実家
「本当かよ、信じられない」
「──ドッキリ番組よね? カメラどこ?」
うん、そんな感じの事言われるのは解っていた。むしろ俺が逆の立場だった場合は間違いなく言っていた自信がある。
元の顔の面影がまるでないどころか、髪の色も瞳の色も肌の色も違ってどっからどう見ても日本人には見えない。あげく体格はおろか性別まで別の物にかわっている。
外見上は、俺が時塚家の次男である事を現す情報が何一つないのだ。
事前にEGFの方から直接状況説明の為の連絡が入ってなければ、そもそも家を訪ねた時に家の中には入れてもらえず、110か119に連絡されていただろう。そう言う意味でいえば、少なくとも何割かは信じられているという事だ、言葉通りの半信半疑といったところだろうか──もうちょっと疑の割合が強い感じもあったが、とにかく家には入れて貰えた。これは連絡元がEGFだった事が大きいだろう。
EGFは国家が関与する機関であり、そういった嘘を言う事はまずありえない(お袋はドッキリを疑っていたが……)。そしてEGFに所属する人間が"変身"をすること自体は皆が知る事ではあるので、信に値する理由は一応あるのだ。
実家では、還暦も近くなってきた両親と、一緒に住んでいる兄貴夫婦が待っていた。兄貴夫婦にはすでに子供が二人いるが、その二人は今は不在らしい。──正直助かる、いろいろ説明が面倒になりそうなので。
とにかく隠し立てするつもりは何もないので、俺は自分の身に起きた事を正直に話した。その結果が冒頭のセリフである。
まぁそうだよな。そもそもこの程度の説明はEGFの方からされていると思うし。
かといって運転免許証や保険証を見せても対した証明にもならないし、俺がこの家の次男である事をどう信じてもらえばいいか──と悩んでいたところ、お袋が口を開いた。
「家族しか知らないことを話してもらえばいいんじゃないかしら?」
──その結果、黒歴史大暴露大会になった。
いや、最初の内は家族旅行の話とか、そんな話をしてたんだよ。でもそれだけだと反応も微妙だった結果、多分当人と俺しか知らないような話もするようになっていっちゃって。そのうち話が乗ってきてしまい、なぜか俺だけじゃなく他の家族からも暴露話が多数投入された。
……大混乱である。
最後の方になると、兄嫁である菫さんは下の方を向いてプルプルと震えていた。多分どれかの話がツボにでも入ったのだろう。笑っちゃってもいいと思いますよ。
ただ、効果は絶大だった。
そりゃ間違いなく家族以外は知っているハズのない話が多数あったからね。恥ずかしくて絶対外では話さないような奴とか。信じざるを得なかっただろう。
ただ、それでも親父や兄貴は最後の一歩で信じ切れていない部分があるようで、どこか引っかかっているような表情を浮かべていた。まぁそれは仕方ない。俺の身に起きたことがあまりも異常すぎるのだ。とりあえず8割くらい信じてくれて、家族として扱ってくれるのであれば問題ないだろう。なにせ性別だけじゃなくて見た目上の年齢も高校生くらに下がってしまっている。距離感が取りづらい気持ちはわかる。
尚、そんな距離感を一切無視して一気に距離を詰めてきたのが一人だけいた。お袋である。
ウチのお袋は割と昔っからふわふわした人で、ちょっと独特な思考回路をする所があった。いろいろちゃんと考えているし頭のいい人ではあるんだが、一度頭の中で決定すると後は細かい事を気にしないというか。それはこの年になっても変わる事はなく。
そんなお袋は、家にやって来た銀髪の少女が間違いなく自分の息子だと認識した途端、
「いやぁ、アタシ本当は娘も欲しかったのよね。まさかこの年になって娘が出来るとは思わなかったけど」
とか言い出して俺を顔やら髪やらをぺたぺた触りし始めた。
ちなみに我が時塚家は完全な男家系である。俺の兄弟は兄貴一人、兄貴の子供も息子二人だ。親父には三人兄弟だがこれも全部男。なので、お袋が娘"も"欲しかったわねぇというのは昔からちょくちょく言ってはいたし、菫さんが家に入った時はすごく喜んではいた。
で、見た目も頭の中も年齢のわりには若作りのそのお袋は俺の顔を掴むとじっと見つめてきて、口にする。
「メイクとかしていないの?」
「しているわけないだろ……」
そもそも自宅にメイク用品なんてものは存在していない。
「メイク無しでこの肌、見た目……それほど手を加える必要はなさそうなのは確かだけど……静、貴方化粧品の手持ちは?」
「だからある訳ないって」
「だとしたら、揃えないと行けないわねぇ。今から買いに行きましょうか」
「はぁ!? いらねぇって、化粧品なんて」
「そういうわけにはいかないでしょう。だってあなたEGFの仕事をするなら、間違いなくテレビに映るわよね? ノーメイクで映るの?」
「別に……いいんじゃないかな」
「まぁ、ノーメイクでも綺麗だから大丈夫だとは思うけど……でもさっきの話だとしばらくは職場にも出勤するんでしょう? 最低限は揃えておくべきだし、最低限のメイクは覚えておくべきだわ。あとスキンケアの方法とか。そう思うわよね、菫ちゃん?」
「あ、はい。思います」
突然話を振られて慌てて答える菫さん。多分あんまり考えず反射的に答えてしまったんだと思うが、お袋は我が意を得たりとにんまり笑い、
「それに、服も必要よね? 貴方、今着るものないでしょう?」
「そりゃまぁ……そうだけど」
「流石にアタシの服じゃぁ会わないし」
「私の服は……サイズがちょっと合わなそうですしね……」
そう口にする菫さんの視線は大きく盛り上がった俺の胸元に向けられていた。ちなみに菫さんはスレンダーな体系である。
──悲しそうな顔しないで菫さん! よりにもよって義弟なんかにとか思うかもしれないけど、これある意味養殖物みたいなもんだから! 気にする必要ないから!
尚口にすると余計にダメージ与えそうな気がしたので当然口にしない。というか案外気にしてたんだね菫さん……
まぁともかく、体型的に菫さんのは無理だろう。彼女は割ときっちりした格好をこのむし、上背も俺よりあるしデリケートな所の話は置いていくにしても彼女の方がやせ型だ。確実に合わない。
「となると、そっちも揃えないといけないわね。菫ちゃん、三人で一緒に買い物行きましょうか」
「あ、はい」
「待て待て待て待て」
「待たないわ。アナタ、烈、ちょっと行ってくるわね!」
そう言いながらお袋は俺の腕を取って立ち上がる。いや、化粧品はともかく服を買わなければいけないのは確かなんだけど、とにかく展開が早いんだよ! さっきまでは俺が息子だと信じ切れていなかったにに、なんで一気に話がそこまで進むんだ!?親父も「うむ」とかあっさり頷いているんじゃねーよ!
そのままお袋は俺を立たせると、「ちょっと出かける支度をするわね!」と言って菫さんを引き連れて部屋を出て行ってしまった。その後ろ姿を見て呆然としていると、ポンと肩が叩かれる。
「……なんだよ、兄貴」
「お袋はああなると止まらない。諦めろ」
知ってるけどさぁー!
その後俺は近郊にあるショッピングモールまで連れ出され、いくつもの服を試着させられたりする羽目になった。三十半ばになって着せ替え人形にされるなんて思わなかったよ。
……それ今起きてるほぼすべてが思ってもいなかったことだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます