―03― HOTEL
一口に百合といっても様々なジャンルに細分化できる。
男が一切でてこない百合作品もあれば、その逆もしかり。
過去に彼氏とつきあっていたヒロインなんて百合作品においては普通にいるのだ。
そして、百合漫画『恋してやまない』の魅力はたくさんあるのだが、やはり二人のヒロイン結衣と香澄の一進一退の関係が本作の魅力だ。
二人は最初からラブラブなわけではなく、疑心暗鬼になりつつも徐々に惹かれ合っていく。
特に主人公の結衣は本当に『香澄は自分のことが好きなんだろうか』と常に悩み続けるのが読んでいてもどかしい。
なんせ香澄は彼氏との関係性を平気で結衣にしゃべるのだ。そのたびに結衣は複雑な感情を抱き、後にその感情の正体が嫉妬なんだと自覚する。
百合漫画『恋してやまない』のあるワンシーンを俺は思い出していた。
香澄と結衣の関係がまだ浅かったとき、勉強を教えてと結衣が香澄の部屋に遊びに行くのだ。
「ねぇ、結衣。キスとかしてみない?」
「なによ、突然。藪から棒に」
「だってわたしたち恋人でしょ。恋人ならキスぐらい普通するわよね? 私も彼氏とよくキスをするわ」
「……いいけど。別に」
そういうわけで香澄と結衣はお互い向き合って、唇と唇と近づける。
「うっ」
てっきり結衣はソフトなキスだと思っていただけに、香澄が舌を入れてきたことに思わず驚きのけぞってしまう。
「どうしたの? 結衣」
香澄の目はが笑っていた。
『この程度でびっくりするなんて、おこちゃまね』と暗に言っているんだとわかり、思わず結衣は目をキッとさせてしまう。
「ちょっと、驚いただけ。ほら、もう一度やりましょう」
結衣は平静を装いつつ、キスをすべく態勢を整える。
そして、二人はキスをした。ディープなキスだ。
舌が絡まり、リップ音が部屋のなかに響く。
「ちょ」
結衣が声をあげる。
というのも、香澄が手を服のなかにいれては結衣の胸を触ろうとしてきたのだ。
「なに?」
「流石に、これは……」
「どうして? 私たち恋人同士よね」
「だからって、流石にまだ早いというか」
「そうかな? わたし、この前、とっくに彼氏と初めてを済ませたよ。正直、思ったよりも気持ちよくなかった。だから、女の子同士なら気持ちいいのか気になっちゃったのだけど」
「か、帰る!!」
叫んだ結衣は香澄を引き剥がすべく強引に押し倒す。
そして、そのまま彼女は本当に帰ってしまった。
というのが、百合漫画『恋してやまない』のワンシーンだ。
って、俺と香澄、作中ですでにやってるじゃねぇかよーーーーッッ!!
思わず心の中で絶叫してしまった。
俺は今、ホテルの一室にいた。
パニックになった俺はノコノコとと彼女の後についていってしまったのだ。なんでついていくんだよ、俺のバカぁ!
そして、今、香澄がシャワーを浴びている。
どうしたらいいんだ、俺は!?
百合をこよなく愛する者として、ヒロインの純情を汚すわけにいかない。
けど、原作厨としては原作通りにすべきなんじゃないかもと思ったり思わなかったり。
「お待たせ、ハル」
顔をあげると、バスローブに身を包んだ香澄がいた。
やばい、めちゃくちゃエロくてかわいい。
バスローブをつけているとはいえ、ほぼ裸だ。バスローブごしに胸の輪郭がはっきりと見える。大きすぎず小さすぎずまさに最高のラインだ。
「あんまりジロジロ見ないでよ。流石に恥ずかいのだけど」
「ご、ごめん」
とっさに目を逸らす。
香澄も似合わず頬を染めたりしている。
やばい、憧れのヒロインがこんな姿で眼の前にいるんだ。なんか理性が壊れてしまいそうなぐらい興奮してきた。
「その、私初めてだから、色々と教えて欲しいわ」
「お、俺も初めてだから、慣れてないと思う」
「……あなた、元カノで卒業したって言ってなかった?」
「しょうだった!」
噛んでしまった。
俺、卒業してるのかよ! マジカ。流石、百合の間に挟まろうとするだけある。慣れているんだな。
「それで、なにからすればいいの?」
「えっと……」
香澄がベッドに寝転がりそう尋ねる。
ど、どどどどうしよう……!!
まずはなにをすればいいんだ?
おっばいを触りたい。だって、眼の前におっぱいがあるんだもん。
めちゃくちゃ柔らかいのが容易に想像できる。まずはバスローブの上から胸をもんで、しばらくしてから直で揉むんだ。きっとマシュマロみたいに柔らかいんだろうなぁ。
よしっ、とか思いつつ、右手を伸ばす。
眼の前におっぱいがあるんだ、こんなの我慢できるわけがねぇ!!
『ダメよ、春樹!』
あ、あなたは!? 黄金に輝く気高きその姿は……。
まさか、百合神様!?
『そうよ、わたくしは尊い百合を守るべく誕生した百合の神様よ! 早く、その穢れた右腕をしまいなさい!』
でも! 眼の前におっぱいがあるんです!
俺どうすればいいんですか!?
『今こそ思い出すのよ。百合神の教えを』
百合神の教え。
そうだ、百合神の教え、その一『百合の間に挟まろうとする男は殺しても犯罪にならない』
あぁ……! なんてことだ。
俺はこの尊き教えを一時とはいえ忘れていたなんて。なんて罪深き男なんだ。
『いいのですよ、春樹。罪を認めた者を神は決して見捨てたりしません』
百合神様、俺はまだ百合神様を信仰してもいいですか……!?
『はい、まだ間に合います。今すぐ、その手を引っ込めて堕落させる果実から背を向けなさい。そして、1万回唱えるのです。百合の間に挟まろうとする男は死すべし、と』
百合の間に挟まろうとする男は死すべし!!
「えっ、今、なにか言おうとした?」
ふと、香澄が怪訝そうな表情をしていた。
「いや、その……」
心の中で唱えたつもりだが、どうやら唇が動いてしまったらしい。
とはいえ、今の俺にはもう迷いがない。
俺にはやらねばならない使命があるんだった。
「ごめん、帰りますッッッ!!!!」
そう言って、俺は全力でダッシュして部屋から逃げた。
百合よ、不滅なりッッッ!!
◆
しばらく柊香澄は放心していた。
彼氏が自分ひとりを残して、ホテルから逃げたのだ。
そんなまさかの事態に理解が追いつけなかった。
そして、しばらくしてようやっと事態を飲み込んだ彼女は一言、こう口にした。
「最悪」
と。
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