sneak

 そして金曜日の夜。

 夕食後、皿洗いなどの家事も終えて、誰もいないリビングでこっそりと盗聴器の設置をしていると。

 ガチャンと玄関から、扉の閉じる音が聞こえた。

 プラントポットでは階段から、リビングなどを通らずに、直接玄関に行くことができる。この前ムラサキと話した廊下がそれだ。

 咲坂の姿は見えていなかったが、時間的に咲坂だと直感した。

 慌ててキッチンに隠していた尾行セットを取って、清佳も外に出た。

 外に出て周囲を見回すと、案の定遠くに派手な金髪が見えた。

 尾行セットから帽子と暗い色のジャケットを取り出し、身につけながら、あとをつける。

 意外なことに、咲坂の歩いて行く方向は、駅とは真逆だった。

 プラントポット周辺は住宅街である。まるで何もないとまでは言わないが、駅から四十分以上かけて、黄浦市という市まで行かなければ、夜中に遊べるような場所はない。

 本当にどこに行くのだろうと純粋な好奇心に駆られて、気持ちがはやった。また、視界に知り合いがいても、夜中の一人歩きはやや心細く、その理由でも足早になる。

 だが、人混みなどはないので、足音などを聞かれて振り向かれないよう、咲坂とは距離を保つ必要があった。

 意外と神経を使う。

 だんだんと、好奇心や復讐心に勝る後悔がわいてきた。

 やはり自分は、悪事に向いていないらしい。心が弱い。無防備な姿を見ているのも後ろめたい。借金を返してもらうためだから盗聴よりは罪悪感は薄い、などと軽く考えていたが、やってみると、大して変わりなかった。無駄にこそこそとしてしまう。

 どこか知らないが、早く目的地に着いてくれないか、と思い始めた頃。

 ふと咲坂は、この時間でも煌々と明かりがついている、コンビニに入った。

 バレるリスクを考えると、清佳は中に入ることはできない。だが、駐車場にぽつんと立っているだけでは、怪しく見られる。

 悩んだ結果、清佳はコンビニ横の、明かりの届かないエリアにそっとたたずむことになった。

 怪しいことに変わりはなかった。

 できるだけ壁に身を寄せて、コンビニとの一体化を試みるが、虚しさを感じる。

 せめてもの救いは、ここがコンビニであることだ。買い物なら長くても、十数分程度で終わる。

 少しの辛抱だと、コンビニの入り口には目を光らせつつ、スマートフォンを取り出して時間を潰すことにした。

 だが、一時間たっても、咲坂はコンビニから出て来なかった。


「……まだいるよね?」


 うっかり画面に集中しているうちに、見逃してしまったのかと不安になり、そっとコンビニをうかがう。

 雑誌コーナーに金髪が見えて、慌てて身を引いた。

 まだいる。

 こんな夜中に外に出て、雑誌を読んでいるだけなのか、あの人。

 疑問符が頭の中に浮かぶ。店頭で雑誌を延々読むことを楽しみにする人もいなくはないのだろうが、咲坂のイメージには合わない。

 多少交通費がかかっても、黄浦市まで行く方が良いのではないか。

 金がないのだろうかと考察するが、腑に落ちない。

 咲坂はアルバイトをしている。ファミリーレストランのキッチンらしい。ファッションが好きなようで、服を買う金がないと騒いでいるのをたまに聞く。だが、実際に買っている様子はない。休みの日に着ている服装は、見たことのある服の着回しになっている。シェアハウスに、咲坂宛の通販が来ることもない。アクセサリーまでは把握していないが、咲坂がつけているのはピアスと指輪くらいで、それはそう頻繁には変わっていないように思う。

 共益費はもちろん、高校生のアルバイトで稼ぐ金額と比すれば高額だが、財布にまるで残らないという程取ってはいないはずだ。しかも咲坂は清佳以外にも、度々金をせびっている。

 趣味でも共益費でもない、別の使い道があるのだろうか。

 普段の様子を思い浮かべるが、思いつかない。

 答えは出ないまま、それからまた一時間が経った。

 日付は変わってしまった。

 充電していなかったので、スマートフォンの充電も残り少ない。

 帰ろうか迷っていると、やっと咲坂がコンビニから出てきた。

 手には、物がたくさん入っていそうなビニール袋を持っていた。雑誌を読むだけでなく、買い物は買い物でしたらしい。

 そしてまた、駅とは異なる方向に歩いていくようだ。

 ここまで待ったら行くしかないと、充分に距離を置いて、清佳は尾行を再開した。

 咲坂は住宅街を何度か曲がった。清佳は途中で思いついて、地図アプリで周辺を確認した。近くに大きな建物が一つある。

 プラントポット入居前に下調べしていたので、名前だけは記憶にあった。近くに来るのは初めてだ。

 何故と思いながらも、確信する。咲坂はこの施設に向かっている。

 建物が見えてきた。

 敷地を囲んでいる塀には「高苗総合病院」と彫られていた。

 咲坂は病院の表ではなく、裏に回った。どうやら関係者用の出入り口らしい扉がある。

 さすがに目立つため、清佳は咲坂の姿を視界に入れることを諦めて、敷地の外から見張ることにした。別の方向へ行ったことに気がつけない可能性もあったが、仕方がない。

 十分程待っていると、咲坂が通った道を、咲坂ではない、女性らしい人影が歩いていくのが見えた。白い服にカーディガンを羽織った姿は、入院中にもよく見た、看護師を彷彿とさせる。

 街灯に照らされた顔は、とりわけ口元が誰かによく似ていた。

 そしてその後ろを、金髪が追いかける。実に怪しい光景だが、女性は時々振り返るだけで、怖がる素振りは見せない。

 二人の後を、清佳は追いかける。

 自分こそ通報されかねないと危ぶむが、幸い、それは杞憂に終わった。

 女性は病院近くにあるアパートに入っていった。咲坂は塀の陰からそれを見届け、清佳はそんな咲坂を自動販売機の陰から見ていた。

 これで終わりかと思いきや、少しして咲坂が動き出す。女性が入っていったアパートに近づいていった。バレないように気をつけつつ、清佳も見える範囲まで距離を縮める。

 咲坂は女性が入っていった扉のドアノブに、コンビニからずっと持ち歩いていた、限界近くにまで大きく膨らんだビニール袋をかけた。

 そしてまた歩き出す。まだどこかへ向かうようだ。今度は駅の方角である。

 追いかけなければならないという気持ちはあったものの、清佳は今夜の尾行は、ここまでで止めることにした。明日は土曜日ではあるが、清佳には朝食を作る仕事がある。

 完全に咲坂がいなくなってから、アパートに近寄って一応表札を確認したが、名前は書かれていなかった。

 帰ったばかりだから、住人は起きてはいるだろうが、夜中にいきなり訪問するのもはばかられる。

 清佳はとぼとぼと、プラントポットに引き返した。

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