第四話 もう一人いる(1)
小玉スイカを収穫した。
苗植えの時期が普通より遅かったのが少し心配だったけれど、すくすくと育ってくれた。
農家のおじさんによると、呂方村は高地にあって涼しいので、遅いぐらいでちょうどいいそうだ。
さて、味の方はどうだろうか?
わくわくしながらスイカを抱えて家に戻ろうとすると、子供が二人、こちらを見ていることに気づいた。
「あれは確か……」
一人は、農家のおじさんの息子さんだった。
「おーい! 君たち、スイカ食べる?」
手を振って声をかけると、二人は顔を見合わせ、笑顔でうなずいた。
包丁でパッカリ切り分けると、みずみずしい赤色が顔を出した。
濃い緑色と、鮮やかな赤色のコントラスト。
ああ、夏だ。
庭への扉にもなっている窓を全開にして、そこに三人で腰かけてスイカを食べる。
「種は庭に飛ばしちゃっていいから」
日差しは強いけれど、この場所はギリギリ屋根の影になっていて涼しい。
チリンチリン、と風が風鈴を鳴らす。
元々東北の高地なので、下界ほど暑くはない。
けれど夏なので外にいれば汗をかくくらいには暖かく、風と風鈴の音は心地よかった。
「美味しくできたかな?」
期待を胸に、スイカにかぶりつく。
シャクリ。
新鮮な甘みが口の中で弾けた。
「おー! ちゃんとスイカだ!」
苗からとはいえ、これを自分で育てたのだと思うと美味しさもひとしおだ。
思わず子供達の方をうかがう。
「どう?」
子供達は夢中でスイカに顔を埋めるのを止め、口元をスイカ果汁で濡らして笑った。
「おいしい!」
「うまい!」
よかった。
それを聞いて顔がほころぶ。
スイカって種があるから、子供に不人気だと聞いたことがある。
少し心配だったが杞憂だったようだ。
スイカを食べ終わると、子供達は慌ただしく遊びに出ていった。
子供は元気なのがいい。
「また来なよー!」
後ろから声をかけると、農家の息子さんは走りながら振り向いて手を振った。
危ないったら。
僕も子供の頃はあんなだったろうか。
そんな年寄りめいたことを考えてしまい、まだまだ僕も若いじゃないかと思い直した。
『男は25歳を過ぎればおっさんだ』
そういえばよく世話を焼いてくれたあの上司は、僕の25歳の誕生日に、そんなはた迷惑な言葉をプレゼントしてくれたっけ。
彼は小さな子供の発言で、若い頃暗いトラウマを負った過去があるようだった。
そりゃあ子供からしたら、25歳の大人の男を「お兄さん」とは呼びづらいだろう。
そういえば、農家の息子さんは僕のことをなんて呼んでいたかな?
いや、まともに話したのは今日が初めてだったし、今日は特に呼びかけられてはいないか。
意外と、呼び名がなくても会話は成立するものだ。
もう一人の子はどうだったかな、と思い出そうとして、彼女の、いや、彼の? 顔をまったく思い出せないことに気づいた。
男の子だったか、女の子だったかも定かではない。
そんなに印象の薄い子だったかな?
思い出そうとしても、霞がかかったように、その姿ははっきりとしないのだった。
あれぇ? 今、僕もまだまだ若いと思い直したところだったのに。
ついさっきまで一緒にいた子供の顔を思い出せないなんて、まるで痴呆だ。
けれどどれだけ思い出そうとしても。
その子の顔も、背格好も、服装も、性別さえも、僕は思い出すことが、できないのだった。
◇
子供達とスイカを食べた次の日、子供達の元気さを見習い、山歩きに行ってみた。
僕の家は、南北に細長い村の北の端にある。
家の裏にある畑の向こう側は山になっていて、そこに山へ入っていく道もある。
山へと続く道は村に何本もあるけれど、その中でもこの道は、子供でも迷わずに歩ける数少ない道だそうだ。
他の道は途中で薄くなっていたりして、山歩きに慣れていないと危ないらしい。
山に入ると蝉の大合唱に迎えられる。
ミーンミンミンミンミーーーーー、ミーーンミンミンミンミンミーーーーー。
オーシーチュクチュク、オーシーチュクチュク、ホイヤース、ホイヤース、ホイヤース。
ミンミンゼミとツクツクボウシだ。
ふぅ、まったく音が暑い。
数分歩いたところで、石の祠のようなものが見えてきた。
お地蔵様だろうか?
