盗聴


「あー、疲れた……」


 まだ一週間、されど一週間。

 自室でシャワーを浴びた清佳は、ドライヤーをする元気もなく、たまらずベッドに倒れ込んだ。

 全員が全員問題児ではないものの、単純な作業量だけでも、大変すぎる。今まで手伝い程度の家事しかやって来なかった人間が、掃除などしつつ、いきなり育ち盛り五人分の料理を毎日三食作るなど、無理筋だ。


「ちゃんとした家政婦雇ってくんないかなー、梓さん……」


 思わずぼやくものの、それが有り得ないことは、よく知っている。

 何せ、伯母が所有しているこのシェアハウス「プラントポット」に住んでいる彼らは、正確に言えば「住人」ではない。

 「不法占拠者」である。


「……はー、やるかぁ」


 自分の呟きから本来の役割を思い出した清佳は、渋々ベッドから起き上がった。

 机の上には既に、昼間のうちに掃除をしているフリをして回収した「それ」がある。

 一見、コンセントにつける電源タップにしか見えないもの。

 小さくて、物陰に隠せば気づくことは困難なもの。

 仮に見つけられたとしても、USBメモリとしか思われないだろうもの。

 それが全部で、十個。


「ちゃんと録れてるかな……」


 それぞれ伯母の家にいるうちに、実際に使ってみて使用方法は確認しているが、この環境で使ったのは初めてだ。昨日設置したばかりなので、内容を確認するのも初である。

 設置場所が悪ければ、無音であったり、雑音で何も分からない、という可能性もある。

 受信機に繋いだ録音機をパソコンに差し込み、録音データを移し替えていく。さらにそのデータを、音声再生ソフトに入れる。

 イヤホンを装着した。

 再生を、押す。

 雑音は酷い。

 だが、そこには、声があった。


『ねえ、そこ、まだゴミ落ちてるんだけど』


 一度、聞いたことのある声だ。


『あ、ごめん』


 自分の声もする。


『やるなら、ちゃんとやってよ。僕、ハウスダストアレルギーなんだよね』

『うるせーな祐希。そんなん言うなら、テメェでやれや』

『誰もいなければ自分でやるけど。でも、サヤカは家政婦なんでしょ? 仕事で、それで給料もらってるんなら、ちゃんとやるべきでしょ』

『ぐちぐちぐちぐち。オレは眠ぃんだっての!』

『リビングで寝ないで、自分の部屋で寝ればいいじゃん! ソファにケージくんの寝汗つくんだけど!』

『ここが一番寝心地いんだよ!』

『だから何? 何の理由にもなってないんだけど』


 一応、録音データの時間と場所を確認する。十三時二十三分。昨日、掃除中にリビングのコンセントに設置したものだ。

 会話しているのは、自分、祐希、そして金髪の咲坂敬司。二人は当然、録音されているとは思わずに言い合っている。

 大した内容ではないものの、妙な無防備さを感じて、酷く居心地が悪かった。たちの悪いドッキリ番組を見ている時の心境に近い。


『こら、喧嘩しない』


 二人の保護者役である小野寺の声も聞こえ始める。

 そこでたまらずサヤカはイヤホンを外して、停止を押した。

 パソコンの画面には、この先にも音声の波形が映っている。

 だが、これ以上聞く元気はない。


「……これ駄目だ。良くないことだ」


 最初から分かり切っている。

 法には触れていなくても、盗聴は、良識に欠ける行為だ。


「さすがに、いくら性格があれでも……。相手が不法占拠してる人たちでも……」


 パソコンにはまだ九個の録音データ、大雑把に見て二百十六時間分の音声がある。

 夜間など、何の音もないだろう時間を差し引いたとしても、百時間以上。

 いや、と清佳は両手で顔を覆う。問題は時間の長さではない。百時間でも一秒でも変わらない。内容も関係ない。

 相手の知らないところで、日常生活を録音するという行為自体が、罪深いのだ。


「良くないよ、梓さん」


 こんなデータは全て消すべきだと思いながらも、消すに消せず、清佳はパソコンの前で固まった。


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