アヴァロン公国編

第24話 新天地、ギルド、何も起こらないはずがなく


 グリモワール王国を出て早1日。

 俺達は国の外に広がるリーヴァス平原で野宿をしていた。


 聖剣から取り出したテントの周囲にホリィが魔物避けの結界を張って作った簡易的な寝床。冒険者ならではのこのインスタント感が俺は大好きだ。なんというか旅してるって感じがする。


「ふふふ。ふかふかのベッドで寝るのもいいが粗悪な寝床で毛布一枚被って雑魚寝というのも乙なもんだ」


「私とマルスが出会ったばかりの二人だけでパーティを組んでいた頃を思い出します」


「気楽でいい。いつの間にか色々なものを抱え込みすぎていた。国を追い出されてようやく気付いた。今の俺に必要なのは何縛られることのない自由な時間だったのだと」


「マルスが楽しそうで私も嬉しいです」


 俺に膝枕をしながらにこにこと相槌を打つホリィ。ふかふかの太腿が柔らかくて気持ちがいい。最高の寝心地だ。一生手放したくなくなるくらいに。


「アヴァロン公国についたらまた1から2人で冒険者を始めよう。名前を変えてさ、ただの剣士と聖術使いとして生きるんだ」


「いいと思いますよ。きっと楽しい生活になります」


「……ホリィ。お前と二人で、何にも縛られず冒険者として生きれたあの日々が、多分俺の人生で一番楽しかった時間だ。正直、聖剣を振るえない聖剣使いとして生きるのは、疲れたよ。また、取り戻せるかな。あの時間は」


「取り戻せますよ。だって、また一緒になれたんですから」


「……そうだな。ありがとう、ホリィ。愛してる」


「私も、愛していますよ」


 無限の愛に包まれる微睡みの中で俺はゆっくりと意識を手放した。頭を撫でる手のひらの柔らかさと温もりがただただ清らかで、母の胸で眠る乳飲み子のように安らかな気持ちで俺は眠りに落ちた。




 それから一週間。

 俺たちはアヴァロン公国の冒険者ギルドにいた。


「冒険者ギルドの雰囲気ってのはどこの国も変わらないな」


「そうですね。冒険者ギルドは自治権を備えた国に縛られない独立機関ですから、国に影響されにくいんでしょう」


「というか、シンプルに冒険者になる奴の性格が似通ってるだけじゃねぇかな」


 ギルド内には荒っぽい顔の筋肉質の大男が多くいた。冒険者に一番多いタイプの人間だ。例外はあるが基本的に見た目を裏切らず大雑把で荒っぽい性格をしている。ただ、一度力関係をはっきりさせてしまえば従順になるので、面倒くさいときは一発殴ってしまった方がいい。ギルドは冒険者同士の争いをある程度までなら容認してくれる。あまりにも諍いが多いのでいちいち仲裁していてはキリがないからだ。


「おうおうシスターの嬢ちゃん可愛い顔してんなぁ。そんな優男なんか捨てて俺とパーティ組めよ。優しくしてやるぜぇ」


「……あ?」


 早速来たか。ぶちのめしてやろう。


「なんだガキ。このC級冒険者のギーファさまに文句でもあんのか。ねぇよなぁ? だが舐めた目で俺様を見やがったことは許さねぇ。その女をよこしな。なぁに、一晩貸してくれるだけでいい。それでチャラにしてやごがあぁっ!!」


 糞ムカつくにやけ面に正面から拳を叩き込む。筋肉の鎧みたいなドでかい体が冗談みたいな速度で吹っ飛び木造の壁を突き破った。ギルドの外の道路に死体のように転がった男を通行人がギョッとした目で見ている。追撃を加えるべきかどうか迷ったが、実力の示威としては十分と判断し、俺はギルドの受付へと向かう。だがホリィが俺の袖を引いてその歩みを止める。


「い、いいんですか!? やり過ぎじゃないですか!? 周りの人から物凄く見られてますよ!?」


「大丈夫。冒険者同士の諍いは殺し合いにでもならない限り問題にはならない。最初に一発ぶちかましておいた方がいい。あと単純に死ぬほどムカついた」


「ま、まだ私達冒険者登録してないじゃないですか……」


「……」


 そういえぱそうだった。


「ど、どうしましょう」


 あわや懲罰かと思ったが、ギルド内にいる冒険者たちが次々に声を上げて、俺たちをフォローしてくれた。


「気にするこたぁねえぜ! あの糞ムカつくギーファをよくぶっ飛ばしてくれた! あんちゃん凄え強ぇなぁ!」


「流れの人間か? 気にするこたぁねえ。絡まれたからぶっ飛ばした。それだけの話だ。誰も文句は言わねぇよ」


「冒険者になってから殴るのもなる前に殴るのも同じことだ」


「そうだそうだ!」


 次々に声を上げてくれる冒険者たち。俺たちは面食らった。受付職員の方を見るとニコリと微笑んで職員さんはこう言った。


「ようこそ。アヴァロン公国冒険者ギルドへ。強い冒険者はいつでも大歓迎です!」


 どうやら何とかなりそうだった。

 やはり、俺は冒険者ギルドの雰囲気って奴が大好きだ。


「じゃあ、受付を頼む。冒険者としての登録と、パーティの結成を認証してもらいたい」


「畏まりました。では、お名前を教えて頂けますか?」


「俺がアルスで、こちらがリリィだ」


「リ、リリィです。本名です。冒険者名はリリィで登録をお願いします」


 ホリィ、少し黙っててくれないか?


