第34話 崩壊の前兆

 グリモワール王国が大規模転移による魔物の襲撃にあってから3日が経った。


 俺はその日も聖剣魔法リフォームを使って方方の復興の手助けに奔走していた。肝心なときに役に立たない分、それ以外の時にちゃんと聖剣を酷使してやらないとな。精々俺の役に立て奴隷のように。


 魔王と会うとは言ったものの、冷静に考えたら馬を24時間走らせても1年はかかると言われている魔族領の最端にそびえる魔王城にたどり着くのは相当の難事であり、だからこそ魔王軍も転移魔法陣を利用した王国襲撃などの回りくどい方法を考えるわけで、つまり俺は手詰まりになっていた。力押しでいくには今回ばかりは条件が悪すぎる。力でどうこうなる問題ではないからだ。


 口だけで魔王と合う方法は思いつかず、しかしその内考えつくだろうと方針は定まっているので楽観的に構え、取り敢えず今出来ることをと今日も今日もて聖剣片手に知り合いの住居を訪ねて回る俺。国外追放を言い渡された身だが非常時なのできっと王も大目に見てくれるだろう。


 ギルガメス王の崩御が発表されたのは、そんな日の午後、太陽が沈む頃のことだった。




 グリモワール王国の街中には至るところに先端に魔導石が嵌められた高さ5メートル程の柱が立っている。これは遠声器という魔導具だ。一方通行ながら離れた場所からの声を届けることが可能で、政府はこれをもちいて国民に重要な情報の伝達を行う。


 その遠声器がやかましく鳴り響きたった1つの内容を繰り替え繰り返し報じていた。


「ギルガメス王は崩御なされました。ギルガメス王は崩御なされました。ギルガメス王は崩御なされました――」


 うるさい。黙れ。そういいたくなる衝動を必死で自分の内に押し留める。あいつがそう簡単に死ぬはずがない。これはなにかの陰謀だ。誰かがギルガメスの死を偽って放送しているんだ。そうに違いない。


「……くだらない現実逃避だ。遠声器まで使ってるんだ。事実、なんだろうな。そうか、ギルガメスが死んだのか……」

 

 ギルガメスとはとうとう和解できなかった。あいつは俺を憎んでいたが俺は別にあいつを憎んではいなかった。むしろ、ずっと友達だと思っていた。勿論今でも。あいつが俺を憎むのは俺が悪いからで、俺が奴を憎む理由にはならない。むしろ、グリモワール王国を賢王として支えてくれたことにいつも感謝の念を抱いていた。国民の多くもギルガメスを支持していた。それだけ奴の政治手腕は卓越だった。


 その、ギルガメスが死んだ。


 おそらく、3日前の魔族の襲撃と無関係ではあるまい。

 そう予測を立てていると遠声器がギルガメスの死の詳細を語り始めた。


 ――アリアの声で。


「ギルガメス王は3日前の魔物の襲撃の際、王城に入り込んだ魔物によって殺されました。王の死を伏せていたのは民衆の混乱を避けるためです。しかし、王の死を告げても問題無いと判断できる程度には混乱も落ち着いたので、死から3日経った今日発表させて頂きました。――王の遺言を伝えます。

 民よ。私などただのお飾りに過ぎない。そなたたちが国なのだ。民が死なぬ限り王国は滅びはしない! ……死ぬ直前に王はそうおっしゃられました。だから、民の皆さんにお願いします。どうか前を向いてください。王は下を向き悲しむことを望んではおりません。前を向き一人ひとりが国を発展させることをこそ望んでいます。私――アリア・グリモワールがここに宣言します。私は必ず王を殺した魔王を殺し、魔族を皆殺しにします。そのために皆さんの力を貸してください。皆さん一人ひとりが、魔王の死を、魔族の絶滅を祈ってください。聖杖には人々の思いを力に変える機能がついています。皆さま一人ひとりの思いが、王の敵打ちに繋がるのです。未来の平和に繋がるのです。もう一度言います。――私、アリア・グリモワールが必ず魔王を殺し、魔族を滅ぼします。みなさんも祈ってください。魔王の死を。魔族の絶滅を――放送、終わります。魔族に、死を」


 ――俺は、絶句した。




 声が、聞こえる。街中から人々の怨嗟の声が。アリアが束ね増幅させた、魔族への憎悪の酒美が。


 ――魔族に死を!


