同僚

そう声を掛けてくる女の子。こちらの事を知っているその口ぶりだ。


となると、先ほど感じたどこかで見たことがあるような記憶は誤りではなく、本当に知り合いだったってことだ。だが、誰だ? 改めて記憶を漁ってみるが、思い出せない。


仕事の絡みの関係者だったらつい先日まで30半ばだった俺をお兄さんなどと呼ぶはずはないので、それ以外の関係者だろうとは思うが……思い当たる節がない。


それでもなんとか誰だ……? と思い出そうとしていたら、その前に女の子の口から答えが語られた。


「わかんない? 薬袋の家の翼なんだけど……」

「……ああ、翼ちゃんかぁ!」


いざ言われて見ると成程、といろいろ記憶がよみがえってくる。


薬袋というのは、少々遠い親戚の家の事だ。確か彼女の母親である空さんが俺の三従兄弟だったはず。祖母の従妹の娘だから、かなり遠いので本家の冠婚葬祭周りとかそういった親戚の大部分が集まった時くらいにしか顔を合さない相手だ。


実際、目の前の彼女と最後にあったのはまだ小学生だった頃──確か10年近く前のハズだ。よく俺の事を覚えていたと思う。


ちなみに俺が既視感を覚えたのは、その三従兄弟の若い頃と大分似てるからだな。


「大きくなったなぁ……翼ちゃん」

「今のその姿のお兄さんにそういわれるとなんか違和感バリバリなんだけど……」


確かに。今の彼女の年齢は……記憶が確かなら二十歳前後のハズ。それに対して今の俺の外見は十代半ばくらいだ。見た目上だけで言えば年下から言われていることになるので、彼女から見ればそれは違和感を感じるだろう。


「てか、お兄さんでいいのかな? お姉さんの方がいい?」

「……お兄さんでいいよ。おじさんでもいいけど」


外見がこうなってるとはいえ、中身は34歳の男なので。そう思って答えたが、彼女は首を振った。


「おじさんはないかなぁ」


まぁ外見は少女だし、彼女の記憶にある男の俺の姿は20半ば頃のハズだしな、そうなるか。この年で女子大生くらいの女の子にお兄さんと呼ばれるのはなんだかむず痒いものがあるが、拒絶する事のものでもない。好きに呼んでもらおう。


「それでさそれでさお兄さん、あれから」

「えほんっ!」


更に、言葉を続けようとする翼ちゃん。だがそこに職員さんの咳払いによるカットインが入った。


「お知り合いだったようですが、積もる話は後にしていただけると。まずはそれぞれの自己紹介を済ませて頂けますか?」

「あわわっ、すみません」


職員さんの言葉で周囲の視線に気づいた翼ちゃんが慌てて踏み出していた足を元に戻し頭を下げる。ま、周囲の視線といってももう一人の女性は温かい目で、老人の方は特に先ほどと表情を変えずに見ているだけだ。職員さんも別にきつい目つきをしているわけではない。だけど翼ちゃんはちょっとだけ縮こまっていた。


そういや全身で感情表現する子供だったな、などと考えていると女性が一歩前に歩み出て来た。恐らく翼ちゃんが微妙に委縮してしまったので、まず自分からと考えてくれたのだろう。女性はゆっくりと口を開く。


「初めましてだね。アタシは長船 美幸、マテリアルのタイプは"ヒーロー"よ。常勤としてこの区域に所属しているわ。ちなみにウチのチームの中ではアタシが一番若手だから、貴女が初めての後輩になるわね。よろしくね」

「いや美幸さん、若手って……」

「あら、この中では一番キャリアが短いんだから若手でしょ? ねぇ最古参の翼先輩」

「ちょっとその呼び方やめてくださいよ!」


突っ込みを入れた翼ちゃんは、長船さんは温厚そうな笑みを浮かべたまま切り返され、悲鳴に近い声を上げる。


そりゃなぁ、自分の親よりもずっと年上の女性に先輩呼びされるのはアレだろう。

そんな彼女を横目にみたご老人は、先ほどまで殆ど動かしていなかった表情をわずかに緩めた。それから、こちらに視線を移し


「それじゃ、若手順ということで次はワシかね」

「ちょっと!?」


ご老人の言葉に再び声を上げる翼ちゃんだが、ご老人はそれを無視して言葉を続ける。


「ワシは三崎ヶ原 源次。苗字がちょいと呼びにくいだろうから、源次と呼んでくれていい。マテリアルは"ガンナー"で通常は後方からの狙撃になるからあまり同じ戦場には立たんかもしれんがよろしく頼む。ああ、ちなみにワシも常勤だ」


ああ、この人も常勤なのか。


当初の頃、マテリアル適合者は人手が少なく今より異星人の侵攻頻度も高かったことから、ほぼ全員が対異星人の為に日常生活から離れて現場に詰めていた。


だがそれから数年が立ち人手が大分増えて来たこと、更に異星人の侵攻が小康状態になっていることから適合者達もシフトを組んで休みを取れるようになったし、現在では必要な時だけ参戦する非常勤も認められている。


異星人の侵攻が発生した場合には警戒レベルというのがあって、この警戒レベルが最低レベル、および侵攻自体が発生していない間は非常勤は適合者としての活動をする必要はない。その一個上の警戒レベルになったら、状況に応じて参戦する必要があるけど。ちなみに俺は当面は非常勤にしてもらってある。会社の仕事あるからな。


住んでいる場所と職場からの距離的にはもう一か所のエリアの方が近いのでは? とも思ったんだけど、恐らくはすでに二人常勤がいるからの配属かね。いや、最後の一人はまだ聞いてないけど。


俺が視線を翼ちゃんに向けると、彼女は勢いよくこくっと首を縦にふってから口を開いた。


「改めまして! 薬袋 翼、21歳大学生。マテリアルは"マシン"です! 先に美幸さんに言われちゃいましたけど、ここでは一番古参になります。非常勤です、よろしくねお兄さん!」


……


その言い方だと前は常勤だったということになる。大学生なのに?


これは、もしかするとここの面子だけではなく全体的にみても古参だったのかもしれない。前述の通り適合者は当初の頃はほぼ常勤だった。その頃から前線にいたというのであれば、彼女は本当にこれに関しては大先輩だ。


ふむ。


俺は全員の挨拶を聞き終えて、改めて身を正す。


「よろしくお願いします、長船さん、源次さん──薬袋先輩」

「ちょっとお兄さん!?」









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