「アルスさまと……リリィさまですね。冒険者カードを発行しますので少々お待ちください」


 明らかに偽名だと確信してる間を挟みながらも、深くは追求せず、職員さんは冒険者カードを発行して渡してくれた。金属プレート出来たカードには名前と冒険者ランクが刻まれている。ちなみにこの冒険者カードは特殊な魔道具で製造されているらしく偽造不可らしい。なので身分証明書としての信用度はかなり高い。

 ちなみに現在の冒険者ランクはF。最低ランクからのスタートだ。ワクワクするぜ。


「これにて冒険者登録は完了です。アルスさまとリリィさまのご活躍を職員一同大いに期待しております。では、次はパーティ申請ですね。パーティメンバーはアルスさまとリリィさまのお二人ですか?」


「ああ」


「パーティメンバーはアルスさまとリリィさま、と。では、パーティ名を決めてください。変更はできないので、慎重に決めてくださいね」


「暁の剣。それが俺たちのパーティ名だ」


 即答する。パーティ名は昨日のうちにホリィと二人で考えておいた。


「暁の剣、ですね。いい名前だと思います。パーティ申請、受諾しました。パーティランクもまたFランクからのスタートとなります。個人ランクとは別に、パーティでの活躍に応じてパーティランクは上がっていきます。ランクが上がるとギルドから様々な恩恵を受けれますので、頑張ってランクを上げてくださいね」




 冒険者登録とパーティ申請は若干のトラブルはあったものの思ったよりもすんなりと終わった。これで俺たちは暁の剣の新人冒険者アルスとリリィ。これまでのしがらみを断って捨てて、俺たちの新しい人生の始まりだ!





「しかし、今更Fランクの依頼を受けることになるとは。人生って本当に何が起こるか分からないな」


 襲ってくる5匹のゴブリンを一閃で切り捨てながら俺はホリィに話しかける。


「そうですねぇ……。色々と感慨深いものです」


 俺が切って捨てたゴブリンの耳をナイフで落として、空間拡張効果のあるマジックアイテム【ストレージバッグ】に回収しながらホリィが相槌を返す。

 俺達が受けた依頼は街外れに増えたゴブリンの間引き依頼。ゴブリンの耳は討伐証明部位なので回収してあとでギルドに提出する必要があるのだ。


「これで20匹。F級の依頼だしこれくらい集めりゃ十分だろう」


「マルスマルス。私なんだか楽しいです」


「俺もだホリィ。なんだか童心に帰った気分だよ」


「えへへ。上手くやっていけそうですね」


「ああ……。ただアリアたちは大丈夫かな」


「あっ。す、すいません。アリアたちにかかる負担も考えずはしゃいじゃって」


「まぁ、今の俺が討伐隊にいたところでって感じもするが、それでも魔王討伐の責務をアリアたちに全て押し付けるようで、罪悪感を感じるというか……いや、普通に心配だな。アリアたちのことが心配だ」


「……でも、アリアは強いですよ。歴代の聖杖保持者の中でも最高峰の才能を持ってるのは間違いないです」


「才能はな。実力に関しては俺も心配していない。だから俺が心配なのはメンタルの方だよ。アリアは戦闘訓練も何も受けていないただの王女だったんだ。正直、見てて危うっかしい場面は何度もあった。だから、俺がずっと側にいてフォローしてやろうと思っていたのに……! 糞っ! あの糞神が! 思い出したらまたムカついてきやがった……!

 俺が、俺が守るはずのアリアを、俺が、俺が傷つけっ……糞ぉっ! なんでこうなっちまったんだよ……!」


「ま、マルス。落ち着いて。大丈夫ですよ。マルスは何も悪くないんです。私はそのことを知っています。大丈夫です。私がずっと側にいてあげますから……!」


「ホリィ……ホリィっ! ありがとう。お前だけが今の俺の理解者だ。ずっと俺の側にいてくれ。愛してる。もうお前なしじゃこの絶望の日々に絶えられそうにないんだ……!」

 

「うん。うん。ずっと側にいますよ、私は、マルスのことが大好きです。今まで、辛かったですよね。理不尽な非難も、神からの仕打ちも、裏切りを犯した自分への失望も、全部全部辛かったですよね。大好き。辛いことから目を逸らさないあなたが大好き。今のあなたが大好き。だから、安心してよ。私はずっとあなたの側にいる。例え落ちる先が地獄だろうとあなたについていきます――マルス、大好き」


「ホリィ、ホリィ! 俺も、お前を手放さない。例え失望されようと、逃げたがったって、一生お前を俺の元に拘束してやる! お前は俺のものだ。俺だけのものだ。お前を、死んでも手放さない。俺は、お前を、愛している。愛しているんだ……っ!」


「うん……死ぬ程愛して……」


 きつく、きつく、抱擁する。絶対に手放さないように。俺の元からいなくならないように。少しでも今という奇跡の時間を五感に刻みつけるように。


 ホリィは、俺のものだ。俺だけのものだ……!





 ギルドにクエスト達成の報告をした後、俺達は適当な宿屋に泊まって、裸でベッドの上で抱き合っていた。


「マルス、思ったよりあなたって、病んでたんですね」


「……あんなに忌み嫌っていたスライム風呂狂いの、博打狂になるくるいだからな。相当な鬱屈を溜め込んでる。正義を執行する瞬間だけ全てを忘れられるんだが、それも神から与えられた代償行為。全く、1から10まで神の手のひらの上だ。本当、嫌になる。――いや、ホリィと一緒にいる間も、嫌なことはほとんど思い出さないな。むしろ、未来が楽しみで、一緒にいるとワクワクしてくる」


「ふふ、そう言ってもらえると、またマルスのことが好きになっちゃいます」


「俺はもうお前なしではいられない。お前は俺の鞘だ。俺という剣を受け止める鞘。一生、俺を受け止めろ」


「はい……」


 手を繋ぎ、唇を合わせ、朝まで俺達は抱き合った。


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