第41話 話せないし離せない


 漆黒の体毛で覆われた巨大な狼が正面から襲いかかってくる。俺はその狼の脇を抜けすれ違いざまに聖剣を一閃。狼は上下に分かたれ空中で分離。そして飛びかかった勢いのまま地面に着地しズザザ、と慣性で10メートル程滑っていった。


 俺は切った感触を確かめるように聖剣をニギニギして得心が行かず首を傾げる。ホリィがそんな俺を見て声をかけた。


「どうかしましたか?」


「いや、俺の知ってるシャドーウルフに比べて随分硬かったなと。それに、妙に足も速かった」


「特殊な個体だったのでは?」


「いや、今日出会った他の魔物――ビッグマウスバード、ピンクヒッポ、ディグルダグ、ポイズンスライム、どいつも俺が今まで殺してきた同じ魔物よりも2、3段階強力だった。最初はホリィの言う通り偶々特殊な個体に遭遇したんだろうと思ってたがそうじゃない。出会う魔物全てが今までよりパワーアップしているんだ」


「そ、そうなんですか!? マルスがあまりにもあっさり倒すから気付きませんでした」


「そりゃ俺の敵になる程ではないさ。けど、俺以外の人間にとってはそうじゃない」


 ホリィがはっと目を見開き口を抑える。


「……この魔物の強力化はこの近辺だけの現象でしょうか。それならば私達で間引きすればいいだけの話で終わるのですが」


「嫌な、予感がする。急いでアヴァロン公国に向おう。予感が当たってたらとんでもないことになっているはず――フィルレイン、顔色が悪いが大丈夫か?」


 俺はホリィの後ろでうつむき顔を真っ青にしているフィルレインを心配して声をかけた。


「ふぇ!? な、なんでもないの。なんでもないはずなの……」


「……無理しなくていい。フィルレインには刺激の強い光景だったな。もう少しでアヴァロン公国につくから、それまで我慢してくれ。大丈夫。フィルレインは絶対に俺が守る」


「う、うんなの。我慢するの……」


「いい子だ。なるべく急ぐからな」


 俺はフィルレインの頭をポンポンと撫でる。だが、フィルレインの表情は晴れない。やはり魔獣の跋扈する平原の横断はまだ幼いフィルレインには怖いらしい。だが、この平原を避けてはアヴァロン公国には辿り着けない。


 フィルレインに申し訳ないと思いながらも俺はアヴァロン公国への行軍を再開するのだった。





(絶対ルートの仕業なの)


 魔獣が強化される現象に心当たりのあるフィルレインは大いに焦っていた。


(余計なことするなって言っておいたのに使えないやつなの。帰ったらおしおきなの)


 ルートへのお仕置きを頭の中で100通り程考えるフィルレイン。


(まずいの。いい加減マルスたまに本当のこと打ち明けてごめんなさいしようと思ってたのにどんどん打ち明けづらくなるの。うぅ。マルスたまに嫌われるのやなの。でもそろそろ勇気出さなきゃなの。今夜マルスたまに全て打ち明けるの)


 フィルレインは小さな拳を握り自分は神だと明かす決心をするのだった。




「そろそろ夜だな。テントを貼って今日はもう休もう」


「はい」


「やったーなの!」


 俺がインベントリからテントを取り出しホリィが魔物払いの結界を貼りフィルレインが見守る。いつもの流れであっという間に野営の準備は完了した。


 簡易的な食事を済ませて川の字に敷かれた布団に3人で寝る。ホリィは早々に俺の右手にしがみついて寝た。


「マルスたま。話があるの」


 左から声。振り向くとこれまでになく真剣な表情をしたフィルレインがそこにいた。


「どうした。フィルレイン」


「えっと、その、あの――ま、マルスたまは神様のことどう思ってるの?」


「殺したいくらい憎いよ」


 俺は即答した。


「え……そ、それはなんでなの。意外と良い奴かもしれないの」


「ありえないよ。もし神が良いやつなら世界がこんなに残酷なはずないだろ。神に直に合って対等に話し合える機会がもしあったなら俺は是非聞いてみたいね。こんな醜悪な世界を作ってふんぞり返って人間や魔物を玩具にして遊ぶ気分はどうだ。お前は正義の側に立っているつもりだがならばどうしてこの世界で最も醜悪な存在――神の存在を未だに許容しているのかと。どうして未だに自殺せずに神などという身分にしがみついて悪行を重ねるのかと。お前はお前の存在を許せるのかと。――なぜお前は未だに地獄に落ちていないのかとな。もし俺に神を殺せる力があるなら100回は殺してやりたいよ。まぁ実際は100回殺される側なんだけど――」


 そこまで言い終えて俺はフィルレインの顔色が真っ青でしかも涙目でガクガクと震えていることに気付いた。俺は益体のない愚痴をこぼすことを即座にやめてフィルレインの肩を掴んだ。


「おい、どうしたんだフィルレイン! 大丈夫か!」


「だ、大丈、夫。はぁ、はぁ。大丈夫、なの。フィルレインはなんともないの。だから、心配しないで、なの。フィルレインにマルスたまに心配される資格なんかないの」


「資格なんか必要あるかよ! 俺はフィルレインが大好きだ。だから心配する。負い目なんか感じなくていい。俺が好きで勝手にやってるんだ」


「っ! フィ、フィルレインは、でも、フィルレインは、悪い子だから……」


「馬鹿野郎!」


 俺はフィルレインを思い切り抱きしめる。何故いきなりこんなに自虐的になったのか。おそらく神の話をしたことと関係あるのだろうが因果関係がさっぱり分からない。


 だが、今はそんなことは重要じゃない。


「フィルレイン。俺はお前を愛してる。悪い子でもいい子でも構わない。フィルレインかフィルレインだから愛しているんだ。だから、そんな怯えた顔をするな。俺は一生フィルレインのそばにいる。フィルレインを守るよ」


「……あのね、マルスたま」


「なんだ?」


「もっと、ぎゅってしてなの」


「分かった」


 俺はさらに深くフィルレインを抱き寄せて、ぎゅっと強く抱きしめた。震える手で、しかし確かにフィルレインもまた俺を抱きしめ返した。





(――もう、話せないし離せないの。もうフィルレインはマルスたまなしじゃいられないの。だから、この秘密は墓まで持っていくの。だって、マルスたまに嫌われたくないの……)


 例え騙すことになったとしてもマルスの側にいるためならぱマルスを騙し続ける。


 フィルレインはマルスに抱かれながら胸の奥で深く静かにそう決意した。


 フィルレインは純粋だが悪と善の境界線上にいた。


 だがしかし、その境界線の上をフィルレインは今初めて逸れて歩き始めたのだった。



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