昼休み
ウチの会社は、一部の会議室を昼休みに使用していい事になっている。そのため女子社員がそこで集まって食事をしたりしているわけなんだが。
ひとまず午前中集中して行っていた仕事に区切りをつけ、よし昼休みにしようと弁当箱を出した所で部内の女子社員に両腕を掴まれ連行された。
そして今、俺は会議室という密室(いや鍵はかかってないが)の中で8名の女子社員に囲まれている。
……こんな男女比率の状態になった事って、学生時代ですらなかったんだが。いや、今の俺は女性の姿なのでそういう意味では男女比率0:9なわけだから、当然経験などしているわけではないんだけどそういう意味ではなく。
身体的には問題なくとも、精神的には場違い感がすごいため縮こまっている俺に容赦なく言葉が降り注ぐ。
「……うっわ、何この白い肌。キメも細かいし……え、課長リップ以外はノーメイクですよね?」
「あ、ああ。いや、口紅も最低限それくらいしろと義姉に言われてしただけだかな? 好きでしたわけじゃないからな?」
「そういう疑いはもってないですよ。それにしてもノーメイクでこれかー。いやこれ女として自信失くすわ」
「まつ毛も長いですね。確かにこのクラスだとメイクは不要かも」
「むしろ下手にメイクしない方が良い迄あるわね、これ」
「髪の艶も何これ」
「いや、皆……お昼食べないのか?」
周囲を囲み、もの珍しそうに皆から顔やら髪やら覗き込まれる。いやいい年してあれんだけど、さすがにこの人数のしかも若い女の子に顔を間近で覗き込まれると落ち着かないなんてレベルじゃない。
「お昼時間は有限だぞ? まずは食事にしないか?」
唯一座っている俺を囲うようにしている皆の顔を見回し、そう告げると一応皆もお腹がすいているのだろう。女の子たちは「そうですね」と頷きそれぞれの席についた。
それを確認し、俺は小さく安堵のため息を吐く。
後は皆より俺の方が食べるのは早いだろうし、とっとと食べ終わってそそくさと離脱してしまおう。問題は、一番入り口から遠い席に座らせた事だが……いや、待て逃げにくいように意図的にこの場所か? よく考えたら俺の両サイドの二人だけ妙に感覚が狭いし!
くっ、逃げるのは無理か……となると無駄な抵抗しないで素直に答えて早めに開放してもらうのが無難かな。はぁ。
いいや、弁当食べよ。
「課長」
「うん?」
「いつも課長ってコンビニ弁当でしたよね?」
「ああ……この外見だろ? あまり表に出たくなかったから、今日は自宅で作って持ってきたんだよ」
「え、課長料理できたんですか!?」
「いや、そりゃ出来るよ。一人暮らし長いし。普段はめんどくさいから弁当までは作らないけどさ」
そう答えると、なぜか聞いてきた娘と別にもう一人が肩を落とした。
「なんだろう、今の課長にいろいろ勝てない気がする」
「わかるわー。なんかいろいろショック。課長、せめてそのお肌の艶だけでも分けてもらえませんか?」
「無茶言うなよ」
というか今の流れで言うなら料理の腕じゃないのか? まぁそもそも俺程度の料理の腕なら、ちょっと勉強して練習すればすぐに身に着くとは思うけどな。
口の中に、弁当の具を放り込む。うん、まぁ自分の好みに合わせた味付けだからコンビニ弁当よりは美味いよな。かといって毎回作るのは面倒だからやらないけど……晩飯多めに作って、それ突っ込めばいいか。後は冷凍食品で誤魔化そう。
そのままもぐもぐと食を進めるが……いや、喰いにくい。皆も食事を勧めてはいるんだけど、ちらちらこっち見てくるんだよなぁ。
「えっと……聞きたい事、あるんだよな?」
複数の人間に問いた気な顔でちらちら見られるくらいだったら、まだ聞かれた方がいい。というかさっき思った通りある程度は答えないと解放されないと思うのでこっちからそう口にすると、待ってましたとばかりに箸の動きを止めた一人が口を開く。
「課長! 課長! やっぱり今後EGFで働くんですよね?」
まぁまずはそこだよな、と思いつつ俺は頷く。
「マテリアル適合してしまった以上義務みたいなもんだからな。そうなる」
適合してしまった場合は異星人との戦いに参戦を求められる事は周知されている。だから、自分の意思で触れてしまった以上その気はないでは済まされない。
「となると、課長もテレビに出る事になるんだ」
「あー、適合者さんテレビ局に引っ張りだこになるらしいしねぇ。実はもうコンタクト受けてたりします?」
「いや、別に受けてないし、受けたとしても出る気はない」
「えー、なんでです?」
「興味がないからだ。この辺はEGFの方から各局に通達してくれるらしいから、多分連絡もこないだろ」
口に出してはいえないが、俺がマテリアルに触れて理由は子供の頃からのヒーロー願望が理由であって、有名になりたいなんて気持ちは欠片もない。なんなら(実質公務員みたいな扱いになるので無理だが)正体を隠して活動したいくらいである。
EGFの方も希望しない限りはそういった対応はしないでいいという話だったので、その話を聞いたときに間髪入れずに依頼済みである。
