閑話 2 女子高生『甘土 霧葉』の妄信

 それはある晴れた空に機嫌を乗せていた味雲の日常を壊す発言だった。

「都市伝説検証委員会、出動するよアメソラ」

「なんだそれ」

 呆れつつも訊ねる。霧葉に逆らおうにもその結末は失敗しか見えなくていつの日にか諦めていた。一方で待ってましたと言わんばかりに気合いを入れた霧葉は嬉しそうに答えた。

「IQ9999のカンペキ天才美少女の私が立ち上げた華麗でブリリアントでグレートな委員会よ」

「IQが人の叩き出せる数値じゃないな」

 霧葉の頭の悪そうな発言にも丁寧に言葉を返す。そんな姿を見て丸い雰囲気の微笑みを贈る。

「簡単に言えばカンペキ超人の私が都市伝説を解き明かす活動団体、メンバーは少数精鋭だから私とアメソラのふたりだけ」

「勝手に入れられてる」

 霧葉の言葉は続いてゆく。今回の活動のテーマを告げる。

「今回はラジオをある場所ある周波数で聞くことで異世界に行けるという話、これを検証するわ」

「それどこ情報だ、そんなお話俺は知らない」

 聞いたこともない話に困惑しながらもどうにかついてゆく。今にも置き去りにされてしまいそうだった。

「じゃ、近所の山に行きましょ」

 ただ同伴するしかなくて、斜め後ろから追いかけ歩くような心境に少々の気まずさを感じていた。ただ霧葉の嬉しそうな顔を眺めながら関係のない話題で気まずさを埋める。

「アメソラは良い人ね、絶対手放さないから」

 正直美人の顔にあまり良くない感情を抱いてはいたものの、霧葉の顔には慣れ始めていた。山を登る。緑の葉に覆われた道は暑くなり始めた季節の中、水っぽい涼しさを秘めていた。息を吸うだけで湿った香りは味雲の体を潤して満たしてゆく。登山は楽しくて日頃からそれといって趣味もない味雲にとってはいい気分転換になっていた。一方で霧葉の表情は虫の息だった。

「実は運動苦手?」

 味雲の問いに対して霧葉は頭を左右に振った。

「私は美人で運動もできて天才なカンペキ超人よ」

「やっぱバカだろ」

 霧葉のそんなとこがふれあいやすいんだろな、その言葉は口に出さずにそっと仕舞っておいた。上り続けて自然を味わい、頂上までの残りの距離を目の端に捉えて進み、やがては見えてきた頂上。そこまできて霧葉は息をついて額の汗をぬぐいながらベンチに腰掛ける。

「疲れたよな、霧葉」

 霧葉の隣りに座り、霧葉の顔を窺って味雲は水の入ったペットボトルを取り出して渡した。

「ありがと」

 例を言ってペットボトルのキャップを回す。その様子を眺めるだけでも満足できそうな味雲に霧葉は少しだけ減った水を手渡す。

「アメソラも飲んだら?」

 顔を赤くして遠慮の意を示した。爽やかな笑顔で差し出されてしまってはもう一本のペットボトルを取り出すことに気まずさを覚えてしまう。とはいえ飲みかけの水をいただくのはあまりにも恥ずかしくてできるはずもなく。

「顔赤いよ、もしかして熱にあてられた? じゃあ早く飲んで」

――催促するなバカ

 想いを仕舞おうにも顔に帯びた熱は抑えることができずに顔に出てきてしまう。疲れも相まってか心が弾み踊り高まる気持ちが鎮まらない。味雲を必要以上に心配そうに見つめ続ける霧葉に観念してペットボトルを受け取り飲むことにしたのだった。

 霧葉は鞄から小さなラジオを取り出して電源を入れた。

「さて、ここで検証の始まりね。開いて、異界への扉」

 霧葉は生き生きとした顔で、明るい感情を乗せた声で宣言してラジオの周波数を変え始めた。流れるニュース、地元の見どころを毎日のように語るローカル番組、またまた流れ始めたニュース番組、ニュースキャスターの声には不快なノイズが混ざっていた。

 そうしてすべての番組の流れる周波数から何も流れないところまですべてを耳にして特になにも起こらないことを確認した味雲は口を開く。

「なにも起きないな」

「おかしい……もしかして、高さが違うのかも」

 そう言って降り始めた霧葉についてゆくように味雲も降り始めた。自然に目を奪われつつ降りてゆく。少し進んだところで味雲は目を見開き立ち止まる。

「どうしたの」

「なんだよ、これ」

 味雲は気が付いてしまった。


 看板に書かれた文字、それが鏡に映されたもののような形をしていることに。


 霧葉は看板に目を通して怪訝そうに目を細める。

「別に、普通ね」

 それから山を下りて、街の中で見た文字その全てが鏡映しの並びをしていて味雲はようやく気が付いてしまった。


 ラジオによる異世界への移動にひとりだけ成功していたのだった。

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