―05― デート

「おはよう、ハル」

「おう、おはよう」


 翌日、いつも通り香澄が迎えに来た。

 そもそもなぜ彼女に迎えに来るかというと、ちょうど俺の家が彼女の通学路の途中にあるからだ。

 だから、彼女からすれば、こうして迎えにくるのはただのついで。


「昨日はその、本当に悪かったな」

「もう気にしてないから謝らなくていいわ」

「そういってくれると助かる」


 とりあえず、昨日の件を謝罪しておく。香澄は本当に気にしてないようで、あっさりしていた。

 とはいえ胸中は複雑だ。

 昨日、別れると決意しただけに、こうして2人で歩いてしまっていいのだろうか、とか考えてしまう。


「手、繋がないの?」


 ふと、香澄がそう口にする。


「いや、その……」


 確かに、前世の記憶を思い出す前の俺は積極的に香澄の手を握っていたような。

 だが、今の俺は百合を守る戦士。

 彼女の手はもう一人のヒロイン、空處結衣のためにあるのだ!


「手を繋いで登校するのはやめにしようと思って」

「なんで?」

「その、恥ずかしいだろ。クラスの連中に見られるの」


 本当の理由は別にあるが、まったくの嘘ってわけでもない。


「そういうことなら仕方がないわね」


 よかった。どうやら納得してくれたみたいだ。


「えいっ」


 うわぁ!? なに、突然俺の手を握ってるの!?


「くふふっ、ハル驚きすぎよ」

「そりゃ、不意にこんなことされたら誰だって驚くだろ」

「じゃあ、顔を真っ赤にしてるのはなんでかしら?」

「こ、これは――」


 反射的に片手で自分の顔を隠す。

 マジか。顔が真っ赤になっていたのか。恥ずいな。

 そりゃ、憧れのヒロインに手を握られたら照れるだろうが。


「ふふっ、あなた私のこと好きすぎでしょ」


 香澄はしたり顔をそう言う。

 確かに、好きなのは否定しないけど……!


「俺のことからかって遊んでいるだろ」

「あ、バレちゃった」

 

 香澄は悪びれる様子もなく舌をちょこんと出す。

 そんな顔もかわいいな、おい。



 放課後になった。


「ハル、今日も2人でどこか行きましょう」


 香澄が俺の席までやってきてた。

 嫌だ。

 デートしたくない。俺とデートなんかせず結衣との関係を築いてほしい。


「その、今日は約束があって……」


 そんな約束はないけど、これから約束を作れば嘘ついてることにはならないだろ。


「昨日のお詫びになんか奢ってくれるって言ったなかった? 私、駅前のプリンが食べたいわ」


 そんな約束をした覚えはないけど!?

 とはいえ、昨日の話を持ち出されたら、なんにも言えなくなる。お詫びに奢るぐらいすべきだよな。


「わかった。駅前のプリンでいいんだな」



「いただきます〜」


 そう言って、香澄がプリンを頬減っていた。彼女の幸せそうな顔を見れて眼福だ。


「ハルはプリンを注文しなくてよかったの?」

「俺は甘いの苦手だからいいんだよ」


 とか言いつつ、俺はコーヒーをすする。にがっ、このコーヒー。


「ねぇハル、この前、ホットケーキが好物だって言ってなかったけ?」


 ぶふぅうう!! 危ね、吹き出すところだった。そうか、小田切春樹の好物ってホットケーキなのか。そんな設定初めて知ったぞ。イケメンのくせに鉱物はかわいいな。


「この短期間で嗜好が変わったんだよ」


 本当は金欠で余計なお金を使いたくないってのが真相である。

 というのも、俺は親の事情で4月から一人暮らしをしているから、限りある仕送りでやりくりせねばならないわけだ。

 バイトとかしたくないし。


「なんだか私一人で食べるのは申し訳ないわね」

「気にせず食え。今日はお詫びなんだし」

「はい、あーん」


 香澄がスプーンの先を俺に向けていた。


「一体なんの真似だ?」

「なにって食べさせっこだけど」

「いや、こんな人が見てるかもしれんのに恥ずいだろ」

「なに言ってんの? 恋人ならこのぐらい普通でしょ」


 普通なのか?

 なっ!? 確かに遠くの席のカップルが食べさせっこしてる!?

 甘ったるい声で「あーん♡」とか言ってイチャイチャしてやがる。見てるだけで胸焼けしてきた。


「ねっ、普通でしょ」

「いや、だが……」

「つべこべ言わないの。はい、あーん」


 恥ずかしいけど彼女の頼みだし、このぐらいなら……って、ちょっと待てぇ!?

 よく見たら、そのスプーンすでに香澄が一度口にしたやつじゃん。

 あ、ってことはこれを食べたら間接キスになるぅ!?

 まずい! 間接キスは駄目だ。

 このスプーンは俺ではなく結衣が口にすべき。2人が食べさせっこしてる姿は最高に尊いに違いない。

 だというのに、俺が汚すわけには……!


「そんなに私との間接キスが嫌なわけ?」


 一向に口を開けない俺を見て香澄がそう言う。少し不服そうだ。


「嫌じゃないです。むしろしたいです」

「じゃあ、口を開けなさい」

「でも、ふぐ――っ」


 無理やり口のなかにスプーンが突っ込まれた。

 あ、甘すぎる……! いろんな意味で。


「どう?」

「おいひいです」


 未だに口の中にはスプーンがあるせいで言葉がカミカミになってしまう。その上、くちゅくちゅくちゅと、なぜか香澄はスプーンを俺の口の中で前後にひたすら動かしてる。この行動に一体なんの意味が。


「そう、ならよかった」


 と言った彼女は俺の唾液がべったりとついたスプーンを自分の口に持っていっては、ペロリと舐めた。


「なんかちょっとエロいわね、これ」


 とか言いながら。

 瞬間、くらっときてしまった。

 なぜかわからないけど、今の彼女の背徳的な行動に俺は失神してしまいそうなぐらいドキマギしてしまったのだ。


「見て、あの高校生カップル」

「キャー、食べさせあいっこしてる」

「男の子が恥ずかしがって、かわいー」


 野次馬の声が聞こえた。

 うぅ、なんてことだ……。


「かわいいだって、よかったわね」


 香澄の目が笑っていた。これ、俺のことをからかってるやつだ。

 それが余計に恥ずかしくて、さらに鼓動があがる。

 ダメだ。心臓がもたねぇ……。

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