休憩する似た者同士

 和解の申し出を了承してもらえた。清佳を拉致した目的も、それを後悔していることも、確認できた。

 そして光が立ち上がった。

 一応、光より先に立ち上がらない、立ち去らないという誓いは、この時点で果たすことができたのであった。


「あれ、私の分もいれてくれたんですか?」


 戻ってきた光の手には、マグカップが二つあった。

 片方は清佳用のマグカップだった。

 空になったグラスが置かれた小さなテーブルに、マグカップを一つ置いて、再び向かいに座った光は、そっけなく言う。


「予備」

「予備……? 予備だとしたら、私のマグカップを使わないでください」


 マグカップの中にはベージュに近い液体が入っている。光の好みはブラックのはずだ。


「ありがとうございます。いただきます」

「はぁい」

「……おっ?」


 ミルクティーだった。驚きはしたが、実害はない。嫌がらせかも分からない。

 光はそ知らぬ顔でコーヒーを飲んでいる。


「てゆーかぁ、サヤコはぁ」

「何なんですか」

「ここを出ていった後は、どうするつもり?」


 クーラーで冷えた体には、ミルクティーの温かさが心地いい。嫌がらせ未満の微妙なフェイントのためだけに、わざわざ別で作ったのだろうか、などと考えながら、問いに答えた。


「梓さんの家に戻るつもりです。学校は遠くなりますが、通えない距離ではないし。学校では、同じクラスのムラサキさんは難しいですけど、光さんや小野寺先輩の目には入らないように……極力気をつけます」

「ふーん……」

「プラントポットに関しては、私の気持ちとしては、梓さんよりも光さんたち寄りの立場で、できることはしたいのですが。正直、私から光さんたちのためにできることは、そう多くないと思います。単純に能力と、梓さんへの影響力の問題で。……ちなみにですが、夏場になってから電気代がすごいことになっているようで、梓さんは相当苛立っておいででした」

「あーらら」

「ただ……。ただ、ですね」


 これらはあくまで、清佳の希望と推測である。


「実は今、梓さんと連絡が取れていなくて。梓さん次第なところもあるので、実際、現実に、今言った通りになるかは。……分からない、としか」

「なるほどね」


 さすがに、二度の転校は御免こうむりたいが、それすらも未確定だ。先行きを思って暗い気分になり、ミルクティーの温もりにしがみつく。

 嘲るように、光は笑った。


「どうして連絡が取れないか、教えてあげようか」

「はい?」


 冗談にしては性質が悪い、と言いかける。連絡が取れないことに関しては、清佳は病気や事故ではないかと、本気で伯母を心配し始めていた。しかも光には脅迫という前科がある。

 だが、光の微笑みからは、油断ならないものを感じた。

 結局疑いを口にしなかったのは、光への信頼からではなく、単なる良識だ。


「教えてほしいです」

「サヤちゃんは本当に素直な、いい子だねぇ。うんざりする」

「違うって分かったんじゃないんですか。それで、教えてくれるんですか、くれないんですか。何か条件があるとか?」


 最悪、伯母のマンションにまで行けば、それで済む話ではある。教えられなくても、嘘をつかれても、さしたる支障はない。


「和解の条件とか話す条件とか、条件が好きだね」

「好きではないです。光さんがすんなり教えてくれないから……」

「無償の愛を得られる立場では最早ないんだし、いいんじゃない?」

「好きではないですって。私のこと嫌いなら、無駄に会話を引き伸ばすの止めたらどうですか」

「嫌がらせ~」

「私は別に光さんのこと嫌いではないから、嫌がらせになってませんよ。光さんだけの自傷行為ですよ。……さっきからちょっと思ってましたけど、私にどう接したらいいか分からなくなってます?」

「理事長と連絡が取れない理由は、まあ、たぶん」


 打ってはすぐ後退する戦術を、ヒットアンドアウェイと言うのだったか。

 呆れはすぐに、驚きにかき消された。


「余裕がねぇんだと思うよ。不倫相手に別れ切り出されて」


 青天の霹靂、だけでなく。

 その言葉は同時に納得も生んだ。


「それが、脅迫のネタですか」



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