職場

母と義姉におもちゃにされた一日だったが、結果としては助かった部分もあった。


というか、義姉がついてきてくれて本当に良かった。


お袋はやたらと可愛い系の服ばかり人に着せようとしてきたのだ。


いや待て、自分の息子の本来の姿を思い出せ。外見が変わったとはいえ中身はそのままなんだ、いきなりそんなもの着れるか! という話である。事象を話さざるを得なかった大家や不動産屋、それに近所の人(でないと見知らぬまだ幼さの残る外人の少女が俺の部屋に泊まり込んでいることになり、いらん噂が立つのは確実だし)は当然俺の以前の姿も知っているわけで、そんな相手の前に少女趣味全開の恰好で姿を見せたら「あの人、実はあんな服を着たい願望があったの……?」などというあらぬ疑いを掛けられるのは確実である。勘弁してほしい。


なので不満気であったがお袋の進めてくる衣服の大部分は却下し、主に義姉に選んでもらった。


服に関しては、ある程度は選んでもらえるのはありがたいのだ。私服はともかくとしても、仕事に着ていく服は特に。


ウチの会社は男は基本スーツだが、女性社員は制服があるわけでもなくある程度カジュアルな恰好が許可されている。


これまで来ていたスーツは当然使えないわけで、そうするとそういった服を用意する必要があるが、普段あまり女性社員のそう言った恰好を意識してみているわけではないのでわからない。最悪服屋にいって店員に相談するか……と考えていたんだが、ここで菫さんが助けになってくれた。


菫さんは兄貴と結婚する前までは会社勤めだったからな、ビジネスカジュアルとかもちゃんとわかってる。なのでこの件に関してはお任せする事にした。店員より身内の方が安心できるし。


そんな感じでいろいろ買い込んだ。なにせ軒並みサイズが合わなくなったので洋服だけではなく靴下や靴も必要だし、下着も必要(ちょっと躊躇ったがこれも結局任せた。どういうのがいいかさっぱりわからなかったので)、それ以外にも二人の助言を聞いて(服以外はお袋も普通に教えてくれた)必要なものいくつか。急になったら困るからと生理用品とかまで購入して、使い方とかなった時の対処をレクチャーまでされてしまった。


……いや、こんな体になった以上必要な事だと思うし、下手に他の人間にはなかなか聞きづらい事だからありがたいんだけど、ちょっとなんというか微妙な気分になったね。そもそもこの体、そう言った物は来るのかも怪しい。外見上は普通の人間だけど実質異星人の体なのでは?


まあそんな事がありつつ、家族への説明と今後の生活の為のひとまずの準備を終えて。


──残るは、職場である。


いやもう、通勤からしてつらかった。会社の方はちょっと距離があるため電車で通っているんだが、もう視線が集まる集まる。


そりゃね、どう考えても日本人に見えない上に、明らかにハイクオリティの容姿だ。誰だって見る。俺だって見る。──いや待って、これ毎日続くの?さすがにしんどいんだけど。髪染めれば少しはマシになるか? 切ったら一晩で元に戻る髪が普通に染められるのかは怪しいところではあるが。


そんな刺さる視線の嵐をなんとか潜り抜け、会社に到着。自社のフロアに入った途端、また当然のように視線がこっちに向けて集中した。今度は見知らぬ人間ではなく、会社の同僚達の視線だ。


正体を知っている人間の視線である。街の人間は俺を見かけても外見に対して何かを思うだけだろうが、じゃあ知っている人間はどう思うだろうか。一応パンツスタイルで男でもするような恰好だから少なくともそっち方面で懸念した事を思われる事はないだろうが、そう思いつつもひゅっと喉が鳴ったのが聞こえた。


「おはようございます」


冷静に考えればもっと人が少ない内に出勤すればよかったといつも通りの時間に出勤してしまった事を後悔しつつ、何食わぬ顔で挨拶をしながら自席へ向かう。それに対して周囲は呆けた様子で挨拶を返してくる……中には手に持っていた書類を落としている女子社員とかもいた。呆然として手に持っているものを落とすとか、漫画とかで表現されるようなムーブを実際に見るとは思わなかった。


なんか周りが動きを止めているせいで、それこそドラマやアニメであるみたいな光景になっているけど……EGFから話通ってるんだよな? 俺だって分かってるよな?


まぁいきなり囲まれるよりはましかもしれない。俺は足を止めてじっとこちらを見てくる同僚の間を通り抜け、窓際の席に座る初老の男性の前で足を止める。そしてやはり呆然とした顔でこちらを見上げてくる視線に対し、頭を下げてから告げた。


「部長、突発の休暇を頂きご迷惑をおかけしました。時塚、本日から復帰致します」

「……やっぱり、時塚なのか?」

「はい。……話は伝わっているんですよね?」

「ああ。ただ、聞いてはいたがやはり実際見ると……ずいぶんと変わり果てた姿になったな」


部長、その言い方だと俺が死んだみたいに聞こえます。まぁ頭の中混乱しているんだろうけど。


とりあえずこのまま部長の前に突っ立っていても仕方がないので、自席に移動して腰を降ろす。するとそれがスイッチになったように同僚達の硬直が解け、俺は瞬く間に囲まれてしまった。


「その席に座ったって事は本当に時塚課長なんですか!?」

「ああ」

「朝礼で話は聞いてましたけど……想像以上の変化ですね」


朝礼で話したのかよ。……いや、話すかこれは。


「すげぇ美人ですよね」

「自分でいうのもなんだが、そう思う」

「えっと、マテリアル適合したらそうなったんですよね?」

「そうだな」

「えっと、能力とかは……」


周囲からどんどん質問が振りかけられる。正直一斉に話されすぎて大部分聞き取りずらいのだが、聞き取れた質問だけいくつか答えていると始業のチャイムがなった。


「ほら、仕事の時間だ。自席に戻れ」


そういってパンパンと手を叩くと、周囲を囲んでいた連中は名残惜しそうな顔をして立ち去って行った。


「昼休みにいろいろ話を聞かせてくださいね」とか部下の女性社員が言い残していったけど、いや昼休みは普通に休ませてくれ。


外見が目立ちすぎて表に出たくないなと思ったので今日は弁当作ってもってきたんだが、これ表に出て食べた方がいいか? ここの会社の中で人目につかずに食べれる所あったっけ? さすがに便所飯は勘弁だぞ、というかトイレも女子トイレを使わないといけないんだよな……うお、いろいろ気にしないといけないことが。


仕事をしつつもちらちらとこちらを見つめてくる視線は無視して、自分の作業を進める。なにせ数日分遅れているからな、急ぎの仕事は処理してくれただろうが、俺が作らなければいけない資料なども溜まっている。そんな視線を相手にしている暇もない、とにかく仕事に集中しよう。


尚、集中しすぎた結果俺は昼休みの動き出しが遅れ、女子社員達に拉致られた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る