第42話 王国壊滅
「――なんだよ、これ」
アヴァロン公国についた俺たは目の前に広がる惨状に絶句した。
関門を通るときに重傷を負った怪我人が運び込まれるのを見た段階で嫌な予感がしていた。だが、入国して目に入ってきた光景は俺の想像を超えて悲惨だった。
街の至るところに体に包帯を巻いた怪我人。家族を失ったのか一人泣き叫ぶ子供。慌ただしく走る衛兵。戦争でも起こったのかと言いたくなるような光景がそこにはあった。
「酷い……」
「う、うぅ、なんでなの。気持ち悪いの」
「……誰かに話を聞いてみよう。あ、そこのあんた。ちょっといいか」
沈痛な表情をした、しかし体は無事な衛兵の一人に俺は声をかけた。痩せこけた顔に疲労が滲んだ見かけ30歳くらいの男性た。
「なんだ。今忙しいから手短に頼む」
「俺は外から来た冒険者でマルスというものだ。この街で何があったか教えてくれないか」
「見ての通りさ。たくさんの人が魔獣にやられたんだ。――何故か異常に強化された化け物みたいな魔獣にな。街に何体か入り込んだがどの魔物もランクが2〜3段階上の魔獣を相手にしてるような強さで、事前知識とのギャップと単純に強くて追い払うのに多くの犠牲が出た。原因は不明。それを今調査中。魔物を見かけたら出来れば加勢してくれると助かるよ。それじゃ」
「ああ、ありがとう。出来る限り助けになるよ」
衛兵は十分な情報を提供してくれた。嫌な予感は的中。理由は分からないがとにかく魔物は強化された。そして多くの被害が出ている。
「魔物の強化はどれくらいの範囲に広がっているんだ。グリモワール王国にも広がっている? 世界中に、なんてことはないと信じたいが……最悪を想定して動いたほうが良さそうだな」
「マルス、これからどうしますか?」
「……ここら辺の魔物を皆殺しにしてから転移でグリモワール王国に戻るか」
「あ、あはは……結局またすぐ戻るんですね」
「今度はアヴァロン公国に転移ゲート設置してから行く。残り設置数が一つになるが今が使いどきだ。躊躇わずに行こう」
「私も使いどきだと思います」
「問題はどこに設置するかだな。目立たず人が立ち寄らない場所がいい」
「え、えっと……すいません。思いつきません」
「ホリィも俺もあまり馴染みのない土地だからな。まぁいい。あまり時間もないし適当な空き家を買ってそこに設置しよう」
「え!? だ、大胆ですね……」
「適当っても実はもう目星はつけてある。以前この国に住んでたときいい空き家があったんだ。買おうかどうか迷ってたがこの機会に買ってしまおう」
「そ、そういうことならまあ、納得できます」
「ホリィは小心だな」
「うぅ、根っこが小市民なもので」
「俺はそんなホリィが大好きだ」
「!!? は、はわわ。不意打ちは卑怯ですよぉ……」
「行くぞ」
「ふぁ、ふぁい……」
「……うん、なの」
フィルレインはなぜか不機嫌そうな顔をしていた。
きっと昨日のことを思い出しているのだろう。唐突な神様についての質問。それを悪し様に罵ったら体調を崩したフィルレイン。そこまで考えて俺は昨日のフィルレインの不調の原因にようやく思い至った。
(そうか。フィルレインは神様を、その善性を心の底から信じている何らかの宗教の敬虔な信徒なのか。だからあんなに取り乱したんだ。……神を憎むあまり、神を信じる人がいるという当たり前の事実を失念していた。おそらく俺のあまりの罰当たりな発言に傷ついたんだ。糞ッ! もう少し広い視野を持てよ俺。守るはずのフィルレインを俺が傷つけてどうするんだ……。リュートの罰を考えたら本当のことは言えない。だから、せめて謝ろう。分かりあえるまで)
家を探して道を歩きながら俺はそう決意した。
不動産屋にて時勢の影響もあり家を格安で購入。その家の地下にゲートを設置。
そして俺たちは再びアヴァロン公国外の荒野に立っていた。
「聖剣は……使えるな。よかった。大分時短できる」
「やっちゃってくださいマルス!」
「あぁ! シャイニング・オールレンジ・ パニッシュ!」
