招集
そうして俺の配属は決まったわけだけど、非常勤なので実は日常の生活はあまり変わらない。
常勤の適合者はパトロールやらそれ以外の細々とした仕事を求められるが、俺達非常勤にはそういった事は求められない。なので事が起きなければ、配属先に出向く必要があるのは訓練の時だけだ。
訓練は休日と、水曜日に行っている。水曜日は会社の方を半休にしてもらって午後以降をトレーニングに当てている感じだ。
……最初は平日の夜にも行こうかと思ったけど、やめた。水曜日や土曜日、日曜日のトレーニングでやり残した事があると感じた時だけ行っている。さすがに気持ちが休まらないので。
そんな感じで俺が配属されてから、もう3週間程経過した。
会社の方はこれまで通り……というわけではないけど、まぁ問題なく過ごせている。
前述の通り水曜は半休を取ることもあり、業務的に迷惑を掛けてしまうかと考えていたが、気にするなと言われた。
どうやら適合者の関係する組織に関しては、訓練による休みや緊急出動があることを見越しての事もあり、補助金が出ているとの事。また最初からそういった勤務体系になるのであればそのように調整をするだけだそうだ。
たださすがに役職付きは問題ありそうなので、そこは改めて辞退をすることにさせてもらった。引継ぎも概ね終わり、今の俺は平社員だ。仕事もある程度スケジュールの余裕があるものを回してもらっているので助かる。
仕事は概ねそんな感じだ。そして社内での人間関係は……結構変わった。
女子社員はやたらと俺を構うようになってきた。元の姿の時も別段嫌われていたわけではない(とは思う)けど、やはり同性になったせいか距離感が近い。中身はおっさんな訳なんだけど気にならないのだろうか?やっぱり外見というのは強いという事か。
あとやたら女性としての面倒を見たがるのが何人かいるのも、外見が幼いからだろうな多分。
まぁいろいろ慣れない事が多いから世話を焼いてくれるのは助かってはいる。だが化粧の仕方とかどこのメーカーがいいのかとかは別にいい。ビジネスマナーとして最低限のメイクが必要なのはわかっているので覚えたが、それ以上をする気はないので。
というか、自分がメイクをするようになるとは思っていなかったな。しかもこの年になって……
そんな女性陣に対して、男性陣の方はわりと距離感を図っている感じが強い。これまで通りでいいのか、女性として扱うべきかを困っている奴が多い感じだ。
俺としては見ず知らずの相手ならともかく顔見知りの男に女性扱いされても微妙な気分なのでこれまで通りでいいって伝えているんだが、やはりそう簡単ではないようだ。こっちも外見の幼さが影響している気がする。
そんな感じで、まぁいろいろ手探りではあるが、いろいろな事がだんだん落ち着いてきたある日の事。
昼休憩が終わり、午後の業務に入ってから一時間くらいたった時間の事。
EGFから供与されている腕時計が、ブルルと震えた。
その揺れに気づいた瞬間、俺の体に力が入る。
「どうしたんですか、かちょ……時塚さん」
そんな俺の変化に目ざとく気づいた、対面の席に座っている女性社員がそう声を掛けてくる。
俺はそんな彼女にすぐには答えず、開いていたファイルを順番に閉じていく。落ち着いて、保存も忘れずに。
そうやって、デスクトップの画面には何も開いていない状態にしてからようやく俺は彼女に対して答えを返した。
「EGFから招集が入った。早退する」
EGFから渡された腕時計は、所在確認と連絡の為のモノだ。その小さな表示板には招集を現す情報が表示されている。
これまでは、この時計で連絡を貰った事はない。この時計経由で連絡が来るときはただ一つ、すなわち──出動する必要がある時だ。
「招集が入ったって事は……」
彼女の言葉に俺は頷き、席を立つ。そして部長の前まで行き頭を下げた。
「部長。EGFから緊急招集が入りましたので本日はこれで失礼させて頂きます」
「緊急招集ってことは……」
「ええ、恐らく前線に立つ事になるかと」
俺の答えに、部長はそうかと小さく呟いた後視線を彷徨わせた。恐らく何をいえばいいのか悩んでいるのだろう。何せ別段そういった組織の関係者ではなく普通の企業の部長だ。これから戦場へ向かう部下に対して言葉を送った事等あるはずもないだろうし。
数秒そうやって悩んだ後、結局部長はただ一言「気を付けて行ってきてくれ」とだけ告げた。俺はその言葉に頷きを返し「行ってまいります」と口にしてから身を翻す。
それほどのんびりしている暇はない。再び震えた腕の通信機を見れば、アルファベットと数字が表示されていた。これは座標情報だ、そこへ直接向かえという事だろう。
「お先に失礼します」
同じ部署の面々にそう声を掛けながら急ぎ足に離れていくと、後ろから声が掛かった。
「時塚さん、頑張ってくださいね!」
「怪我しないでくださいよ!」
「お気をつけて!」
「ちょ……お前ら」
でかい声でそんな言葉を掛けてきたため、他の部署の社員までが俺の事に気づき視線が集まる。いや、気持ちは嬉しいんだけど声は抑えて欲しかったな。他の連中も同じような事言い出すし──いやなんで拍手するんだよ! 今日で会社を離れるとかそういうわけじゃねぇんだぞ! ああ、もう周囲に流されて皆で拍手しだすな流されやすい日本人!
ああもう出て行きづらい!
かといってこの場に残るのは猶更つらい……というかアホな事やってる暇はない、急いでいかないと……結局俺は困った上でとりあえず手だけ上げて答えると身を翻して皆に背を向けてそそくさと逃げ出すようにフロアを飛びだした。
背後で「なんか照れてて可愛い!」とか言ってる声が聞こえたけどお前ら本当に中身の事忘れんな。
◇◆
会社から飛びだした俺は、ひとまずはタクシーで指定の座標へと向かった。といっても目的地付近は一般人の進入禁止区域なので直接乗り付ける事はできないので、行けるのは途中までだ。進入禁止区域の端の近くまで来たらタクシーの運ちゃんに代金と共に礼を告げて、俺は周囲を見回す。
うっ、視線が集まっている。まぁ外見が日本人離れしているしなぁ。
とはいえ、進入禁止区域の側だ、人の数はそれほど多くはない。これなら、と俺はビルの影に移動して、そこで"変身"をする。
ここからの移動は走っていくしかないからな。そして変身状態になると身体能力が跳ね上がるので、移動速度もあがる。俺の場合着てる服がドレスに変わるだけなのになんでと思わなくもないが……出来るだけ急いでいく必要があるだろうし仕方ない。
スクーターでも買って職場に置いておくとか考えた方がいいかなぁとか思わなくもないが、それはまた後の話だ。
「……よし」
どう見ても走りずらい姿に変わった自分の恰好を見下ろしつつ、俺は胸の前で拳を握りしめて気合を入れる。こんな格好だが、変身前よりはるかに早く移動できるのはすでに訓練で実証済みだ。
「行くぞ!」
気合一発、路地から飛び出す。幸い、飛び出したところでいきなり人と鉢合わせるということはなかった。そして進行方向にもほぼ人影無し、ヨシ!
何人かが突然現れたドレスの女の姿に目を見開いているのを確認したが、無視! あまり意味がないと思うけど顔を見えないようにして俺は目的地に向けて走り出す。
……うん、やっぱり次は自前の移動手段用意しておこう!
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