、メッセージが流れる。俺は若干腰を落とす。いつでも動き出せるように。


後20秒。


廃墟の向こう側から目標の姿が見える。テレビで見たことはあるが、生で見るのは当然初めてだ。


キモイ。


異星人と呼ばれているが、皆の頭に浮かんでくる灰色で目玉の大きいアレの姿ではない。


というか人型じゃない。


異星人はタイプがいくつか存在している。甲虫に似たものもいれば、空想上の生物であるワイバーンのようなのもいるんだが……今回のは一番ぶち当たりたくなかった奴だった。


その外見はなんというか……肉塊? から幾つもの触手が生えているような……そんな感じ。グロ系とかパニック系の海外の映画に出て来そうなイメージがある。


大部分が生理的嫌悪感を感じるのではないだろうか。


こいつは実は侵略先の惑星の先住民達が尤も嫌悪する姿を取るような生物なのではないかと思っていたりもする……まぁ異星人の考える事はわからないけど。


なんにせよ、相手が選べるわけじゃない。覚悟を決める。


あのタイプは速度はそれほど速くない……向こうもこちらを捕捉したか、明らかにこちらに負けてまっすぐ突進してきた。


向こうの有効射程距離まであと10秒。


子供の頃に憧れたヒーロー。


外見は思い描いたものとはかけ離れたものになったが、自分の意思で力を手にし、自分の意思で舞台に上った。


今更舞台を降りることなどできない。


まさかこの年になって、子供の時の夢を叶えることになるとはね。


さあ足を踏み出そう。この惑星を護るための第一歩を。



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