成果
「サヤちゃん、あらためて、イエーイ」
「あっ、イエーイ!」
「秀人もイエーイ」
「しないよ」
「小野寺先輩! わーい!」
「……はいはい。やったね」
「ちょっとぉ何で! 俺ともしてよ秀人!」
「そんな仲じゃないでしょ、僕ら」
「クソ暑ぃのに、よくそんなテンションでいられんな、お前ら……」
丸太風の椅子に腰かけた咲坂が、心底うんざりとした顔で言った。咲坂の背後にあるベンチでは、ムラサキと祐希が壁に寄りかかって、ぐったりとしている。
屋根があって日陰にはなっているが、四方からの熱気までは防げない。
「だから、ファミレスにいていいよ、って言ったのに」
「そうだな。心底後悔してるわ。一人だけでもファミレス行きゃ良かった」
「敬司くんったらさびしがり屋なんだから~」
「さっさと戻るぞ。つーかもう帰ろう。その様子だと、うまいこといったんだろ?」
咲坂にも両手を掲げる。
「イエイ!」
「浮かれてんな。まあ、ご苦労」
咲坂とハイタッチをかわし、ムラサキと祐希の手を引っ張った。
伯母のマンションをちらっと見上げて、六人で
「あ、でも私、ファミレスでご飯食べたい。最近食べてない」
祝勝会をかねて、ファミレスへ向かうことになった。
六人がけのボックス席に、ぎちぎちと座る。清佳は左右をムラサキと光に挟まれた。
伯母との交渉が狙い通りに終わったことと、久しぶりの外食で浮かれて、あれこれ食べたくなってしまう。目移りして中々決められない。
「檜原。食えない分、食ってやるよ。好きなの頼め」
「いいの?」
「代金テメェで持つならな」
「サヤカ、おごらせたいだけだよ、こいつ。また一緒に来よ」
「お、人の親切心を足蹴にしといてデートのお誘いですかぁ? やるねぇかわいい顔して」
「友達同士で出かけるのは普通でしょ!」
「下心のある奴を友達とは呼ばねぇんだよ」
「自分がそうだから他人もそう見えるんでしょ」
「その理屈だと、テメェもおごってほしいと思ってたことになんねぇ?」
「「も」って言った! 「も」って言った!」
どうしてすぐ喧嘩を始めるのかと、向かいを見つつ呆れる。通路側の席で小野寺も、軽く肩を落としている。
「梓さんからお小遣いもらったし、みんな、千円以内くらいだったらおごるよ」
「ッシャア!」
「声が大きい」
注文をして、ぐだぐだと各々の好き嫌いについて話していると、料理が運ばれてきた。
久しぶりの外食だ。伯母と住んでいた時以来のような気がする。
外食であることを意識すると、事故を思い出す。事故が起きたのは清佳の誕生日、外食の帰りだった。
家族でした最後の食事だったのに、何を食べたのか、何を話したのか、まるで覚えていない。その後、車内での会話も記憶からすっぽりと抜け落ちている。
笑い声だけを覚えている。
「俺も魚系にすりゃ良かったな~。今更だけど、肉って気分じゃねえわ」
横から光が、清佳の刺し身定食を見て来た。
ついさっきまでは、謝罪のために珍しく、模範的に制服を着ていたはずだが、気づけばいつも通りに着崩されている。
「刺し身、一切れならあげますよ。代わりにお肉を半分くれるなら」
「一切れと半分じゃ釣り合わなくない?」
「私の厚意も込みなので」
「こうい……? サヤちゃん俺のこと好きなの?」
「好きじゃない」
「紫純には聞いてないんですけど~」
「光さんも、聞かなくても分かるでしょ。好きな方の好意だったら、半分寄越せとは言いませんよ。厚い方の厚意です」
「サヤちゃんのケチ。いーらね」
「ケチって言えば、結局、家には何年住めることになったの?」
祐希の問いには小野寺が答えた。
「最低ライン。頑張ったんだけどね。やっぱり、来年三月までが限度だった」
小野寺の前にはコーヒーしかない。そして伯母と話していた時の名残か、表情はまだ、どことなくかたい。
その全体が、どことなく大人っぽく、かっこいい。
ぼんやり見ていると目が合ってしまった。やましいことはないはずだが、思わず慌てて目をそらした。
「祐希くん、内心思うのは仕方ないけど、ケチと言えば、って。一応、私の伯母さんには違いないから」
「あーごめん」
「他の条件は?」
「帰ってから詳しく話すつもりだったんだけど……再来月から家賃以外は全額こっち持ち。今まで理事長に払わせていた水道光熱費は、無期限だけど全額返済。ただし、サヤさんが来てからの分は、七割で計算」
「げ、だっりぃ。ケチじゃねえか」
「大盤振る舞いだと思うよ。まあ、無理そうな時は、僕が立て替えるから」
「小野寺先輩?」
以前、電子レンジ代を一人で負担していたことで軽い言い争いになったことがあったが、その時を思い出す発言だ。
「趣味。自分で稼いだお金。サヤさんに咎められる筋合いはない」
返答も大体、言い争いの時と同じな気がする。
すると、結果も同じになりそうだ。あの時は確か、頑固そうな雰囲気に負けた。
実際、趣味ならば中々文句も言いにくいので、ひとまず探りを入れる。
「自分でって、小野寺先輩、バイトしてましたっけ」
「株」
「株かぁ……」
怪しいアルバイトなどだったら文句をつけられたが、何も言えない。
やはり、高額のやり取りを友達間でするのには不健全さを感じるので止めたいのだが、中々、いい文句のつけ方を思いつかなかった。小野寺をにらみつつ考えていると、彼は軽くため息をついた。
「……分かったよ。じゃあ、これならどう?」
小野寺は横にいる咲坂の肩に手を置いた。
「敬司、割の良いバイトを紹介してあげる。シェアハウス周りの草むしり一時間で二千円」
「割良いか? この暑さの中でやるとすると微妙ではねえですか、小野寺先輩?」
「じゃあ三千円」
「雑な上げ幅だな。乗った」
無償で渡すのではなく、あくまで労働の対価として渡す。シェアハウス周りの草むしりなら、回り回って小野寺を含むみんなのためにもなる。
「いいでしょう」
「面倒な子だなぁ」
「小野寺先輩ファンクラブ会長なので」
「廃会しておいてね」
「シュートくん、僕にも割の良いバイト紹介して……」
「いいけど、あと何かやることあったかな」
「秀人、アトリエの掃除って仕事があるんだけど、どう?」
「じゃあ祐希はそれで」
言い訳を認めたせいで、かえって献身に拍車がかかったような気もしたが、もう止められない。
程々ならばいいかと諦め、食事に戻りかけて、本題を思い出した。条件面に関してはおおよそ小野寺の他に言うことはないが、条件以外の点で清佳には一つ、報告しておきたいことがある。
「そう言えば私も、ほんのちょっとだけだけど、梓さんと歩み寄りができたよ。皆々様には多大なるご心配とご迷惑をおかけしました」
「おー良かったね!」
祐希がぱちぱちと拍手をしてくれた。
今日までに様々な後悔をしたが、伯母との関係もその一つだった。伯母との関係が良好であったなら、嫌われないように頼みを聞くなどという、迂遠なことはしなかったはずだ。
けれど、今にならなければ、話せなかったとも思う。
「色々とお世話にもなりました。ありがとう」
「退去するんか?」
「しないよ。これからもよろしくお願いします」
何気なく言うと、よろしく、と各々から返ってきた。だらだらと締まりのない雰囲気ではあったけれど、その特別感のなさが、どことなく嬉しかった。
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