第23話 傷と出立


 グリモワール王国の関門前の大通りを俺とホリィは歩いている。既に宿は引き払い、世話になった人たちに一通りの挨拶も昨日今日で済ませた。もう思い残すことはない。あとは国を出るだけだ。この国でやるべきことは全て終わった。


 俺はそう思い込んでいた。

 意図して会うのを避けた人物たちがいるのを、無意識の内に心の中で棚上げしながら。

 だからこれは、ある意味必然だったのだと思う。

 己の罪業からは逃げられないのだと、俺はこの日、改めて思い知らされるのだった。


「よぉ裏切り勇者。今から国を出るとこかぁ?」


 声。知ってる声だ。かつて肩を並べて戦った、よく聞き慣れた声。俺は声のした方を振り返った。


「……ブレイド。それに、みんな。パーティメンバー揃い踏みだな」


 そこには、魔王討伐隊のメンバーが揃い踏みしていた。ブレイド、マナ、ガスキン、そして――アリア。


「挨拶もなしに出て行くなんて冷たいじゃねぇか。一時期は同じパーティで戦った仲間だろ?」


「……今の俺に、その資格はないと思ってな。アリアも、俺の顔なんかもう一生見たくないだろうしな」


「ああ? おいおい調子狂うなぁ。いつものように噛み付いてこいよ。この強姦野郎が」


「……すまない」


「ま、マルスにも事情があったんです。マルスは悪くありません!」


「おい、ホリィ。お前がマルスの元に身を寄せているのは別に驚かないが、あまりこの屑を庇い立てするなよ。こいつのせいでアリアがどれだけ傷ついたかお前も知ってるだろが」


「知ってますけど、マルスにも事情があったんです!」


「どんな事情だよ」


「え? えっと、その、あれ? こ、声が……」


 俺は俺をかばって前に出て反論するホリィを手で制し後ろに庇う。神に関することは何も話せない。その誓約が、ホリィの言葉を縛っている。今は喋れないだけだが無理をするとまた天罰が下ることになる。それだけは避けないといけない。ここは対処に慣れてる俺が矢面に立つべきだ。


「言い訳はしない。全ては俺の罪だ」


「あ、ああ。そうだよ。お前の罪だよ」


「そうよそうよ! あんたが全て悪いのよ! このレイプ魔!」


 マナも加わって俺を糾弾する。かつての仲間の罵倒は、いつ聞いても心にくる。けど、今の俺にはホリィがいる。ホリィが俺の全てを理解してくれている。だから、俺の心にはいつもと違ってだいぶ余裕があった。


「反論はしない。だから、今一度謝罪をしよう――アリア」


「ひっ!」


 俺が声をかけるとアリアは小さな悲鳴を上げてガスキンの背に隠れた。胸に切なさが刺さる。だが、その戸惑いを胸の奥底に押し殺し、深く頭を下げて、アリアに謝罪する。


「本当に、ごめん。君を深く傷つけた。その罪は、もはや何を言っても、何を行っても償えるものではない。今更口だけの謝罪なんて聞きたくもないだろう。だから、約束するよ。俺はもう2度と君の前に現れない。もう2度と、君を怯えさせる世迷いごとは口にしない。ごめんなアリア。ガスキンと幸せにな」


「え……」


「ガスキン。アリアを頼んだぞ」


「む? う、うむ。任せろ」


「うん。任せた。それじゃあ、みんな、さようなら――行こう、ホリィ」


「は、はい。えっと――みんな、お元気で」


 俺は身を翻して、再び関門へと歩き出す。引き止める声はなく、俺ももう振り返らなかった。


 そして俺達は国を出た。



「なんだよ。あいつ。あんなまともな対応されたら、俺の方が道化じゃねぇか」


「そ、そうね。ちょっとチンピラみたいで格好悪かったわプレイド」


「おい、誰がチンピラだ」


「あんたよあんた」


「……」


「あ、アリア。大丈夫だった? マルスに直に声かけられてたけど、また発疹とか出てない?」


「う、うん……今日は何か、大丈夫だった」


「うむ……」


「……なんか、昔のマルスみたいだったな」


「そう、ね。私もそう感じた」


「なんで、今更。もう遅いよマルス……」


 アリアは、虚空へと呟く。ぎらついた太陽が、アリアの真っ白な相貌を、さらに白く、折れそうな程に儚く、染め上げた……。



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