 ――魔族に死を!


 ――魔族に死を!


 ――魔族に死を!


 ――!


 ―!


 …………。


 目眩が、してくる。


 何だ、これは。


「魔族に死を!」


「アリア様の名のもと魔族に死を!」


「死ね!」


「魔族に死をおおおおおおおおおおお!」


 ――現実の光景、なのか。


「魔族に死を!」


「魔族に死を!」


「魔族に死を!」


「魔族に死を!」


「魔族に死を!」


「魔族に死を!」


 ……。


 やめろ。


 もう聞きたくない。


 俺の知ってるアリアの笑顔が輪郭を保てなくなりガラガラと崩れ落ちてゆく。


 アリア……。お前は今、どんな表情をしている。戦いが嫌いだと言っていたお前が、民を先導して率先して魔族を殺すと言うなど、一体どれだけの悲しみの渦の中にいるというんだ……。




 気付けば俺は王城目指して駆け出していた。





 王城に付くと憲兵から通行止めを食らったが無視して門を押し通った。止めようとしたが聖剣を抜いて軽く威圧してやると簡単に引き下がった。悪いとは思ったが大事の前の小事。気にする余裕はなかった。王城に入城してからも幾度も足止めを食らったが、聖剣を抜いて本気になった俺を武力で止められるものなど、同じ神器使いであるアリア以外には存在しない。


 立ちはだかる敵を威圧するなり気絶させるなり無力化しながら城の中をアリアを探して歩く。


 そんな俺の前に立ち塞がる小柄な人影。探しもとめていてその人物に、俺は少し躊躇いながら声をかける。


「アリア……」


「……マルス。来てくれたんですね」


 そう言って笑うアリアの瞳に光はない。


 3日ぶりの再開。だが、3日という時間は、残酷なまでの変化をアリアにもたらしていた。



「何があった」


「パパが死んだの」


「……国営放送で聞いたよ。真実だったか」


「パパを魔族が殺した。――だから、私は魔族に復讐する。魔族を皆殺しにしてそれをパパへの手向けにする。……嬉しい。マルスも同じ気持ちなんだね。だからここに来たんだよね。私に協力してくれるんだよね?」


「待て、アリア。お前は今冷静じゃない。お前に今必要なのは冷静になる時間だ。冷静になれアリア」


「……私が聖女に選ばれたときのパパの表情が未だに忘れられないの。この世の終わりを告げられたかのようなあの表情。だからパパは考えうる限り最高のパーティーメンバーを集めて私を守ろうとした。邪竜の襲撃からただの一人の犠牲者も出さず討伐し国を守りきった破竜のガスキン。S級ダンジョンのソロ討伐を成し遂げたS級序列1位の冒険者、極剣のブレイド。既存の魔法理論の全てを過去のものにした魔導姫マナ、聖杖なしで聖女並みの聖魔法を扱い歴代最高の聖女になるだろうと言われた真聖ホリィ。そして――人類史上最強を謳われた神才剣士、神剣のマルス。特に王はマルス――貴方に大きな期待を寄せていました。聖剣に選ばれたとの報告を受けたときは狂喜したとも聞きました。これで今代の人魔戦争は終わる。そして私も無事に生きて帰れると――その期待を裏切り、王を――いや、私と王を再び絶望の底に叩き落としたのは、なんとも皮肉な話ですね」


