帰宅


「最低ラインは守ったにしてもよぉ、なぁんかスッキリしねぇんだよな」

「何それ」


 電光掲示板には、あと五分後に電車が来ると表示されている。ちょうどいい塩梅だ。

 ホームにはまばらに人が立っている。


「何かこう、パッとしねぇんだよな。華がない、華が」

「華?」

「よっしゃー終わった、って感じがしねぇ。お前らは話し合って達成感あるかも知れねぇけど、オレは、わざわざ遠くまで来てファミレスで飯食っただけなんだよ」


 ホームの中頃まで進む。ムラサキと祐希は、吸い寄せられるようにベンチに腰かけた。

 清佳は日陰の中に立つ。線路に降り注ぐ日光は、目に痛い程に眩しい。


「それは……どうしようもないんじゃない?」

「檜原だって映画の終わりが、モブキャラ四人の談話だったら、文句言うだろ。爆発の一つもしろって」

「自分以外の人間をモブと言うな。そんな何でもかんでも爆発しろとは言わないし、この場合だと、梓さんが爆発しそうだし」

「うちの父親も爆発しないかな」

「小野寺先輩? ストレスたまってます?」

「何かオレらにも出番くれよ。夏休み中ほぼグダグダしてたせいで、オレとしたことが、夏休み終わるまでに宿題終わるとか言う、優等生みてぇなことしちまったんだよ」

「敬司くんが? 快挙~! サヤちゃん、これはパーティーじゃない?」

「しません。当然のことでしょうが」

「誰かオレに暴れさせろ!」

「敬司。公共で危険なことを言わない」

「父親の爆発はいいんか?」

「絵を描くのはどうだ」


 ムラサキを振り向く。隣に座る祐希も、不思議そうにムラサキを見ている。


「誰が? ケージくんが?」

「祐希もやりたければ」

「僕も?」

「むしろ、参加してくれる方が望ましい」

「描きたい!」


 祐希とムラサキが二人で話している光景に、やや物珍しさを覚える。暑さでへたばっているうちに仲良くなったのだろうか。

 平和な二人に、金髪が割り込んでいった。


「話聞いてんのか、おとぼけ絵描き。暴れさせろつってんだろ」

「咲坂も話を最後まで聞け」

「あぁ? 最近テメェ舐めた口きくようになったな。ちんたら喋んじゃねえよ。一言で分かるように言え」

「グラフィティアート。と言えば分かるか」


 全員が一瞬黙った。

 プラントポットと学校の周辺は住宅街のため、ほとんど見かけないが、黄浦市まで行くと、駐輪場の壁やガードレールなどによく見かける。スプレーで描かれた派手な色合いの文字やイラスト。


「ムラサキさん……グラフィティアートって、壁とかだよね? どこに?」

「プラントポットの外壁に」


 あの真っ白な壁には、描きやすそうではある。

 絶句した清佳とは反対に、咲坂は笑いながらムラサキの背を叩いた。


「いいこと思いつくじゃねえかムラサキ! ちょうどいいわ。やろうぜ!」

「待った待った。要検討! 許可なくやったら犯罪! 今後も使う予定の建物だし、梓さんが許可するとは思えない」

「許可取れるかな~。秀人、どう思う?」

「権威とか芸術に弱そうな人ではあったから、北条くんの将来性次第かな。ちゃんと企画書練って、その上で有名な賞とか取ればいけるかも?」

「高校入ってから何も取ってないんだよな~。紫純、前に話した画材屋主催の油絵コンクール、賞狙いで今から一枚いける?」

「一つだと心もとない。他にも探しておいてくれ」

「並行で何枚も描ける方じゃないでしょうに。まあ、やる気があるうちにいっとくか」


 三年生がてきぱきと許可を取りに行こうとしている。

 許可を取ることができるのならば、清佳には反対する理由はない。

 それどころか、楽しそうなので、期待したい。


「……できます?」

「さあねぇ。まあでも、楽しそうだし、やるっきゃないでしょ」


 光に肩を抱かれた。


「最悪失敗しても、今ならまだ、子どもだからって言い訳が通用するんだし?」

「……なるほどー」


 必ずしもそんなことはないだろうとは思ったが、子どもなので、丸め込まれることにした。

 先のことを話しているうちに、電車のアナウンスが流れ出す。

 帰りの電車が来る。



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