―04― 事後
ホテルから家まで俺は全力で走った。
そして、家に帰るなり雑念を払うべく筋トレをする。
「百合の間に挟まれようとする男は死すべし! 百合の間に挟まれようとする男は死すべし! 百合の間に挟まれようとする男は死すべし! 百合の間に挟まれようとする男は死すべし!」
百合神様のありがたいお言葉を唱えながら、腹筋と腕立て伏せをそれぞれ千回ずつやる。
よしっ、終了!
「って、なにやってるんだ、俺ぇえええええ!!」
筋トレ終えた途端、我に返ってしまった。
まさか彼女をホテルに置いていくなんて、あまりにも最低だ。
香澄のやつ、めちゃくちゃ怒ってるに違いない。
スマホの着信を確認する。良かった何も来てない。筋トレ中に着信きてたら無視してたことになる。
なんて謝ろうか?
もしかしたら、怒って別れを告げられるかもしれないな。
香澄は俺のことが好きなわけではない。退屈しのぎでつきあってるだけ。だから、彼女からしたらいつ別れても問題ないわけで。
いや、むしろ別れるべきじゃないか?
百合好きとして、このまま香澄とつきあうのはしんどすぎる。今日のようなことがまた起きたら、今度こそどうすべきかわからなくなる。
原作厨としては、原作を曲げるようなことはしたくないが、すでに曲げてしまったし、今更気にしても仕方がないような。
俺の望みは、香澄と結衣が幸せなカップルになることだ。そこに俺の存在は必要ない。
よしっ、香澄と別れよう。
そう決めた俺はスマホを手に取る。うっ、緊張する。
通話をかける。
しばらく、コール音が響く。もしかしたら、電話にでてくれないかもしれない。
『なに?』
電話にでてくれた……!
明らか不機嫌な声色。絶対怒ってる。
「小田切だけど、その謝りたくて。ごめん。俺、めちゃくちゃ最低なことをした」
『そうね。あなたは最低だった。私が一人でホテル出たとき、どれだけ惨めだったか想像つく?』
「ごめんなさい」
『まぁ、いいわ。なんで逃げたの? 理由を聞かせて。そもそも今日のことはあなたが発端よね』
「えっと……」
なんて説明しよう。
まさか百合云々のことを言うわけにはいかないし……。
「その、突然怖くなって」
『怖い? どうして?』
「初めてなのに、俺が香澄に手を出してはいけないような気がして」
『意味わかんない。私のほうが怖かったんだけど、それでも勇気を出したのに……』
「ごめん」
『謝ってほしいわけじゃないの。私はあなたの考えを知りたいの。だから、ちゃんと納得できるように説明して』
「えっと……本当に香澄のことが好きだから、俺ごときが手を出してはいけないと思った。俺には香澄とそういうことする覚悟がなかった」
そう、香澄には結衣という相手がいるんだから、俺なんかとそういうことしてはダメなんだ。
『……あなたの考えはわかったわ』
よかった。どうやら俺の気持ちが伝わったらしい。
あとは別れを告げるだけだ。
うっ、本当は香澄とは別れたくない。
けど、俺は百合を守る戦士なんだ!
「香澄、俺と別れてくれ」
言った。俺はちゃんと言ったぞ。
すぐに返答がなかった。通話ごしに、無言の圧を感じる。
『……意味がわからない。あなた、私のことが好きなんじゃないの?』
しばらくしてから彼女は口を開いた。どうやら混乱してるようだ。
「好きだけど、今日のことがあって、俺には香澄とつきあう資格がないと思った。だから、ごめん。別れてください」
香澄は了承するはずだ。
なんせ香澄は俺のことが好きなわけではないんだから。
そもそも俺たちがつきあってあることが歪で間違いだったんだ。
『嫌』
「え?」
『あなたとは別れない』
「なんで?」
『なんでって、別れる理由がないから』
「いや、だから今日のことがあったから……」
『確かに今日のあなたは最低だった。けど、別れる理由にはならない。恋人なんだから喧嘩の1つや2つするのが当たり前でしょ。この程度の喧嘩で別れるなんて馬鹿らしいわ。それに私はもうあなたのこと許している』
「なんで……?」
『だって、手を出さなかったのはあなたが私のことを大切に思っているからでしょ。そんなこと言われたら許すしかないと思うのだけど』
どういうことだ?
