第22話 男の娘マッサージ
冒険者ギルド。
1階受付。
そこで俺たちは正式にパーティの申請をし、今完了したところだ。
「パーティ名はセイントバードでお間違いないですか?」
「間違いない」
「間違いないです」
「では、パーティ受諾完了です。マルス様とホリィ様のより一層のご活躍をギルド一同期待しております」
そう言ってニコッと笑う受付嬢のエリザさん。キッチリ切り揃えられたミドルヘアーに茶色の眼鏡がよく似合う知的な風貌の女性だ。見た目に違わず、副ギルドマスターを努めているだけあってとても頭がいい。俺とは比べ物にならないぜ。
「それともう一つ別件だ。素材の買取をお願いしたい」
「かしこまりました。では、マルス様が提供してくださる膨大な量の素材は、ここで預りきれませんので、いつものように素材保管庫までお越しください。そこで素材の査定を致します」
「分かった」
「では、こちらへどうぞ」
「わ、私もついていっていいですか?」
「勿論です。マルス様のパーティメンバーですから、当然あなたにも査定に関わる権利があります」
「ありがとうございます」
右手で素材保管庫のある方向を指しながら歩くエリザさんに俺たちはついていく。階段を下り、長大な空間に出る。ギルドの素材保管庫だ。中には様々なダンジョンやモンスター由来の素材が並んでいる。この中の大半は俺が搬入したものだ。俺の資金源である。
「ここら辺でいいですかね」
素材の羅列が途切れて少し歩いた辺りでエリザさんが立ち止まり、言った。俺は、聖剣を抜き収納魔法で剣に納めた素材を全て開放した。
「解放(リリース)」
俺が呪文を唱えると、聖剣の腹から吐瀉物のように素材が床に転がり出る。レッドドラゴンの牙、デスリーパーの黒鎌、レアメタルデビルの死骸、クルーエルオークの豚バラバラ肉、邪神の心臓、あと自分でもよく分からない色々な素材がまたたく間に素材庫の床に溜まり大きな山となった。
キリリとした目を大きく見開いて、エリザさんは、はーっ、と感嘆の吐息を漏らす。驚きを表情に出すとは珍しい。まぁ、流石にこの量は声の一つでも上げたくなるよな。
「今日はまた、一段と凄いですね。過去最高なんじゃないですか?」
「最後だからな。全部放出した」
「最後、とは」
「この国を追放された。明日、国を立つよ」
「それは、残念ですね……。マルスさんはいつも安価で大量の高級素材を納品してくれるので大助かりだったのですが。知ってますか? 当ギルドは世界一品揃えのいいギルドと呼ばれていたんですよ」
「それは初耳だな。俺はただ小遣い稼ぎをしていただけなんだが」
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
「いや、本当なんだが」
「今日も即払いですか? いつも言っていますが大きく買取価格が下がるので、適正価格で買い取ってくれる客を待つ方がお得ですよ」
「時間がないから即払いで」
「マルスさんはいつも時間がないんですね。まぁ今回は本当に時間がないようですけれど。ただ、流石にこれだけの量の素材を査定するのは時間がかかるので、夜にまた来てもらってもいいですか? ギルドの鑑定士を総動員してなんとかそれまでには終わらせてみせます」
「頼む。エリザさんにはいつもいつも本当に世話になった。ありがとう」
「こちらこそ。今まで本当にありがとうございました。またのご利用をいつでもお待ちしていますよ。マルスさん」
「査定が終わるまでの間、外で時間を潰してくるよ。まだ、合わなきゃいけない人がいるんだ」
「出来る限り査定を急ぎますが、やはりある程度時間はかかりますので、ごゆっくり知古との挨拶を済ませてきてください」
「じゃあな、エリザさん。また後で」
「えっと、よろしくお願いします」
「ええ、任せてください」
俺たちはギルドを出る。振り返ると、コンクリ製の白い壁。グリモワール王国のギルドもこれで見納めかと思うと、この無愛想な外観にも一抹の愛嬌を覚えた。
「さて、次はっと……」
俺は歩く。ホリィを連れて、どこまでも。
「はぁ、疲れた」
一通りの挨拶を終え、ギルドから買取金10億ゴールドを受け取り、俺は宿屋ザ・ホライゾンへと帰ってきていた。10億ゴールドを受け取ったときのホリィの表情は見物だった。根本的に感性が庶民なんだよなホリィは。いつまで経っても大金のやり取りは見慣れないと本人もよく零していた。まぁ、シスターという職業も金の流れとは割と無縁でいられる職業だし、魔王討伐隊にいた頃も金の管理は王のもとで経営学を学んだアリアが全部やってくれていたし、そもそも大金に触れる経験が全然なかったのだろう。試しに1億ゴールドくらい持たせてみようかな。大金をいきなり手にしたときどんな使い方をするか見てみたい。
「マルス、シャワー上がりましたよ」
「ああ、ホリィ。ちょっと提案があるんだが1億ゴールド」
