心配される軽薄者

 言ってから、光がムラサキを盗撮していた疑惑があることを思い出した。

 自覚よりも疲れているのか、情報がぽろぽろと頭が抜けている。

 ただ、思い出したところで、どう処理していいのか分からない問題である。理由を問い詰めることが良いこととは限らないし、ムラサキが受け入れているのなら、外野が咎めることではない。


「心配してたぁ? 本当に~?」


 その上に、光の反応もよく分からなかった。

 清佳にとっては疑う方が疑わしい。ひねくれすぎではないか、と思ってしまう。

 かなりやりにくそうにはしていたが、ムラサキが光を気にかけていたのは明らかだった。

 そして、言動が今ひとつ分かりにくいムラサキが「明らかに」気にかけるというのは、それはもう並々ならないことのはずだった。


「言ってましたよ、心配だからって。……これ、言っていいのか分からないんですけど。ムラサキさんのこと、盗撮、してましたよね。で、気がつかれてましたよね。その時に何かなかったんですか。カメラ越しでも、何か」

「え~? あったかなぁ」

「あっ、それと、盗聴器! 私の盗聴器、どうせ持ってますよね。一緒にしかけてたりしないんですか。先日の私との会話とか聞いてないんですか」

「持ってはいるけど使ってねえよ。サヤちゃんの二番煎じなんか御免だし」

「何だそれ」

「盗撮もなぁ。サヤちゃんがアトリエに入ってきたのは見たけど、すぐ遮られたから……。つーかあの日何してたの? お兄さんに言えないことしてないよね?」

「え? し、してませんよ」

「……怪しい」

「怪しくないっ。そういう話題に慣れてないだけです」

「そんなんでよく盗聴した音声聞けてたよね。俺が女の子といた時の音声とか入ってたんじゃないの?」

「そういうのは聞かないようにしてました!」

「え~どうやって? 聞くまでは内容分かんなくないですか〜? どうなんですか〜檜原さ〜ん」

「玄関とか外階段付近の音声を先に聞いて、部屋にいる時間逆算してました! わざわざ! いやそんな話はどうでもよくてですね、とにかく、心配されてましたから。顔を見せるくらいは……」


 今度は、静かな相槌しか返ってこなかった。

 さすがに何か訳がありそうだと、口をつぐむ。

 よく考えてみれば、自分が原因にいるとは言え、二人の関係にむやみに口出しするべきではなかったかもしれない。

 一応、伝えるべきは伝えたのだから、あとは光の判断に任せるべきだろう。

 そう思いつつ、後ろ髪を引かれる。ミルクティーを飲み干して、マグカップを置いて、それでも踏ん切りがつかずに両手でテディベアを撫でる。

 そして、やっと思い至った。

 いくら慣れていない話題だとしても、鈍感だった、かも知れない。断言まではできないにしても、その可能性くらいは考えておいても良かった。


「ムラサキさんは、たぶん光さんが思っているよりも、光さんのことを見ています。プラントポットに誘われた時にも怪しいと思っていたそうだし。盗撮にも気がついていたし。光さんのことだから、今までにも色々やらかしてるんでしょうけど、それもたぶん気がついていることでしょう」

「失礼な。色々って程やらかしてないし。……何だよ。何が言いたい」

「だから。光さんは恐らく、今回のしでかしよりも前に既にとっくに、結構かなりしっかり、ムラサキさんには呆れられています」

「な」


 自然と語気が強くなる。ムラサキには部屋から連れ出してもらった恩があるので、熱が入ってしまう。

 けして、恥ずかしさをごまかしているせいではない。


「それなのに、ムラサキさんは光さんの誘いに応じて、プラントポットに住んで。今も、光さんが心配だからと、実家に帰ることもなくここにいます。私には、盗撮をしたり許したりできる関係性は、正直よく分かりませんけど! そこまでする人が、今更、たかがこんなことで、光さんを見捨てるとは思えません。……ムラサキさんは、私よりずっと、光さんの方が好きだと思います」


 海より深く反省しつつ、少しだけ自信を持ってもらいたかっただけなのだが、元気づけすぎたのか、光の顔には微かに笑みが浮かんだ。


「好きな子が暴行された事件を、たかがとか言ってたら、いくらサヤちゃんでも怒られるよ」


 あまりはっきりと言葉にしないでほしい。それも重大事ではあるのだが、これ以上、物思いの種を抱える容量はない。


「そこは、言葉が過ぎたかもしれませんが。今はそれよりそういうことなので、気にしすぎずに。ちゃんと、心配させてごめんの一言くらいは言いましょう」

「サヤちゃんはいい加減、俺を馬鹿にしすぎ。言うよ、それくらいは」

「そうでしたか。失礼しました」

「……じゃあ、行くかねぇ」


 不意に光は立ち上がった。


「サヤちゃんも」

「……はい? 私も、何?」

「立って立って。行くよ」


 何気なく近寄ってきたかと思えば、テディベアを抱える手を、下からすくうように持ち上げられた。


「どこに?」

「アトリエ」


 テディベアを取られた。


「い、今から行くんですか?」

「急がなきゃいけないんでしょ、善は」

「なきゃいけないってことは、ないと……行動が早いのはいいことですが。ただ、私が一緒に行く必然性はないのでは。と言うか私がいない方が、光さんにしてみても都合がいいのでは?」

「和解アピール。あと、差し入れを持っていく係」

「それは自分で持っていってください。ベアくんは私が預かっておいてあげますから」

「気に入ってない?」


 結局じゃんけんで、清佳が負けた。しかも差し入れという話だったのに、ムラサキだけでは持て余しそうな量のお菓子を持たされた。


「お詫びと報告をにしに行くだけにしては多すぎでは? こんなのちょっとしたパーティーじゃないですか」

「じゃあ、パーティーってことにしたら?」

「えぇ?」

「和解記念パーティー」


 テディベアと三本の缶ジュースを抱えて、光はダイニングを出ていく。

 清佳は両手にお菓子いっぱいのビニール袋を持って、光の背を追いながら、問いかける。


「本当に、私がいていいんですか」


 馬鹿にしたような笑い声が降ってきた。


「聞くなよ。嫌な奴」



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