近づいてみると、確かにそれは祠というべきもので、その中心で祀られているのは狐の石像だった。
「狐の神様、かな?」
誰かが定期的に掃除しているのか、祠とその周辺だけ綺麗だった。
さらに歩くと、一本道はぐねぐねと曲がりながら上っていく。
先に何があるのか、少しワクワクしながら山道を登っていると、上から人の声らしきものが聞こえてきた。
「誰かいるのかな……?」
進むにつれて声が近くなる。
どうやら子供の声みたいだ。
声の方向に足を進め、一つの峠のてっぺんまで来ると、平らな尾根が50mほど続く草原になっていた。
その上で、子供が二人走り回って遊んでいる。
一人は農家の息子さんだった。
ということは、もう一人は昨日家に来た子だろうか?
顔が思い出せなかったので、どんな子だったかな、ともう一人を確認する。
っと、こっちは農家の息子さんだ。
それでもう一人は――
「――あれ?」
もう一人も、農家の息子さんだった。
その二人は、まったく同じ顔をしていたのだ。
同じ顔どころか、背格好はもちろん着ている服まで同じだった。
双子だったっけ?
そんな話は聞いていない。
けれど、双子だったのだろう。
そうでなければ、こんなに似ているはずがない。
昨日もこの二人が僕の家に来たのだとすれば、印象に残っていてもよさそうなものだけれど。
一方で、僕が農家の息子さんではない方の顔を思い出せなかった理由は、説明がつく。
どちらも同じ顔だったのだから、もう一つの顔を思い出すことなんて初めからできるわけがないのだ。
昨日は双子が僕の家にスイカを食べに来た。
僕はスイカに気を取られて、彼らが双子であることをあまり意識せずに接していた。
彼らが帰った後、二人分の顔を思い出そうとしたけれど、もとより二人いても顔は同じだったため、農家の息子さん一人分の顔しか思い出すことができなかった。
と、いうことだろうか?
まあ、昨日の二人と今日の二人が同じ組み合わせだとも限らないけれど。
昨日は農家の息子さんの一人が別の友達と遊んでいて、今日は双子で遊んでいる、とか。
それだと昨日の友達の顔をまったく思い出せないことに疑問が残るけれど、どっちにしても不自然な点はあるから、分からないな。
とはいえ、本人たちに「昨日僕の家でスイカを食べた?」なんてそのまま聞いたら、つい昨日会って話したのにもう忘れている薄情な奴だと思われてしまうだろう。
いやまあ、その通りなのだけれど。
それはちょっと印象が悪い。
ここはさりげなく聞くのが良いだろう。
「こんにちは」
「「こんにちはー」」
「うん。こんにちは。ところで――」
僕は二人に言っているようにも聞こえるし、そのどちらか一方に言っているようにも聞こえるような目線を意識して尋ねた。
「――昨日のスイカ、美味しかった?」
まったくさりげなくない質問。
目線も二人の間をきょろきょろと彷徨って不審な感じになった。
これが僕クオリティである。
けれど、彼らは特に疑問を抱かなかったようで、笑顔で答えた。
「「美味しかったー」」
二人同時に。声が重なる。
双子の動きがシンクロするのは漫画や映画では見たことがあるけれど、実際に見るとすごいな。
本当に、事前に打ち合わせたかのような動きだ。
「そっか。ありがとう。また来なよ」
僕は知りたいことが分かったので満足して、手を振って引き返した。
散歩も、そろそろ終わりでいいだろう。
昨日来たのは、やっぱりあの双子だったようだ。
とすると、僕は双子と一緒にスイカを食べながら、彼らが双子だったことに気づかなかったことになる。