「うっ」


「ねぇマルス。私に協力してくれますよね?」


「いや、それは」


「それとも――また私を裏切るんですか?」


「っ!」


 ……アリア、卑怯だぞ。そんな言い方されたら、俺に拒否権なんてないじゃないか。


「分かったよ。出立の際には声をかけてくれ。協力しよう」


「――そう言ってくれると信じていました」


「そう言えば国外追放の命はどうなるんだ。王命に照らし合わせると俺は今まさに処刑ものの法律違反を犯しているんだが」


「その命は取り消しましょう。いや、それとも王命違反の罰として協力を強制――したところで、法律だからと従う性格じゃないですよね。あなたが私に協力する理由は結局のところで個人的な罪悪感に由来するのですから。王の全権代理者として正式に国外追放の命は取り消します」


「ありがとう、と言っておこう」


「あなたがどこにいようと聖杖の個人探査能力で探し出して連れて行くのでそのつもりで……私から話すことは以上です」


「なぁ、アリア。今からでも考え直す気は」


「話すことは以上、と言ったはずですが」


「……すまない。忘れてくれ。じゃあな」


「はい。マルスの魔王討伐隊復帰を心より祝福します」


 心にも思っていない、と言った感じの表情で、アリアは吐き捨てるように言った。


 俺は、アリアに嫌われてる。既に分かっていたはずの事実がやけに胸に答えた。




 マルスが去った後の王城。


 アリアは頰を蒸気させて先程対面したマルスの姿を追想していた。アリアの手はスカートに突っ込まれている。その手がリズミカルに動く度にぐちょ、ぐちょ、と肉をかき混ぜる音がする。


「はぁ、はぁ、マルス、あなたが全て悪いんです。あなたが悪いから、私にはあなたを巻き込む権利があるんです」


 瞳は黒く淀み、狂気が混ざり込んでいる。発狂寸前の精神。アリアは自分でも分けのわからぬ感情の奔流に押し流されていた。


「でも――放送を聞いて真っ先に私のもとに駆けつけてくれたのは嬉しかった。私を心配してくれたんですね。脅すような形になったけれど、確かに私に協力を約束してくれた。ああ――やはりあなたは私を愛しているのですね。私を襲うほどに愛してる。私の心を案じて誰よりも早く駆けつけるほど愛してる。私の代わりに魔王軍の強敵を傷だらけになってまで倒すほど愛してる。そして、最後には私のもとに帰ってきたのも私を愛しているからなんですね。ふふ、でも、私はあなたを憎んでいるからあなたの愛には答えてあげない。けど、苦しみは与えてあげるよ。あなたが私に与えた苦しみと同じだけの苦しみをあなたに与えて上げる。あなたを私と同じところまで落としてあげる。そしたら――許してあげないこともないわ。あなたの愛に応えてあげるわ。私があなたを襲ってあげる。あなたが私を襲ったみたいに! ――フ、フフ。ひひっ。あっひゃははははははははははひゃははははははははははひゃはははひゃははははははははは!」


 狂ったようにアリアは笑う。いや、アリアは狂っていた。いきなり強大な力を持たされて戦場に投げ込まれ、殺し殺される感覚に精神を摩耗させ、誰よりも信頼し恋慕していた人に裏切られ、誰よりも自分を愛し守ろうとしてくれていた父を糞魔物共に拷問の末殺されて、アリアの精神は殆ど崩壊しかけていた。


 マルスに父が魔物から拷問された事実を告げなかった理由はただ一つ。その記憶を欠片でも思い出す余裕が今のアリアにはなかっからだ。父の遺体から読み取った拷問の記憶。それは巧妙に周りに隠してはいるものの内々には摩耗しきっていたアリアの心に最後の加圧を加え、崩壊させた。狂気の海へと投げ落とした。


 アリアの胸に残ったのは魔族への憎悪とマルスへの愛憎入り混じった執着のみ。今のアリアはその残された感情にのみ沿って動くモンスターだ。


「あ、あぁああぁああぁああぁああぁああぁああぁあん!」


 アリアは逝った。恍惚の表情で、マルスと再び旅をする未来を想いながら。



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