夏祭
黄浦の祭は、案の定の人混みだった。
黄浦市は県内では二、三番目に大きな市である。周辺の市に住まう高校生の間では、本格的に遊びに行こうとなれば、黄浦市に行くのが定番化している。光や咲坂が夜中に遊んでいるのも黄浦市だ。
北側には海が広がり、夏は海水浴で賑わっている。
祭のスケジュールを見ると、山車はまず市役所付近の神社から出発して、大通りを通りながらぐるっと一巡するらしい。加えて、山車を引いている途中で、海側で花火大会も始まるようだ。そりゃあ混むというスケジュールである。
黄浦駅前から、花火大会の観覧席までは、徒歩で三十分程度。行けなくもないが、道中の人混みを考えると、三十分以上はかかるだろう。
小野寺と同じく何度か祭に来たことがある光によれば、観覧席まで行かずとも、黄浦駅前付近に、建物に遮られずに花火を見られる場所が何箇所かあるらしい。そのうちの一つに、多少、花火見物の人は来るものの、いくらか落ち着ける公園があるとのことだった。
「じゃあ、何となくその公園目指しつつ、途中途中でご飯買ったり、山車見たりする感じで」
咲坂の雑な指示にそれぞれうなずいて、駅前から、六人連れ立って歩き始めた。
人が多すぎて、六人ぞろぞろと歩いていても、全く目立たない。身長一九一センチの小野寺ですらたまに見失いかける程だ。
自分たちと同じように、高校生らしい人々も大勢集まっている。
外から見ると、自分たちも友人同士に見えるのだろうか。
「おい、檜原。何か買いたいものあったんか?」
「あ、違う。ごめんごめん」
咲坂に腕を引かれて、慌てて五人に追いついた。
「あ、りんご飴あった! 買ってくるから待ってて!」
人混みに流されながらも、立ち並ぶ屋台を見ていると、祐希が声を上げた。
待っていてと言われても、五人で同じ場所に留まるのは難しい。
「私も食べたいから、一緒に行くよ」
「……光くんも買おっかな〜。ちょうど三人三人だし、この辺で、二手で分かれない? 六人でうろうろすんのだるいし」
「そうしようか。花火が始まる時間の十分前くらいまでに、公園の辺りで合流しよう。それでいい、敬司?」
「光以外に公園の場所知ってる奴いなくね?」
「そうね。秀人、地図送っとくわ。迷ったら、遠慮なく連絡しろよ」
「ありがとう」
咲坂とムラサキと小野寺の三人は、人の流れの先へと消えていった。
並んでりんご飴を購入し、チョコバナナも買いたいという祐希の願いを聞いて、チョコバナナを探しながら歩く。
「あ、俺、たこ焼き食いてぇな〜。サヤちゃん、買ってきていい?」
「いってらっしゃい。りんご飴持っておきましょうか」
「んーん。大丈夫」
「あっちの、人いない辺りで、二人で待ってますね。……私、ご飯系どうしようかな」
「サヤカ、焼きそば食べたいって言ってなかった?」
「いざ見ると迷っちゃうねぇ」
考えながら、祐希とともにたこやき屋台から離れる。近くに、屋台と屋台の間に広く間隔が取られて、少しだけ面積あたりの人が少ない空間があった。他にも何人か、人待ち風情の人が立っている。
だが、その空間に辿り着いてふと周囲を見回すと、そばにいたはずの祐希がいなくなっていた。
「……え、祐希くん? 祐希くーん」
少し声を上げてみるものの、返事はない。
目の前の人の流れの中に、また姿を探すが、さっぱり見当たらない。
ふっと足元が消えてなくなってしまったような心地になる。
「いきなり迷子……?」
この場合、迷子になったのは自分なのか、祐希なのか。
三分程、周囲を見つつ待ってみたものの、祐希は現れなかった。その間に人の流れが変わったのか、周囲に人が増えてくる。
屋台が混んでいるのか、光も戻ってこない。
「……これ、私が迷子側かなぁ」
りんご飴をなめながら、仕方なくバッグから、スマートフォンを取り出す。さすがにまだ、もう三人からの連絡もないようだ。
全員に一斉に連絡するより、先に個別に連絡した方がいいかと考えていると、ふと肩に人がぶつかった。
「あ、すみませ……」
退こうとすると、腕をつかまれた。
無理やりに引っ張られた。
「は、え?」
りんご飴が落ちた。
背後から思い切り誰かに押された。
転びかけてたたらを踏むと、腹を殴られた。
うめき声を上げる前に、鼻ごと覆うように、口に濡れた布を突っ込まれた。
息が苦しいな、と思う。空気を求めて体が動くが、強い力で抑え込まれた。
意識を失った。
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