どれだけうっかりしているんだか。
◇
山を下りてきて家に戻るところで、農家のおじさんとバッタリ出会った。
誰かを探している様子だ。
「こんにちは」
「おお、あんちゃん。山を歩いてきたのか?」
「ええ。息子さんたちに会いましたよ」
たぶんおじさんが探しているのは息子さんたちだろうと思って、気を利かせて先に言った。
しかしそれを聞いたおじさんは、予想外の反応を示す。
「おおそうか! ……たち? あいつは誰かと一緒にいたのか?」
眉間にしわが寄る。
「いやいや、息子さんたち二人ですよ? そういえば、双子だったんですね。あんまりそっくりだからびっくりしましたよ」
おじさんの反応が少し剣呑なものだったので、安心させるようにことさらに明るく答えた。
どうしたんだろう? と疑問を抱きながら。
僕の返答を聞いたおじさんは、絶句した。
その後、怪訝そうに僕を見て言う。
「何言ってんだ? あんちゃん。俺の息子は、一人っこだ。双子なんていねえ」
「え……?」
今度は、僕が言葉を失う番だった。
どういうことだろう? 双子じゃない?
それどころか一人っ子?
いや、あれは間違いなく双子だった。
他人の空似とか、そういうレベルではない。
似ていた。いや、似すぎていたといってもいい。
僕は正直、同じ子供が二人いると思ったほどだ。
もしそれが。
もしそれが一卵性の双子でないのだとしたら。
鏡のように動作まで重なるあの二人は、いや、農家の息子さんと動作まで重ねたあの一人は、一体誰だったというのだろう?
一体、何だったというのだろう?
「お、おいあんちゃん、大丈夫か?」
気が付くと、おじさんが気遣わしげにこちらを見ていた。
「え? あ、ああ、はい。大丈夫です。すいません。なんか、見間違いだったみたいです」
咄嗟に、安心させるように誤魔化した。
しかし農家のおじさんはまだ不思議そうに首をひねっていた。
「見間違うったって、あいつは同年代の友達もいないはずなんだがな」
「いない? 友達がいないってどういうことですか?」
「ああ。そもそもこの村には子供が少ないことは知ってるだろ?」
「それは、はい。知ってますが」
この村には子供が少ない。
両手で数えられるほどしかいない。
けれど、だからこそ限られた子供は仲良くなるものではないだろうか?
「で、他の子どもはみんな南の方に住んでるんだよ。だから、うちの息子は輪に混ざれないらしい。まあ、あいつが引っ込み思案なのが一番の原因なんだが……」
そういえば、小人の件を解決するために子供のいる家を訪ねたけれど、確かに南にかたまっていた。
家が遠いとはいえ、子供の足でも30分あれば南の端まで行けるだろう。
ただ、引っ込み思案の子供にとって、その30分は高すぎる壁となっているのかもしれない。
「一度仲良くなっちまえば、家が遠いなんて大した問題じゃないだろうけどなぁ。まあ大人が口を出してどうこうするもんでもねえから、あいつに任せてる状態だ」
「そうですか……。実はもう友達になってるってことはありませんか?」
「ん? ああ、あんちゃんが見間違えたっていう子か。確かにそうかもな。子供が仲良くなるのなんて一瞬だからな」
ニカッと笑うと、「じゃあ迎えに行くがてら、その友達の顔でも拝みに行くか」と言っておじさんは山道へ歩いて行った。
でも、僕は見間違いなんてしていない。
あれはどう見ても同じ顔をしていた。
確信をもって言える。
おじさんは、これから息子さんとまったく同じ容姿をしたあの子と会うのだろうか?
