秘密


「こいつらから、私の秘密を奪い返して」

「……は?」


 伯母はそう言いながら、テーブルに何枚かの書類を並べた。

 あらたまった顔で呼ばれたから、てっきり両親が亡くなった事故の関係で、また何か話があると思っていたのだが、だいぶ風向きが違う。

 ひとまず清佳は書類を一枚手に取った。

 一見して、履歴書だろうかと思う。上には顔写真、下の欄にはどこの中学を卒業したかなど、恐らくは人物に関する情報が書かれている。履歴書とは違うのは、成績や家族構成などについても、詳細に書かれている点だ。

 適当に手に取った書類の名前欄には「北条紫純」とあった。

 内容は履歴書や通知表を思わせるが、そのどちらともつかない。

 身元調査書などと言うのが適切かもしれない。

 ともかく、これでは全く伯母の意図が分からない。


「え、えぇと。すみません、もう少し詳しくお願いしていいですか?」

「そうね。まず、私、前に知り合いから建物を買ったの」

「建物」

「プラントポット、という名前の、元シェアハウス。シェアハウスになる前はアパートだったそうだけど、どちらにしても入居者がいなくなって、売りに出すという話だったから」


 要領を得ない話だ。伯母らしくない。本題に入るのを避けているようにも見えた。


「私はそこを、買い取った後に改装して、うちの学校の寮として再利用する予定だった。けれど、あなたたちのことがあってバタバタして、手を入れられないでいるうちに、そいつら――その建物を不法占拠し始めた」


 伯母は憎らしそうに書類に目を落とした。

 あらためて清佳は「北条紫純」の身元調査書を見た。顔写真からはどことなく不思議な雰囲気を感じるが、ざっと見る限りでは、不良や悪人とは思えない。

 他の書類も引き寄せて確認する。

 「笠原光」、「小野寺秀人」、「咲坂敬司」、「田中祐希」。

 性別欄に「男」と書かれていること以外に、五人揃っての共通点はないようだ。

 伯母は右手で左手の親指をこすっている。苛立っている時の癖だ。


「あなた、同年代でしょう、そいつらと。どんな手段でも構わないから、そいつらを追い出して」

「不法占拠なら、警察には言えないんですか?」

「察しが悪いわね。だからほら、言ったら……秘密が」


 そう言えば先程も「秘密」と言っていた。

 伯母はしきりに左手の親指をこすっている。

 伯母の機嫌を損ねたくはない。清佳は咄嗟に頭を巡らして、事態を理解した。


「つまり。いわゆる、その……梓さんが他の人に知られたくないような秘密を、この人たちは入手して。それで梓さんを脅迫している、ということですか?」


 平たく言えば、弱みを握られて言いなり。

 我ながら、今の話でよく理解したものだと思う。


「それで私に、彼らが住んでいるシェアハウスに行って、その秘密を取り返して、脅迫を無効にしろ、と」


 肯定も否定もしなかったが、伯母の態度は明白だった。

 いつも部下や秘書には偉そうにしているくせに、やけに口ごもっているのは、姪である清佳にそれを頼む後ろめたさからか。それとも、清佳にその秘密とやらを知られることを恐れているのか。

 手に持った身元調査書が、急に恐ろしくなる。

 不法占拠者に対しての恐れではなく、自分が命令されたことに対してだ。


「でも、秘密って、その……素直に言って返してもらえるものでも、ないですよね?」

「だから、どんな手段でも構わない」

「そんなこと言われたって」

「必要なものがあれば用意してあげる。盗聴器とか、マスターキーとか」


 そう言うと伯母は、テーブルに何かを置いた。黒く、スイッチがついていて、長い棒が立っている。見慣れない機械だが、今の言葉からすれば、用途は推測できる。


「盗聴器ですか、これ」

「もっといる?」


 本気だ、と実感がわいた。指が震えた。

 ざっと考えるだけでも、いくつもの懸念が思い浮かぶ。不法占拠者をするような人々の内部に潜入することの危険性や、盗聴をするとしても、それが発覚した時の彼らの反応。また、そもそも盗聴や、他人を探るという行為自体が、気分の良いものではない。五人とも写真だけ見れば、自分と同世代の男子だ。

 警察などであればともかく、清佳は、平均よりも少し大人しいくらいの、地味な高校生。両親と一緒に遭遇した事故が、人生においてほとんど唯一のイレギュラーと言っていいくらいに、非日常には縁がない。

 だが、答えにはあまり悩まなかった。


「……分かりました」

「本当に?」


 頼んだ伯母の方が驚いていた。

 嫌な大人だ、と思いながら、清佳はうなずいた。


「いいですよ」


 母方の祖父母は既に亡く、父方の祖父母とは没交渉。両親が亡くなった後、伯母は後見人となって、住んでいるマンションに清佳を引き取ってくれた。

 事実上ただ一人の、清佳の身内。感謝をいくら伝えても言い尽くせない程に、世話になっている。多少の無理なら聞くべきだろう、と思う。

 だが、それ以上に――この人は、亡くなった母親の姉である。父とも親交があったと聞いている。清佳が生まれてからはやや縁遠くなっていたようだが、二人から時々、名前は聞いていた。

 伯母の中には、二人の思い出がある。

 正直に言えば、伯母自体のことは、あまり好きではない。だが、伯母の中にある両親に関する記憶は、喉から手が出る程に知りたい。

 嫌われたり避けられたりして、その思い出を聞くことなく縁が切れてしまうのは、清佳には耐えがたいことだった。


「頑張ります」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る