香澄は俺のこと好きじゃないはず。だからこそ、別れると言えばあっさり了承すると思っていた。
「その、香澄は俺のこと好きなのか?」
『なによそれ? 好きじゃないならあなたとつきあってないわよ』
わからない。
好きと言われたのに、嬉しいと思わなかった。彼女が嘘をついている可能性が十分あるからだ。
彼女が簡単には心の内を晒さないのは漫画で知っている。
ゆえに、言葉通りに彼女の言葉を受け取ることができない。
『ハル、そういうことだから、別れないってことでいいわよね?』
「あぁ、うん」
『私も今日のことで少しだけ反省した。私たちはもっとゆっくりとしたペースでつきあっていくべきだったのよ』
「そ、そうだな」
『それじゃまた明日』と言って、彼女は通話を切った。
しばらく俺は放心していた。
香澄と別れないで済んだのは嬉しくはある。
けど、やっぱり複雑だ。
◆
通話を切って、私――柊香澄はため息をついた。
なんだか今日はとても疲れる一日だった。
「ハルがわからない」
ふと、自室のベッドに腰掛けながら、そんなことをつぶやく。
そもそもハルはチャラい見た目通り、女関係がいい加減だ。
彼女がいるのに、他の女に平気で言い寄ったりする。
まだ二股はされてないけど、時間の問題かもと思っていた。
でも、別にいいのだ。
ハルに軽いノリで告白されて、私がOKしたのはただの退屈しのぎだ。
あと、他の男子からたくさん告白されて参っていたといのもある。
ハルはモテるため、彼のような恋人がいれば他の男子から言い寄られることがなくなるだろう、なんて打算があった。
とはいえ、上の理由はついでのようなもので、理由として最も大きいのは、人生で一度ぐらい恋人がいてもいいか、なんていうかなりいい加減なものだ。
そして、彼とつきあい初めて2ヶ月ほど経つが想像以上につきあうってつまんなかった。
そもそも私は人生でなにかに熱中したことがない。
どうしてもあらゆるものを冷めた目で見てしまうのだ。
彼氏を作れば、少しは刺激的な毎日を送れるかな、と思ったがそんなことはなかった。
期待した私が馬鹿だったのだ。
ハルはやたらと私と体の関係をもとうと何度もしつこく迫ってきた。
今まで、テキトーにかわしていたものの、そろそろ潮時かと思い、今日ホテルに行く約束をした。
それにちょっとだけ興味もあったし……。
そして、いざ約束の日が来た途端、これである。
どうやら、ハルに対する見解を大きく変える必要がありそうだ。
彼は思ったよりも臆病で誠実、そして――
「私のことが大大大好き、と」
てっきりハルは私と遊びでつきあっているんだとばかり思っていた。
彼は私と体の関係さえ築ければよくて、特別私のことが好きじゃないんだと。
けど、今日一日彼を観察してわかったが、どうやら彼は私の想像以上に私のことが大好きみたいだ。
手をつなぐだけでも顔を真っ赤にしていたし、ホテルに入るときなんて彼は緊張で呼吸が乱れていた。彼はバレてないと思っていたみたいだが、全部バレバレである。
今までそんな素振りは見せなかったのに、ホテルに行くとなった途端、これである。
つまり、今まで彼は必死にポーカー・フェイスをしていたというわけか。
なんだか、そう思うと笑えてくるわね。
「これからは退屈しないで済みそうね」
思い返せば、今日はひどく充実した一日だった。
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