それとも、その時にはもう、あの子はいなくなっているのだろうか。
あるいはあれは、うっかり者の僕が見た、ただの白昼夢だったのだろうか。
◇
「と、いうことがあったんですよ」
「へえ! また面白いことになっていますね!」
夢か現かもはっきりしない、あの双子との出来事を語ると、司書さんは興味深そうに目を輝かせた。
「どうしてうっかりさんはそうも面白い出来事にばかり遭遇するんでしょうね? うっかりさんが面白い人だからでしょうか?」
「いや、どうでしょう……。僕がうっかりしているからですかね?」
僕は結構本気で言ったのだけれど、司書さんは何がツボにはまったのかしばらく笑いが止まらないようだった。
「あはは、お腹痛い。うっかりさんて、素敵な性格をしていますよね」
「それ、褒めてるんですか?」
「もちろん」
怪しいところだ。
笑顔でそう言われてしまうと、何も言い返せないけれど。
「それよりうっかりさん」
司書さんは急に表情を変え、ピタリと僕と目を合わせた。
何かを期待するような、面白そうな顔をしている。
「ここまでの話は、『前置き』なんですよね?」
その通りだ。
まるで僕の内心が見透かされたようだった。
「ええ。よく分かりましたね」
「分かりますよ。うっかりさんは、今回のも怪奇現象の類だと思っているのでしょう? だったらこのお話の本題は――」
それも正解。
まったく司書さんはサトリか何かだろうか。
今回僕が司書さんにこの話をしてしたかったことは、
「「この怪奇現象を特定すること」」
またしても僕の心を読んだ司書さんと、僕の声が重なった。
今回は特に差し迫った問題があるわけではないから、別に放置していてもいいのかもしれない。
けれど、身近な人の息子さんが何かしらの怪奇現象に遭っていると思ったら、どうにも落ち着かない。
単純にどういう怪奇現象か気になるということでもあるし、もしも危険な怪奇現象だとしたら、放っておくことで何か悪いことが起こるかもしれない。
まあ、農家の息子さん自身は楽しそうに遊んでいたし、あまり危険な印象は受けなかったので、正直それほど焦ってはいない。
これまでの体験を思い返してみても、怪奇現象は人の思いや願いによって起こり、基本的にはその願いを叶える方向に働く。
双子の怪奇現象も、遊ぶ友達がほしいと願った息子さんの思いを汲んで、遊び相手として現れたとか、そんなところではないだろうか。
だからこうして、司書さんとの話の種にする程度には余裕があるのだ。
もちろん、話の種にしたのは、司書さんに手伝ってもらうためでもあるけれど。
「では、始めましょうか」
重厚という表現がよく似合う、ずっしりと重い本をテーブルに置く。
どうやって怪奇現象を特定するのかと言えば、毎度お馴染みの『怪奇現象百科事典』に頼る。
司書さんの対面に座って、本を司書さんの方に向けて置いた。
もちろん、僕の方からは本は逆さに見える形となる。
「……あの、うっかりさん、見にくくないですか?」
「え、まあ……」
「ほら、こっち来てください」
司書さんはにこりと笑って手招きした。
断るのも変なのでテーブルを回って司書さんの横に椅子を置いて座る。
しかし本は一冊。
普通の距離感で横に座ったら、少し遠くて見にくかった。
司書さんは自然に椅子を動かして、二人で見やすい位置に座った。
肩が触れ合いそうな距離だ。
ち、近い。
少し顔を熱くしていると、ひょこっと司書さんが顔を覗き込んできた。
思わずのけぞって、椅子がカタンと鳴る。
「うっかりさん? どうしたんですか?」
司書さんはこの距離感に疑問を抱いていないのか、なんともあっさりした様子だ。
「いえ……なんでも。なんでもないです」
「そうですか? では、さっそく始めましょう!」
本を開いてページをめくる司書さんの横で、僕はバクバクと鳴る心臓の音が司書さんに聞こえないかと、そんな心配をしていた。
深呼吸をして落ち着こうとすると、司書さんから石鹸か何かの良い匂いがしてきてすぐにやめた。
お、落ち着かない。
「ねえ、うっかりさん」
「…………」
「うっかりさん?」
「え、は、はい!」
思わず大きな声が出てしまい、しまった、と内心冷や汗をかく。
本に注がれていた司書さんの目がこちらを向き、きょとんとした顔を作る。
「……どうしたんですか、そんな石像みたいな顔して?」
「石像……?」
ひどい言われ様だった。
けれど司書さんの悪意のない顔を見ると、本当に石像みたいな顔をしていたのだろう。
それってどんな?
