戻れません。

「嘘っ……だろ!?」


そう口に出して更に気づく。俺の口から出る声が俺の声じゃない!


俺の声はかなり低い方に部類される声だ。こんな高い澄んだ声なんて裏声でも出せやしない。完全に女の声だった。


胸だって、触れば触れられた感触がある。完全に自前の物。


どういう事なんだ。


マテリアルに適合し"変身"した場合、体の作りが変化するケースがあるのは知っている。獣と融合してその獣の能力を得る「ビースト型」がそれだ。彼らは変身すると羽が生えたり鋭利な爪が生えたり体つきすらも変化する事がある。


だけど、性別が変わるなんて話は聞いた事がない。


「……もしかして、新型だったのかコレ」


勿論マテリアルの事に関して俺は知り尽くしているわけではないから、公開されていない新種のマテリアルがあるのかもしれない。ただ戦闘で目撃された事があるのは海外を含めて4種だけだ。


……駄目だ、考えてもわかる訳がない。


「と、とにかくEGFに連絡を入れないと」


対異星人への対策組織EGF。マテリアルの管理から研究、運用まで統括して行っている組織。マテリアルを発見した場合はまずここに一報を入れる必要がある。


もう手元にはマテリアル自体は残っていないけど、そのマテリアルが適合されてしまった俺は出頭する必要があった。というか適合すると何か特殊な波長が出るらしく、その波長から居場所の特定が出来るらしいのでもう捕捉されているかもしれないが……となると急いで連絡する必要がある。


だってそれでなくても勝手にマテリアル触って適合されてしまったのでもアレなのに、更に連絡も自分から行わなかったって絶対相手の心象が悪くなるぅ!


俺はスーツの内ポケットに仕舞ったスマホを取り出そうと胸元から手を突っ込もうとし──柔らかい物にとどめられた。自分の胸だ。


いや、今の恰好でそこにスマホある訳ないだろ!


駄目だ、落ち着け、冷静になれ。


マテリアル適合者の内、全身がスーツ姿に変わる「ヒーロー型」は変身時に着ていたものは一度どこか(どこかは不明だそうだ)に格納され、変身を解くと元の姿に戻るそうだ。俺が適合したのが「ヒーロー型」と同種なのかは不明だが、きっと元の姿に戻れば元の衣服が戻ってくるハズ。


それに、変身を解けばなぜか女性に変わっている体だって元に戻るはずだ。


元に戻って、EGFに連絡を入れて、他の事はそれから考えよう。


そう考えたら少し落ち着いてきた。


よし、元に戻り方は……確かそう考えれば頭に浮かんでくるって以前インタビューで「ヒーロー型」の適合者が言ってたな。


えーっと……あ、本当だ、浮かんできた。絶対過去に聞いた事ないのに知ってるの気持ち悪いなと思いつつ、俺は頭に浮かんできた変身解除の言葉を口にする。


「ロゾナ」


ただそれだけで、一瞬光に包まれたかと思うと視界に映る腕が纏っている布が見慣れたスーツの物に変わる。それと同時、ガチャ、と足元から音がした。


その音に咄嗟に反応して下を見ようとして……が、視界を遮るものがあった。


着ているものは間違いなくスーツだ。だがその胸元がひどく盛り上がっている。まるでその下に双丘があるかのように。


更にその向こう側の地面には、スーツのズボンが見えた。


というか下半身が滅茶苦茶スースーする。


そこから導き出される答えは──女のままじゃねーかコレ!


途中で気づいたが、視点が普段の物より低くなっていたのだ。そしてその視点の位置は変身を解いても変わらないままだ。そして明らかに膨らんでいる胸。なんなら股間にあるべきものも存在していない気配がある。


なんで変身解いたのに戻ってねーんだ!?


「ビースト型」にしろ「ヒーロー型」にしろ、変身を解けば元の姿に戻っていたはず。変身解いたはずなのに戻らないなんて話は聞いてない。


俺は慌ててしゃがみこみ、地面にずり落ちたズボンを手に取る。……みたら、トランクスまでずり落ちていた。猥褻物陳列罪で逮捕される!


駄目だ、もういよいよ何もかもが分からなくなってきたが、とにかくこの格好ではどうにもならない。幸いにも今は周囲に人はいなかったが、見つかったら完全に痴女だ。これだったらさっきまでのドレスの方がマシ。あっちなら場違いなコスプレ女とみられるだけで、少なくとも犯罪者にならなくて済む。


さっき元の姿に戻る方法を思い出した時に、一緒に変身の言葉も思い出している。急いで元に戻らないと──あ、その前にスマホは回収して少し離れた所においてと。


よし。


「クロテ!」


言葉に合わせて、俺は再び先ほどのドレス姿に戻る。ちょうどその返信が終わった所で先の曲がり角から複数の人間が姿を現した。


……ギリギリセーフ! 危ない所だった。


ほっと息を吐く俺。そんな俺の横を複数の男性たちはゆっくりと通り過ぎて行った。こちらの方をガン見しながら!


……どっちにしろ晒し者ぉ!


◆◇◆


通行人の好機の目に晒され、羞恥に襲われつつも俺はなんとかEGFとコンタクトを取ることに成功した。


連絡を受けた先方は迎えを出すといってくれたので俺は自宅の場所を連絡し、そこで回収してもらうことにした。あの場所でずっと待ってるのは地獄すぎるので。


そうして俺はEGFへ出頭することになったのだが……そこで俺は3日間ほど拘束される事になった。


というのもどうやら俺が適合したマテリアル、EGFでも認識していない完全に新規の型だったらしく、それに適合した俺の体や変身後の衣装に関する検査が必要になったのだ。


機能等に関する検査ではなく、の。


なにせ謎の宇宙人に送り込まれた道のアイテムである。もしかしたら相手側に害意がなくても、何かしら人間に対して有害な物質が使用されているかもしれない。


そう言われてしまうと俺も拒否はできず、また勝手に触れてしまった負い目もあって、検査が終わるまで3日間ほどEGFの施設の中に拘束されたのである。


決算時期じゃなくて本当に良かったと思う。事情に関してはEGFから説明してくれるとのことで任せてしまったけど。


そうしていろんな検査を受けた結果、いくつかの事が解った。


まず俺の体、および変身後の衣装からは有害なものは確認されず。


体は内部まで完全に女性になっているとのことだった。具体的にいえば体の中には子宮や卵巣が存在しており、骨格なども完全に女性の物になっているそうだ。尚体が女性のものになった理由は不明。戻る理由も不明だそうである。まぁ未知の事象だからな……


それから変身後の衣装だが、地球上は存在しない物質でできているとのことだった。この辺は「ヒーロー型」のスーツや「ガンナー型」の銃も一緒だ。


他にもさまざまな検査が行われたが、とりあえず明確に解ったのはこの辺りまで。


後は今後も定期的に検査して行くという事になり、俺はひとまず解放されることになった。


今後俺は義務とし異星人との戦いに身を置くことは説明された。そこは最初から覚悟のうえでマテリアルに触れたのだから構わない。ただすぐ参戦を求められると思ったらしばらくはその必要もないらしい。どうやら戦う為のはある程度時間をかけて脳に記憶されていくらしく、それが落ち着くまではしばらく参戦不要との事だった。それまでは、EGFに顔を出す必要があるものの、ある程度は普通に生活していていいそうだ。


今後を考えるといろいろ調整ない事もあるだろうから、と。


うん。


家族や会社の同僚に顔合わせるのが億劫すぎる……







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る