鏡の前で

洗面台の鏡に映る自分の姿を眺める。


そこに映っている姿は、三十余年、見慣れた姿ではない。


艶やかな腰まで伸びる銀色の髪。透き通るような白い肌。絵から飛び出したような整った目鼻立ちに、宝石のような碧色の瞳。


本来の三十過ぎのおっさんの姿とは程遠い、日本人……いやむしろ現実離れしているともいえる美しい少女の姿がそこにはあった。


これが、今の俺の姿だ。


自宅でこの姿だと、違和感がとんでもないな。


EGFの施設内はある意味一般人にとっては通常踏み入れる事はない非現実な場所といえる所だったから少なくともはあまり感じなかったが、見慣れた自宅の中にこの姿でいるとコレジャない感が半端ない。この外見だと似合うのアレだろ、天蓋付きのベットとかそういうアレ。煎餅布団とか違和感バリバリだと思う。


まぁ恰好が例のドレスじゃなくて一般的な服になっているのでまだマシだが。


今俺が着ているのは、EGFの施設にいる時に職員の方が用意してくれた、男が来ていても問題ないようなユニセックスの服だ。あのドレスのままで動き回るのはさすがにありえないし、元々持っていた服はあの時着ていたスーツを含めてサイズが合わなくなってしまったので仕方がない。


俺は若い頃は一応鍛えていたためそれなりにガタイはよく、また身長も177cmと割と高めだった。だが今の姿は160cmにも届かず、肩幅も腕も腰も驚くほど細くなっている。そんな変化をしてしまっては元の服など着れるハズもない。なのでようやく自宅に帰って来た俺が着れる服はEGF側で用意してくれた数着の服のみだった。──下着も含めて。


いやさ、用意された下着も女物だったからさ。身に着ける時変質者感が半端なかったんだけど。後でトランクス買うかなぁ。これまでずっとトランクスだったせいもあり肌に密着する下着はどうにも違和感を感じてしまう。


違和感といえばブラもそうなんだけど、ただこっちはつけないという選択肢はないということを身をもって体験したのでこちらは諦めた。──ないと動き回った時擦れる。あとそれなりにでかいせいで揺れて邪魔。ついでにいえばつけてないの割と見てわかりますからやめた方がいいですよと女性職員に言われた。うーむ。


まぁそんなこんなで俺は女物の下着を身に着け、その上にわりとゆったりとした服を身にまとっている。


この格好じゃちょっとだるっとし過ぎて職場には着て行けないよなぁ。ウチの会社は女性社員はきっちりとしたスーツじゃなくてもいいんだけど、さすがにこれは不味いだろう。後で買いに行かないといけないか。


この後向かうところはこの格好で問題ないだろうけど。


これから向かうところは俺の実家だ。俺は実家をでて一人暮らしをしてはいるが、距離は駅三つしか離れておらず、車で行けば30分もかからない距離だ。


ちなみに運転免許証の顔と完全に変わっちゃってるけど乗って大丈夫かEGFに確認したら、問題ないと返答があった。もし見せる機会があればEGFに連絡して貰えば証明するとのこと。


これは正直助かった。なにせ今の俺の外見がたとえ例のドレスを着ていないとしてもまったく日本人には見えない外見のせいで目立ちすぎるので。電車での移動は出来るだけ避けたい。車を使えるのは有難かった。


実家に向かう理由は、勿論俺の状況を説明する為である。


EGFでは、自分の事に関しては特に秘匿する事は求められない。というか思いっきり人前に出たりするし正体を隠した秘密の部隊、というのは無理だろう。全身スーツでマスクも付けているヒーロー型やそもそも機体に乗っているマシン型はともかく、ビースト型は顔もそのままの場合が多いし、ガンナー型はそもそも武装以外は生身のままだ。更に言えば異星人達の動きに応じて随時出撃しなくてはいけないから、周囲に対してもいろいろ便宜を図ってもらう必要がある。


全国的な意味で大っぴらにする必要性はないが、身内周りには伝えておかないといろいろ面倒になることは間違いないのだ。


後俺の場合はそもそも外見がこれになってしまったので隠しようがない。隠すのだったらそれこそ今までの関係性全部切り捨てて失踪するしかないだろう。


なにせウチの家族は近場に住んでいるのも割と仲が良い。そこまで頻繁に家には帰ってないとはいえ、割と電話でのやりとりはしている。


……今の状態でかかって来た電話に俺が出たら、彼女を連れ込んで同棲していると思われる事は間違いない。そうなれば面倒な状態になることは目に見えている。


出来るだけ早めに家族には説明しといた方がいい。というか一応先に職場と自宅にはEGFから連絡がいってはいるんだけど。じゃないと荒唐無稽すぎてそもそも家に入れてもらえない可能性高いし。


なので、戻ってきて早々に今日説明しに行くってメール入れて向かう事にしたんだけど、やっぱり不安だよなぁ。


ウチの家族は割とおおらかな面々ではあるけど、さすがにこの変化はおおらかで流せるレベルを超えているだろう。もし帰っても余所余所しい態度を取られてしまったらダメージを受けそうだ。


せめて、日本人離れしても男のままか、あるいは女になるにしても日本人の外見であって欲しかったなぁ。何もかもが今更だけど。


「……っし」


両手で頬をぺちんと軽く叩く。約束した時間に着くにはそろそろ出発しないといけない。鏡みていつまでうじうじ考えているわけにもいかなかった。


後回しにしても悶々とするだけだと真っ先に設定したのは俺だ、覚悟を決めよう。というかもうなるようにしかならん。


俺は後ろに手を回し、長い髪を襟元と、腰の辺りで乱雑に縛る。長すぎて動きまわる時に邪魔なので。


……実はEGFにいた時邪魔だからって一度バッサリ切って貰ったんだけど、一晩寝たら元に戻ってたんだよな。ホラーかよ。一応職員さんの話だとマテリアルに適合した人間は治癒能力も高くなるらしいのでその影響ではと考察していたが、となると俺の髪の長さってこの長さで固定なの? くそ邪魔なんだけど。髪洗う時もめんどくさいしさぁ。


「はぁ」


昨日の夜のシャワーの時を思い出してため息を吐く。いや、シャワーだけじゃなく、他にもいくつも面倒な事があった。きっとこれからもいくつも面倒な事が出てくるのだろう。世の中には"女性だから"という理由で求められるルールも多数あるのだから。


これから家族に説明する事だけではなく、それ以降の未来にも億劫さを感じ、テンションダダ下がりになって沈む俺の顔はそれでも美しいものだったけれど。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る