四月
one coin
他にも細かな事件はあったものの、春休みはまたたく間に終わって、とうとう清佳は初登校の日を迎えた。
これで祐希は高校一年生、光と小野寺は高校三年生、清佳も含んだ他は高校二年生である。
ちょうどクラス替えがある学年だったおかげで、転校生ではあったものの清佳は、思っていたよりも早くクラスに馴染むことに成功した。
あわよくば咲坂などと同じクラスになって、評判や弱みなどを探れないかと画策していたが、同じクラスになったのはいまだ近寄りがたい「ムラサキさん」だった。
北条紫純。アトリエで絵を描く人。光とは幼なじみ。
ムラサキという呼び名は、咲坂、祐希、小野寺にならった。その方が親しみを感じられると思ったから。
どうやら彼は学校でも一目置かれる存在のようで、ムラサキへの接し方は、清佳も他のクラスメイトも大差なかった。敬しながら遠ざける。ほんの少し仲良くなりたい欲もある。
もっともムラサキ当人は、どのような対応をされても、あまり気にしない性格のようだった。
独自の世界を生きている。
ぽやっとしているところがあって、授業変更などについて聞いていないことがあるが、気がついた誰かしらが世話をしている。
あまり近づきすぎると悪目立ちしそうに感じて、清佳は今のところ学校では、クラスメイトと同じ程度の距離感を保っている。
ともかく、学校生活は順調である。
学校生活は。
「おう、檜原じゃん。ちょうどいいとこに。これから学食?」
いつの間にか、言いにくそうな敬称は取れていた。
仲良くなれたと喜ぶような場面。だが、清佳は親しげな声かけに、思わず眉を寄せてしまった。
少し目を上げれば、鮮やかな金髪が、休みの時のままにある。耳には金色のピアス。
入学式で教員にも散々怒られていたのにどこ吹く風で、全く直す気がないようだ。
清佳自身が品行方正に暮らしていても、そういった人物と仲が良いというだけで、向けられる目は変わる。その上に清佳の場合は「転校生なのに、何で知り合いなの?」という疑問も加わる。
彼らがシェアハウスを不法占拠していることが明るみになれば、芋づる式に伯母の秘密についても、世間に知られてしまう可能性が出てくる。単純に高校生だけで、しかも男女混合で同居している事実も、おいそれを知られる訳にはいかない。
だから、できれば学校では、変に注目を集めたくはない。仲良くなるにしても、不自然な形では付き合いたくない。
そう思っている人間の肩に、咲坂は堂々と腕を置いた。
「ちょっとさあ、頼み事があんだけど。友達、すーぐ終わるから、ちょっとだけコイツとお話させてくれない?」
「あの……えぇと。清佳さん。もしお邪魔なら、私は向こうで食べるね……」
仲良くなったクラスの友人は、既に咲坂と清佳は仲が良いという認識をしているようだ。
清佳には遠慮しながらも、やはり咲坂は怖いようで、微妙な笑みを浮かべている。
「待って結花さん。大丈夫だから。えーと、先に行って、席だけ取っておいてくれないかな」
結花は控えめにうなずくと、心なしか足早に、学食へ歩いていった。
ため息をつきそうになり、それはそれで失礼だと飲み込んで、咲坂を見る。
「何?」
咲坂はにこっと笑った。
「悪ぃんだけどさ、金貸してくんね?」
「え……」
「財布、家に忘れちまって。飯食えねえんだわ」
「あー……」
納得のいく理由ではあるが引っかかる。
ただ、嘘だろう、などとは言えない。
言動や見た目は荒っぽくはあるものの、それだけで全てを疑うのは、良心がとがめる。
本当に財布を忘れただけであれば、昼食抜きはかわいそうだ。
三百円もあれば、一食食べられる。清佳は学校に行く時でも一応、二千円程度は持ち歩くようにしている。
「そういう……ことなら」
財布から、五百円を出した。
受け取った咲坂は、拝むように手を合わせた。
「サンキュー。助かった! ほんと檜原がいてくれて良かったわ。持つべきものは友ってのは至言だな。さっきの子も大切にしろよ」
「ちゃんと返してよ」
「そんなん当たり前だろ」
咲坂は硬貨を持った手をポケットに突っ込んで、廊下を歩いていった。
その背を見て清佳は、強く、五百円は返って来ない予感を覚える。
だが、すぐに首を振って、見た目で判断するのは良くないと、一旦は信じることにした。
そして何もないまま、十日がたった。
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