俺は聖剣を天に掲げ呪文を唱える。光る剣身から無数の光条が聖剣のセンサーに反応した半径10m以内の魔物に降り注ぐ。
「終わった。まぁ当分大丈夫だろ」
「わぁー! 凄いですマルス!」
「チートなの……」
「そうだ。聖剣はチートなんだ。安心できるだろ?」
「フィルレインは聖剣がなくてもマルスたまの側にいればいつも心がポカポカして安心するの。聖剣なんていらないの」
「――ホリィ、泣いてもいいかな?」
「いい子! いい子ですフィルレインちゃん!」
「むにゅぅ、なの」
ホリィは感極まってフィルレインを抱きしめていた。性別の違いがなければ俺も同じ行為に及んでいたことだろう。
「ここら辺の敵は皆殺しにしたしアヴァロン公国に戻ろう。そして転移ゲートでグリモワール王国に向かう」
「はい」
「うん、なの」
俺たちは再びグリモワール王国へと移動した。
追放されたという意識が皆無である。
グリモワール王国が壊滅していた。
誇張じゃない。本当に壊滅しているんだ。町中を魔族が跋扈し人々を殺しまわっている。
俺はシャイニング・オールレンジ・パニッシュで国中の魔物をぶち殺した。そして瓦礫に埋もれた孤児院から出た。振り返らない。もうその中に生存者はいないから。
子どもたちとマリアさん、そしてクゥの死体しかないから。
「……アンヌたちのところに急ごう」
「……はい」
「う、うぅぅ……死体、気持ち悪い。もう、見たくないの」
「フィルレイン――すまない。こんなことになってるとは、知らなくて、グロいものを見せちまった。でも、これから歩く町並みにもきっとたくさんの死体が転がっている。俺が抱えていくから、出来れば目を瞑っていてくれ」
「う、うんなの。マルスたま。フィルレインから離れないでなの」
「当たり前だ」
俺はフィルレインを抱きかかえて街を走った。不吉な予感に胸を焦がされながら。
「――アンヌ」
「あ、あぁ。こんなの、嘘、酷すぎる――」
アンヌが死んでいた。
複数の魔物の死体に凌辱されたままこと切れていた。
苦痛に歪んだ顔の瞳は飛び出さんばかりに大きく見開かれ、口は悲鳴の形に歪んでいる。どんな苦しみを味わいながら死んでいったのだろう。分かりたくもない。想像したくもない。
もう何も考えたくもない。
「あ、ぁああ……おぶ」
「っ! 駄目だ! フィルレイン、見るな――」
「おげぇえええええええええ!」
フィルレインは俺の肩の上でゲロを吐いた。
アンヌの死に様はあまりにも凄惨だったから、フィルレインには耐えられなかったのだろう。嗚咽が聴こえる。フィルレインが泣いている。泣きながらフィルレインは俺に尋ねる。
「マルスだまぁ、フィルレインどうじでこんなにがなじいの」
「……自分にとって大事な人が死ぬとな、自分のことじゃないのに人は死ぬ程哀しくなるんだ」
「ごんなのだえられないの。ゔっ! ぉえぇええっ! うぶっ! ごめんなざい。ごめんなざいなのぉっ!」
「謝らなくていい。気の済むまでゲロも涙も出し尽くしてしまえ。服が汚れるくらいなんて事ないさ」
「ぢがうのぉっ! フィルレインのぜいなのぉっ! フィルレインが全部悪いのぉっ! お、おぉおおおおおおおおおおおお!」
「……フィルレインは何も悪くないだろ」
俺は嗚咽するフィルレインを抱きしめた。そしてその場を静かに立ち去った。いや、立ち去ろうとした。
「おに、ちゃ」
「! アンヌ!?」
「いだ、い。ごろじ――」
「セイントヒール」
アンヌは生きていた。慌ててアンヌに駆け寄り、生者のあらゆる傷を治す魔法セイントヒールを発動した。
けれどアンヌの傷は治らなかった。
殺して、そう言いかけてアンヌは死んだ。俺が駆け寄るまでの間に、アンヌは死んだ。最後の最後まで痛みを味わいながらアンヌは死んだ。
そこに救いは何もなかった。
「お、ゔおぅえええええええええええええ!」
「ご、こぶっ!」
フィルレインはまた猛烈に吐いた。ホリィも吐いた。
俺も、吐きそうだった。
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