目覚め


「んあ……?」


聞きなれない声を耳にして目が覚めた。──いや、目が覚めたタイミングで声を上げたのか。聞こえた言葉は自分の声だったからだ……聞きなれないのは間違いないのだけど。なにせこの声になってからまだ一週間に満たないのだから。


顔だけ動かして時計を確認すれば十分に朝といえる時間だったので、俺はゆっくりとベッド体を起こし洗面所へ向かう。


眠い。昨日は、数日分の遅れている仕事を片付ける為にかなり残業したからな。時間もそうだが密度がすごかったので、帰ってくる頃にはへとへとになっていた。……なので会社の人間の勧めもあってタクシーを使ってしまった。


遅くなったから危ないと言われたの自体はさすがに心配しすぎだろうと思ったが、補導されるんじゃってのはちょっと否定できなかったんだよな。なにせ今の俺の外見はせいぜい高校生くらいといったところだろう。日本人の外見ではないから大丈夫だと思うが、学生だと思って職務質問された場合顔写真付きの身分証が役に立たないので(顔が違うので)即座に成人の証明が出来ないんだよな。態々EGFに連絡する羽目になるし。


……これめんどくさいからとっととなんとかした方がいいよなぁ。EGFに頼めばなんとかしてくれるんだろうか。性別変わってるから保険証も使えないだろうし。いや今の俺が体調を崩した場合普通の医者に行っていいかもわからんが。


まぁこの辺は諸々EGFに行った時相談するかぁ。


頭をぽりぽりと掻きながら、洗面所の鏡の前に立つ。


……鏡に映った自分の姿を見て、思わずポカーンとしてしまった。


髪の毛が寝ぐせで大爆発している。そういや昨日風呂に入った後ろくに髪を乾かさないうちに寝てしまったな。元の姿は短くそろえていたからすぐ乾いていたけど、この長さだと洗うのも乾かすのも一苦労なんだよな。……髪の長い女性は毎日こんな面倒な事しているのかと思わず感心してしまったくらいだ。


いや、俺も今後は同じ苦労をする羽目になるんだけど。マジかって思う。


本当に髪を切らせて欲しい。さすがに元の髪の長さまでとはいわないまでも、ショートカットくらいにはしたい。でも切ったところで一晩で伸びるからな……。


「はぁ」


癖っ毛という感じでもないのに、寝ぐせはひどい状態だ。正直これをブラシで治そうとするのも面倒すぎるだろう。


「……シャワー浴びるか」


乾かす手間がまた出来てしまうが、その方が早そうだ。俺は寝間着代わりに来ていたサイズの合わなくなったシャツを脱ぎ捨てると、バスルームへと向かった。


◆◇


初めて脱いだ時はなんとも言えぬ罪悪感を感じたものだが、さすがに一週間もすれば慣れてくる。見慣れない、均整の取れた美しい体だと思うが、どんなものであろうと今はこれが俺の体になっている。誰かの体に憑依しているとなれば別だが、そんな感じもない。となれば自分に対して罪悪感を感じても仕方ないだろう。


寝起きのシャワーを終え、爆発状態から元に戻った腰まである長い髪をタオルとドライヤーで乾かしていく。


先日お袋や菫さんに長い髪の洗い方や乾かし方もレクチャーされたが、めんどくさいので大分端折っている。なにせ、邪魔だからと切ったところで翌日の朝には元に戻っているホラー現象みたいな髪だ。別段痛んだところですぐに回復するのでは? という思いがある。


……そんな考えを持ちつつあくまで端折るだけである程度は従っているのは、普通に傷んで、切り落として再生させても傷んだままで再生したらという不安があるためだ。その結果中途半端な事をやっているという自覚はある。


別段美少女としてちやほやされたいとかいう気持ちはないので(もっと俺が若い時であればそういう気持ちも出たかもしれないが、俺はもはや三十半ばのおっさんだ。そういった風に考えるには年を取りすぎている)化粧をしたりしてもっと綺麗に見せようという考えは毛頭ないが、今後ずっとこの女の姿のままだとした場合、さすがに将来的に髪やら肌やらがボロボロになるのは避けたい。元のクオリティが高い分劣化した場合余計目立ちそうだし。なので、教えてもらった体のケア方法はにこなすつもりだった。


完璧には無理。世の中の女性はこんなめんどくさい事を日常的にしているのかと考えたら、本当に感嘆の気持ちさえ出てくるくらいだ。


ちなみに髪に関しては鬱陶しいので毎日切る事も考えたが、実は上限があってあるタイミングから一切生えてこなくなったらどうしようととか考えてしまったのでやめた。


とにかく今の俺の体には前例がない。EGFに三日ほど滞在した際にいろいろ検査はしたみたいだけど、それで分かる事も限界があるだろう。いろいろと手探りだ。


ドライヤーの電源を切って、椅子に腰かけた自分の足を見下ろす。


……細い足だなぁ、と思う。


女性としてみれば細すぎるというわけではないだろうが、これまで三十余年見続けた自分の足に比べれば明らかに細い。


俺は学生時代や若い頃はそこそこ体を鍛えていたし、今も若い頃までではないにしろある程度体を鍛えていた。それに元々の身長も180cm近くあったので男としてもガタイがいい方には入っていたと思う。それと比べれば、まるで折れてしまいそうに感じてしまうくらいだ。


──戦う為の体なんだよな? これ。


異星人の侵略と共に、恐らくはそれと敵対しているであろう別の異星人から与えられたマテリアル。近代武装がろくに通用しない異星人と戦う為に提供された力のハズなので、戦うための能力を持っているのは間違いないハズなんだけど。視線を落とすことで目に入る腕や足の細さを見ると、とても戦えるようには見えないのは確かだ。


まぁ俺が適合したこの謎型のマテリアル以外のマテリアルの内、ビースト型を除いた三つの型は変身したところで当人の体型が変わる訳ではないから、明らかに戦う体格じゃないよねって人も戦ってるのは見るんだけど。特に近接肉弾をするヒーロー型。


ガンナー型みたいに、遠隔戦闘向きのタイプなのかね? EGFから受けた説明だと、使える能力とその扱い方は大体マテリアルと適合してから1週間くらいでを思い出すらしいけど。今の所は……あれ?


うわ、なんだこれ! いつのまにか頭にその知識がある! いつだ、いつからだ!?


絶対に今までの自分の人生の中で身につけた覚えのない知識が、どこからともなく思い出せて頭の中に浮かんでくる。


うっわ、これ気持ち悪い!







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