絵描きの夢心地

 植木鉢を購入した。

 元シェアハウス「プラントポット」のことではなく、正真正銘の植木鉢だ。

 購入代金は「経費」から出した。

 つまり、彼らの秘密を探るための仕掛けの一つである。

 これまで、廊下で盗聴器を仕掛ける場合、仕掛ける場所は窓枠の上部や、ランプシェードの上にしていた。これらは見えにくくはあるものの、外にむき出しになっていた。また、窓枠の上部に取りつける時には脚立が必要で、設置と回収をする際に、見つからないようにするのに非常に神経を使った。

 そこで、植木鉢だ。植木鉢を置く小さめの台も購入した。

 これで土の中や、台の下などに、盗聴器を隠すことができる。

 上手くいくようであれば、個人に植木鉢をプレゼントして、部屋の音声を聞くのにも使えるかもしれない。

 いきなり大量に増えると怪しまれるかもしれないと思い、まずは一つだけ購入して、一階の階段脇に置くことにした。

 設置してみると、盗聴器を隠すという役割は置いておいても、中々良い雰囲気だった。

 やたらと長かったので、植物の名前は覚えていないのだが、植物というだけで良い。住人たちのリラックス効果も期待できる。

 眺めて満足した。


「清佳さん」

「おう、はい」


 振り返るとムラサキがいた。

 アトリエにいたので、しばらく出てこないだろうと思っていたのだが、何かあったのだろうか。

 盗聴器を設置した後で良かったと、どきどきする心臓を思わず服の上から手で抑えつつ、ムラサキに向けて首をかしげる。


「何でしょう。お腹減った? 食べなかった分、取っておいてあるよ」

「笠原を見なかったか」

「光さんなら出かけていった。今の時間だと、夜遊びかな」


 スマートフォンで時計を確認する。二十時を過ぎている。ムラサキのマネージャーや遊びの合間で、たまに単発のアルバイトをしているが、大抵は休日の昼間だ。


「……そうか」

「夜食は大丈夫?」

「いらない」

「了解」


 では予定通り朝食に回そう。食べ盛りばかりなので、誰かしらが食べる。


「清佳さん、ここで何を」


 ひやひやしながらも、核心に触れられるまでは挙動不審にならないように、平静を保つ。


「植木鉢置いてた。ここなら邪魔じゃないよね? あ、共益費じゃなくて自費だから」

「植物」

「うん、植物。緑があると、何となくいいでしょう」


 ムラサキはじっと植木鉢を見下ろし、ふと呟いた。


「緑は、青と黄の間の色だ」


 お、と清佳はムラサキの顔を見るが、ムラサキは沈んだ目で植木鉢を見続けていた。


「光の三原色の一つであり、赤紫の補色でもある。孔雀石やビリジアンなどの顔料がよく知られている。植物が緑色である理由は、葉緑体に赤色光と青色光を吸収する葉緑素があるためだ。植物の生命力にあやかって、成長や安らぎ、豊かさを表彰する色として使われることもある。例えば「緑髪」という言葉は、艶々とした黒髪を表す。また、古来は色と言えば青、赤、黒、白の四色だったが、緑は青に含まれていた」


 途中、清佳には理解できなくなって聞き流すしかなくなったが、ムラサキは清佳が聞いているかはどうでもよさそうに、スマートフォンなどで使われている音声アシスタント機能めいて、つらつらと述べた。

 しばらく呆気に取られてしまったが、以前に光に聞いたことを思い出して、清佳はムラサキの目の前で手を叩いた。

 ムラサキは驚いた顔で清佳を見て、苦しげに目を伏せた。


「……ごめん」

「あぁいや、こちらこそ。大丈夫?」


 謝られるようなことをされたとは、少しも思わない。どちらかと言えば心配だ。


「前に光さんに、もし自分がいない時にムラサキさんが「変」になってたら、寝ろって言ってくれ、って頼まれたから。とりあえず止めたんだけど。こういうことで良かったかな」

「……うん」

「良かった。じゃあ――寝よう」


 そう言いはしたものの、ムラサキの様子を見ていると不安になった。


「の前に、何かやっぱり食べた方がいいよ。寝るのにも体力がいるのです。春雨スープはいかが?」


 ムラサキがうなずいたので、清佳はダイニングに続く扉を開いた。


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