「えー、その外見だったら、間違いなく大人気になれますよ。国民的アイドルも夢じゃない!」
「なりたいと思った事は人生で一度もないんだがな……」
「でも異星人と戦う時に多分カメラに映りますよね? そしたら何にしろネットで話題にはなりそう」
「……目出し帽でも被るか」
「その外見でそれは許されませんよ?」
なんでだよ。
「外見っていえば、変身した時ってどんな姿になるんですか? ヒーロー型みたいなのだったら、その辺気にする必要はないですよね」
「なんならご飯食べ終わった後変身してくれてもいいですよ!」
「いやいやいや、無理だから。不用意な変身は控えるように言われているから」
ぶっちゃけマテリアル適合者の変身後の力は兵器だ。そんな力を持った姿に日常生活でポンポン変身する事が許されるはずがない。当然そういった注意は増えている。というか反応が見え居るので人前であの恰好に変身したくない。
「じゃあせめてどんな格好か教えてくださいよー」
「秘密だ」
……現状同タイプが俺しかいない以上、例え顔隠していても映像映ったらバレるけど。でも会社の同僚や部下の前であの恰好は完全に羞恥プレイだろう。後確実に元の姿でイメージしちゃう奴いるだろうし申し訳ない。
「あ、もしかして恥ずかしい恰好なんですか?」
「あー、隠すって事はそうかもね。えっちな恰好とか? ビキニみたいな奴とか」
「後は魔法少女っぽい奴とかでも恥ずかしいよね」
「とにかくノーコメントだ」
方向性としては後者が近いけどな!
さすがに中世のお嬢様みたいなドレス姿とは思うまいよ。なんでそんな恰好なんだよって俺も思うし。
「質問はこれで終わりか? じゃあ後は……」
「あ、すごく気になっている事があるんですけど」
「うん?」
「課長って、やっぱり会社辞める事になるんですか?」
「あー……」
そう思うよな。
マテリアルが発見された当初の頃は、基本的に"常勤"が求めらたと聞く。圧倒的に人手不足だったからだ。だが、あれからすでに数年経ち、状況は変わっている。
「辞める気はないよ」
実はこの辺は真っ先に確認した。それに対する回答は"兼業可"だった。いいのかって気もするが、公式回答である。
ぶっちゃけた話をすると、異星人の襲撃はそんな常時ある訳ではない。現状連中は房総半島の丘陵地帯に突き刺さった槍のような宇宙船の周囲に形成された巨大なドームの中に閉じこもっている。恐らくはその中で自分たちの過ごしやすいように生活環境の改善と繁殖をしているのではないかという事だ。なので襲撃は散発的。──常時待機していてもする事はないのだ。
そしてマテリアル適合者も大分増えた。まだ3桁には届いていないが、確か80人は超えていたはずだ。
そのうち半数前後は常勤だが、残りの半分は非常勤でEGFには詰めておらずそれぞれの生活を送っているそうだ。
勿論襲撃があった場合は"日常"を捨てて出撃する必要があるし、指定区域を離れる場合は許可を得る必要もある。それ以外にも細々とルールがあるが、とにかく完全に非日常に突入する必要はないとの事だった。
なので、俺は会社を辞めないつもりでいる。勿論会社と折り合いがつけばの話だが……
「あれ、EGFに所属するんですよね? そっちから給料出来るんですよね?」
「出るな」
「噂ですけど、なかなかの高給らしいですよね」
「具体的な事はいえないが、そうらしいな」
「……もうウチの会社で働く必要なくありません?」
「退職した直後に、異星人が急に宇宙に帰った場合どうする?」
俺がそう口にすると、皆がポカーンとした顔をした。あれ、言っている意味が解ってない?
「私は今年で34だぞ? この年齢になると次の職を見つけるのはなかなか難しいぞ?」
勿論給与を気にしなければ見つかるだろうけど、大幅に水準は落ちるだろう。
「いやいやいや。そんな異星人が急に帰る事なんてないでしょう。帰って欲しいのは確かですけど」
「それにその外見なら、戦わなくてもいろいろ引っ張りだこですよ!」
「でも、この外見から急に元の姿に戻った場合どうする?」
──そう、そこだ。
なにせこの俺の外見、過去に前例がない。なので今後どうなるかわからないのだ。もしかしたら明日目が覚めたら元の姿に戻っているかもしれない。いや戻ってくれた方が助かるんだけど。
更に現時点でいえばどんな力を持っているかもわかっていないのである。実は戦いにまるで役に立たない能力であったり、あるいは使用回数制限がある能力だったり、急に使えなくなったりした場合どうするのか。
この年になると、どうしても将来を選ぶのにそういったリスクを考えてしまう。
「……課長、非日常に飛び込んだハズなのに、えらく世知辛い事を考えているんですね」
そりゃ、まだ俺は35歳で年齢的には人生せいぜい折り返しって所なんで。それに老後の事とか気になってくる年頃なんですよ。
……まぁ、課長職は流石に退くつもりではあるけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます