第36話 キス

 インベントリから取り出した認識阻害のコートを着せた少女と手を繋ぎ俺はホライゾンに帰宅した。やけに長い帰り道だった。


 帰り道、少女のことを色々聞いたがあまり話してはくれなかった。だが、名前は教えてくれた。少女の名前はフィルレイン。美しい響きだと褒めたら喜んでいた。


 フィルレインの入居手続きをするため受付に向かう。いつものようにアンヌが笑顔で出迎えてくれた。


「あ、お兄ちゃん! お帰り!」


「ただいま。今日からこの子も俺と同じ部屋に泊まる。手続きを頼む」


「はーい」


 俺への質問を挟みながらさらさらと受付書に必要事項を記入していくアンヌ。


「登録終わったよ。はいこれその子の分の鍵ね」


「ありがとう」


 おそらく、アンヌにはフィルレインについて個人的に聞きたいこともあっただろうが、一切その点には触れず事務的に対応してくれた。その気遣いがありがたかった。やはり子供でもプロだなと俺は改めてアンヌを見直した。




 ようやく、我が家に帰ってきた。いや、正確には他人の家だけども、それでも気分的には我が家だ。普通にアパートやマンションを借りた方が安上がりだよなと時々思うが、金には困窮しない限り俺はホライゾンに住むつもりだ。それだけ俺はこの宿が気に入っていた。


「ここが俺の家だよ」


「知ってるの」


「そりゃそうか。フィルレインは賢いなぁ」


「賢いの」


「いい子いい子」


「えへん、なの」


 フィルレインの頭を撫でながら部屋の扉を開ける。テーブルの上に紙を広げて何やら書き込んでいたホリィが俺の帰宅に気付き顔を上げる。そして暖かな笑みで俺を出迎えてくれた。


「お帰りなさい」


 ああ――帰るべきところに、帰ってきた。


 そう思わせる、無償の信頼に満ちた清らかな笑顔だった。


 疲れた心が癒やされていく。俺も自然と笑顔を浮かべていた。


「ただいま」




「――と言う訳でこの子を俺のもとで保護することにしたんだ」


「うぅ、なんて可哀想な子なんでしょうか。私達で保護してあげないと」


 フィルレインは性奴隷で酷い目にあってきた子なのだと説明するとホリィは涙を流して同乗してくれた。そして、フィルレインの目線に合わせて膝をついて姿勢を下げ、フィルレインを抱きしめた。


「もう大丈夫ですからね。ここにはあなたを傷つける人はいないし、近寄らせもしません。だから、これからはもう怖い思いをしなくていいんです。安心してください。私たちがあなたを守ります」


「フィ、フィルレインに触っていいのはマルスたまだけなの。でも、お前には下心がないから特別に抱きつくのを許してあげるの。フィルレインの寛大さに感謝するの」


「ふふ、ありがとうございます。フィルレインちゃん。……辛い目にあってきたのに、貴方は心が強いんですね。その気丈さをどうか失わないでくださいね」


「う、うんなの……なんだかとてもぽかぽかして暖かいの。不思議な気持ちなの。でも嫌じゃないの」


「ふふ、気の済むまでこうしていていいですよ……」


 フィルレインはあっという間にホリィに心を開いた。流石、神官なだけある。とても神聖な雰囲気を感じる。近寄りがたいほどの神々しさを二人の間に感じる。主にビジュアル方面から。


「へっくしょん!」


「ホリィ、フィルレインを風呂に入れてやってくれないか。外は雨が降っていたから途中までずぶ濡れだったんだ。聖剣魔法クリーンで乾かしたが、体の芯に疲れが溜まっているんだろう。こんな時は風呂に入ってリラックスするのが一番だ」


「そうですね。フィルレインちゃん。私とお風呂に入りましょうか」


「マルスたまと入るの」


「……いや。俺は、男だから」


「……よく考えたらフィルレインも少し恥ずかしいから、お前で妥協してやるの」


「フィルレインちゃん。マルスによく懐いてますね。見る目があります」


「そうなの。フィルレインは見る目があるの」


「うんうん。間違いないです。それじゃマルス。風呂に入ってきますね」


「ああ。頼んだ」


 ホリィがいなかったら。俺がフィルレインと入らなければいけなかった。理性を保つことは出来るだろうが全く反応せずにいられる自信は皆無だった。本当にホリィがフィルレインと打ち解けてくれてよかった。


 同性ならフィルレインに魅了されるなんてことはないだろうから。




「気持ちよかったの」


「……」


 風呂から上がってきたホリィの頬がこけていた。ギョッとして俺はホリィに尋ねた。


「ど、どうしたホリィ。精魂尽き果てたみたいな顔してるぞ」


「いえ、何でも……素性がバレないために認識阻害のコートを着てるかと思ってたけど、違ったんですね。可愛すぎるから可愛さを隠すためにコートを着せていたんですね。出来れば風呂に入る前に説明してほしかったです」


「あ、ああ。でも、同性だし別にいいだろ」


「マルスたま。異性だけどフィルレインはマルスたまとならその、いつでも、いいの……」


「――はっ! いや、駄目だ。いいかフィルレイン。年頃の女の子は男と一緒に風呂に入っちゃ駄目なんだ。フィルレインを大事に思っているからこそ厳しいことを云うんだ。分かってくれ」


「うん……えへへ。フィルレイン、マルスたまに大事にされてるの……」


「……本当に、凄く懐いてますね。何かあったんですか?」


「……父親に飢えているんだよ。境遇が境遇だったからな」


「あ、そうか。女の子はみんなパパが大好きですもんね」


「違うの。パパも好きだけどマルスたまが大好きなの。マルスたまだけが大好きなの。マルスたまと出会うためだけにフィルレインは生まれたの――フィルレインはマルスたまのものでマルスたまはフィルレインのものなの」


「っ!」


 胸にグッときた。


「そうだ。俺はフィルレインだけのものだ」


「えへへ。なの」


「マルス!?」


「マルスたま。今夜はフィルレインと寝るの」


「ああ。それくらいなら全然いいぞ」


「え、えっと。マルス、それなら私も……」


「ダメ! マルスたまはフィルレインのものなの!」


「う、うぅ。仕方ないですね……」


「じゃあ、早速寝るの!」


「まぁ、俺も疲れたしな。まだ早いけどもう寝るか」


「わーいなの!」


 フィルレインは部屋に備え付けのベッドに寝転がる。その様子を微笑ましく思いながら俺もフィルレインを追ってベッドに脚を掛け、その体勢のまま硬直せざるを得なかった。視界の端に映るホリィもまた俺と同じように硬直していた。


 フィルレインが大胆にも衣服を脱ぎ下着姿になったからだ。俺はつい見入ってしまう。美しい。これ程美しい光景を俺は見たことがない。こんなにも美しい人間がこの世に存在していいのか――。


 フィルレインが下着に手をかけたところで俺は我に返った。フィルレインが胸のブラジャーを外す。幼い見た目からは想像できない程巨大な美しい黄金比を描くおっぱい。そしてその先端の淡い桃色の突起までもをフィルレインは曝け出している。蒸発して溶け出していく理性の形を必死の思いで繋ぎ止めながら俺はパンツを脱ごうとしたフィルレインの手を掴む。フィルレインはキョトンと首を傾げてこちらを見ている。何で止めるの? と言いたげに。


 そうか。フィルレインは性奴隷だったから、セックスに対する考え方が大幅にずれているんだ。分かってるつもりで分かっていなかった。俺は真正面からフィルレインの顔を覗き込む。フィルレインは顔を赤らめながらも目を逸らさなかった。


「どうしたの? マルスたま」


「フィルレイン。セックスは駄目だ」


「え!? どうしてなの?」


「……いいか。フィルレイン。君の知識は大きく偏っている。まずはその偏りを正そう。色んな考え方を学ぶんだ。学んだ上で、それでもなお俺とセックスをしたいというのなら俺はいつでも答える。約束する。だが、今は駄目だ。君は無知過ぎる。そんな君の無知につけ込むような卑劣な真似はしたくない。もしするなら、君が様々な知識を得て本当の意味での合意を得てからだ。勘違いしないでくれ。君を嫌いな訳じゃない。むしろ好きだ。大好きだ。今すぐ君とセックスしたいくらい好きだ――だからこそ君を大事にしたい」


「――キュン、なの」


 分かってくれただろうか。先程の数十倍熱っぽい瞳で見つめてくるし、ハァ、ハァ、と荒い呼気を吐き出す度に巨大なおっぱいが揺れて、何ていうかもう色々と限界なんだが。


「――キス、して」


「何?」


「キスしてくれたらマルスたまの言うとおりにしてあげるの」


 キス……キスか……。


 まぁ、それならギリギリ、健全の範囲内、かな?


 俺の理性がやばいという点を除けば問題はない。おそらく、キスをしないとフィルレインは納得してくれないだろう。だからするしかない。大丈夫。俺なら我慢できる――。


「分かった。キスしよ――」


「ん――」


「!?」


 俺が返事を言い切る前にフィルレインが唇を重ねてきた。そして一切の躊躇なく舌を入れてきた。


 衝撃。柔らかい。きめ細かい。芳しい。甘い。さらさらしてるのにねっとりとまとわりつく。ざらざらとひだが擦れるのに全く抵抗なくなめらかに俺の舌の上を這いずり絡みつく。こんな気持ちいい舌は初めてだ。セックスよりも気持ちがいい。しかも、尋常じゃなく上手い。生物の体の構造を裏の裏まで理解してどう動けば気持ちよくなるかを完全に理解している動きだ。完全に大人に仕込まれている。今までどれだけの男相手に練習してきたというんだ。それを思うと、やるせない思いが重く胸にのしかかる。だが、俺の気持ちとは関係なくフィルレインの舌の愛撫は続く。本当に、死ぬ程気持ちがいい。今までスライム風呂で体験してきたどんな快感もこの悦楽には敵わない。たかがキスと舐めていた。舌だけに。ディープキスをされるとは予想外だったが確かにこれもキス。フィルレインは嘘はついていない。ただ俺が勝手に誤解しただけ。約束は守られている。

 つまり途中で逃げ出すわけにはいかないんだ。

 手が震える。フィルレインを抱きたくて、禁断症状を起こしている。だが欲望に身を任せてはいけない。我慢。我慢するんだ、俺――!


「――ちゅ」


 フィルレインがゆっくりと俺の中から舌を抜く。そして最後に軽くソフトキスをして唇を離した。


「ハァ、ハァ――幸せ、なのぉ。こんな気持ちいことがこの世界にあったなんて、知らなかったのぉ。マ、マルスたま、もう一度なのぉ。もっと、もっとフィルレインとキスするのぉ……」


「え」


「い、一回だけとは言ってないのぉ。フィルレインが満足するまでキスするのぉ。キスしてくれなきゃやなのぉ」


「え……えっと、そ、そうだ、ホリィ――何してるんだ」


「その、鼻血が止まらなくて、見、見ないでください……」


 助けを求めようとしたホリィは床にうずくまったまま鼻を抑えていた。ポタリ、ポタリと指の隙間から血が垂れている。どうやらホリィには刺激が強すぎる光景だったようだ。


「えい、隙ありなのっ!」


「むぐ!」


 フィルレインが俺にのしかかる。重ね合わせた唇から当然のように舌を入れ愛撫を開始する。俺はその快楽と愛おしさからフィルレインを拒むことが出来ず、結局フィルレインが疲れて寝るまでずっとディープキスをしてた。理性の維持に精魂尽き果てた俺もまたフィルレインが寝ると同時にそのまま気絶するようにして眠った。





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