「いえ、なんでもないです。それより、どうしたんですか?」
司書さんはわずかに疑惑の眼差しを僕に向けたが、すぐに思い直したかのように話し出した。
「……ええ。この本の怪奇現象、どういう順番で並んでいるのか気になりまして」
「順番、ですか?」
「はい。普通、百科事典でも図鑑でも、並び順には決まったルールがあるはずです。例えば、分類です」
「ああ、確かに。魚の図鑑なら、サメ、エイ、スズキ目……と分けられるのが普通ですね」
「そうです。でも、この怪奇現象百科事典にはその、あるはずの秩序が見当たりません。あいうえお順でもなく、『推定被害』『性質』という項目がありますが、それらもバラバラで並んでいます。一番望ましいのは、似通った怪奇現象をまとめて分類してあることでしたが、どうもそれもバラバラみたいです」
なるほど。
さすが、本に詳しい人は見る場所も違う。
僕は前に司書さんの身に起こった怪奇現象を特定する時も、ただ片っ端からページをめくり続けただけだったけれど、司書さんはもっと頭の良い探し方を試みたようだ。
この分厚い本の、怪奇現象の並び順、ルールを先に理解してしまえば、闇雲に探すよりもずっと速く目的のページにたどり着けるだろう。
しかし。
「秩序がない、と」
「今のところ、私が見つけられていないだけかもしれませんが」
まだ見つかっていないルールがあるのかもしれない。
でも司書さんに見つけられなかった時点で、素人が簡単に見つけ出せるようなルールでないことは確かだろう。
けれど司書さんの発想を聞いたおかげで一つ良いアイデアが浮かんだ。
「たとえば、『変な音が聞こえる怪奇現象』『周りの人が変なことを言い出す怪奇現象』と分類わけしてあれば、かなり見つけやすくなりますよね?」
「それは、もちろんそうですけど」
「だったら、この件が終わったら、この本の分類をしてみようと思います」
「分類? うっかりさんがですか?」
「はい。僕はこの村に来てからたびたび怪奇現象に関わっています。ですから、次何かが起こった時に早急に特定できるように、名前だけ紙に書きだして分類して索引を作ってみようかな、と」
「へえ、それは良いかもしれませんね!」
この村に来てから二か月ほどで、今回のも合わせると既に四回も怪奇現象に遭遇している。
四回起こったのだから、もう二度と起こることはないだろう、などと何の根拠もない楽観的な思考に身をゆだねることはできない。
きっとこの村には何かあるのだ。
だから、出来る限り対策をしておきたい。
「はい、やってみます。まあそれはともかく、今は双子の怪奇現象を探しましょう」
ページをめくる手を進める。
様々な怪奇現象がイラスト付きで書いてあるのは面白く、つい手を止めて読みたくなるけれど、そんなことをしていてはいつまでも終わらない。
時々それらしい怪奇現象を見つけては、説明を読んでいく。
どれくらいそれを続けただろうか。
そろそろこの本の目を通したページとまだ見ていないページの厚みが同じくらいになる。
ようやく半分か。
まだ決定的なものは見つかっていないけれど、似たようなものはいくつか見つかった。
“児招き子”
性質:善性
推定被害:一人
概要:孤独や、世界からの疎外感を感じている子供の友達になり、向こうの世界へ連れて行く向こうの世界の住人。その姿は子供で、邪な心の無い善性の存在だが、向こうの世界へ連れて行かれた子供は戻ってこない。
詳細:孤独感や疎外感に苦しむ子供を見つけて、向こうの世界からやってくる非人間の子供。苦しんでいる子供の心の穴を埋めるように、一緒に遊び、仲を深める。やがて、子供を苦しめる世界から向こう側の世界に連れて行こうとする。そこに一切の悪意はないものと思われる。しかし、一度向こう側の世界に行った子供が戻ってくることはない。子供と児招き子の二人が遊んでいる所を第三者が見ても、児招き子の印象はひどく薄くなり、記憶に残らない。
解決法:子供が孤独感や疎外感に苦しむことがなくなれば、現れなくなる。また、向こう側の世界に行くことを強く拒めば、連れて行かれることはない。
例えばこの『児招き子』は、状況としてはよく似ている。
友達が一人もいない農家の息子さんの前に児招き子が現れてもおかしくはない。
ただし、双子のようにそっくりな姿とは書いていないから、たぶんこれではないだろう。
それにしても、全ての怪奇現象が人の心から生まれるわけではないのか。
『向こう側の世界』が何かは分からないけれど、そういう人の心とは無関係に元々いる存在、いや非存在だろうか、もいるようだ。
それに、性質が善性だからといって安全とは限らないこともこの怪奇現象が示している。
たとえ一時的にこの世界で孤独感を感じていたとしても、それで向こう側の世界とやらに連れて行かれるのは、怖い。
向こう側の世界が悪い世界とは限らないけれど。
どちらにしても、子供が向こう側の世界とやらに連れて行かれたら、この世界では行方不明になるわけで、両親は悲しいどころでは済まないだろう。
とても危険な怪奇現象だ。
「あ、これじゃないですか?」
僕が児招き子について考えて、本を見るのがおろそかになっていた時、司書さんの声が聞こえた。
「え? 見つけたんですか?」
「はい。って、うっかりさん、さてはぼーっとしていましたね?」
図星をつかれて目が泳ぐ。
「す、すいません。それで、見つけたって言うのは……?」
「これです」
司書さんが指を差したページには、まったく同じ姿の子供が二人、手をつないでいる絵が描かれ、その説明がある。
“影坊主”
性質:善性
推定被害:なし
概要:友達がいないことで寂しさを覚えた子供の心が生み出す。子供の影がその子供とまったく同じ姿形を取って動き出し、遊び相手になる。影坊主が出ている間、子供の影はなくなる。
詳細:同年代の遊び相手が欲しいが、それがいないことで寂しさやストレスを抱えた子供が引き起こす怪奇現象。子供の影が三次元の存在として浮かび上がる。その姿は影の元となった子供とまったく同じとなる。子供の遊び相手として振舞う。子供と二人で遊んでいる時に第三者が現われると、影に戻るか、子供と鏡映しのように同じ動作しかしなくなる。子供と二人きりに戻ると、鏡映しの動作をやめて遊びを再開する。基本的に害はない。
解決法:子供にも周囲にも危害を加えることはない。子供に友達ができるなどして寂しさやストレスが解消されると現れなくなる。
「どうですか? 話を聞いた限りでは、それらしいと思いましたが」
司書さんが小首を傾げて聞いてくる。
「さすがです、司書さん。これで間違いないと思います」
ようやく見つかったことで、思わず笑みがこぼれた。
双子のように同じ姿形であることも同じ。
一緒に遊んでいることも同じ。
そしてなにより、第三者が近づくと鏡映しのような動作しかしなくなるというところが、僕の見た状況とまったく同じだった。
影坊主。
これで間違いないだろう。
「やった。ふぅー、結構疲れますねこれ」
司書さんもグーっと伸びをして笑う。
「お疲れさまです。それと、ありがとうございました。害のない怪奇現象みたいなので、安心しました。コーヒーと紅茶どっちがいいですか?」
「紅茶でお願いします」
司書室にあるコーヒーと紅茶の場所を、僕は既に覚えている。
我ながら随分馴染んだものだ。
かくして、僕が出くわした不思議な出来事は、何事もなく終わった。
怪奇現象が毎回こんなふうに危険のないものだと助かるのだけれど。
司書さんと紅茶を飲んで、帰路についた
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