風呂場からバスタオル1枚であがってきたホリィがそのまま俺の上にのしかかってくる。想定外のアクション。ベッドの上、ホリィの湿り気を帯びた熱さを全身で感じながら、俺は問いかける。
「どうしたんだホリィ。妙に積極的だが」
「私にも嫉妬心はあるんです」
「へ?」
「昼間の孤児院でのこと、正直妬けました」
「!?」
俺は全てを察した。同時、衝動と一体化した愛おしさがこみ上げ、気づいたら俺はホリィを抱きしめていた。
「すまなかった。ホリィ。責任はとる。いいんだな、とは聞かない――いくぞ」
俺はホリィと体位を入れ替える。今度は俺がホリィをベッドの上に押し倒した。
チュンチュン。
朝。
俺は鳥の鳴き声で目を覚ました。
ずっしりとした重みを胸板の上に感じる。視線をやると、俺の胸板に頭を載せて幸せそうな寝顔を無防備に晒すホリィ。くーくーと可愛らしい寝息を立てている。
その頭を、目を覚ましてしまわないようにそっと持ち上げてベッドの上に横たえて、俺は起き上がる。
「少し散歩するか」
この街にはたくさんの思い出がある。最後だし、少しばかり感傷に浸ってくるとしよう。
ホライゾンを出ると罅だらけでろくに舗装がされていない道路が俺を出迎える。国から見捨てられた区。その象徴。初めて目にしたときは面食らったものだが、慣れてみると意外と生活には何ら支障がなくて驚いたものだ。体裁の問題。ようはボロ着を纏うかドレスを纏うかその程度の違い。いや、自分で例えてて突っ込むのもあれだが結構な差違だな。まぁ、俺はボロ着でも平気で着るけれど。
「やぁ、マルス」
宿の近辺をぶらぶら歩いていると、一人の冒険者然とした男に声をかけられた。
「リーン……」
声の主はリーン・ライオット。西区のナンバー2冒険者だ。ちなみにナンバー1は俺だ。
容姿端麗。品行方正。波打つ金髪に青い瞳がトレードマーク。その中性的で爽やかなルックスから女と間違われることも多いがれっきとした男である。
ちなみに元奴隷だ。ケツの穴を売って生活してたよ笑いながら告白された時は絶句して愛想笑いすら出来ず非常に気まずい空気になったことを今でも覚えている。
同じ貧民上がりの冒険者通しなにかと気が合い、今では大親友だ。ただ、いくら親友とはいえ、時々距離感が近すぎるのではないかと思うことがある。女の子みたいなリーンの容姿で抱きつかれたりすると普通にドキッとするんだが。
「昨日の夜、依頼を終えて帰ってきたらびっくりしたよ。マルスが国外追放されるって噂になってたから。……ねぇ、本当なの?」
「あぁ。本当だ」
「そっか……」
寂しげに笑うリーン。俺はそんなリーンの肩を抱いて、努めて明るく笑う。
「そんな辛気臭い顔すんなよ。今生の別れでもあるまいし。その気になれば会おうと思えばいつだって会えるさ」
「う、うん! そうだよね! いつでも会えるよね!」
「隣国のル・クルーゼに移国しようかと考えてる。依頼かなんかで寄ることがあったら気軽に声かけてくれよ。なんなら力になるぜ。俺たち親友だからな」
「う、うん! 僕たちずっと親友だからね!」
「ああ。ずっと親友だ」
「約束だよ! あ、それと、最後に――マルス、元気でね」
リーンが俺を抱擁する。胸を、腰を、密着させて、背に回した手に思い切り力を込めてギューっと抱きしめてくる。最後だからか、今までで一番激しい抱擁だ。
俺もまた、同じくらい激しく抱擁する。最後だし、男同士だからな。これくらい普通のことだろう。
「はぁ、はぁ、マルス、マルス……」
おっと、少し力を込め過ぎたかもしれない。リーンの顔が紅潮して息が荒くなっている。抱擁を解き、そっとリーンと距離を置く。
「あっ……」
「悪い。力を込め過ぎた。息苦しかったか?」
「う、ううん。もっと激しくても、よかった」
「まぁ、最後だからな。じゃあ、もっと激しく抱くぞ」
「う、うん。きて」
俺はリーンを思いっきり強く抱く。リーンもまた俺をあらん限りの力で抱きしめてくる。おお、熱い友情を感じる。リーンは、やはり、俺の最高の親友だ――!
「…………えっと。マルス。なにを、しているのですか?」
後ろから声をかけられる。振り返ると、ホリィ。肩で息をしている。どうやら走り回って、多分俺を探していたんだろうな。うん、何も言わずに出てったからな。すぐ戻るはずが結構長引いたからな。うん、多分一人で出ていったと勘違いされたなこれは。
ちょっと本気で怒ってる。目がマジだ。アリアに強姦未遂をしたとき程ではないが、それに準じるほどの怒りの気配を感じる。
「その、ホリィ。勝手に出ていって悪かった。ただ、散歩してただけなんだ。それ以上のことは何もないから」
「っ! だったら、その抱き合ってる女の方は一体何なんですかっ!」
「女……?」
ああ、そういう勘違いか。リーンは一見女に見えるからな。勘違いしても仕方ない。
「リーンは男だぞ。俺の親友だ。親友として、別れの挨拶をしてただけだ。な? リーン」
「えっと、その、あの……」
リーンはさっと俺から離れて何故だが歯切れ悪く言い淀む。なんでだよ。そこ。言い淀んだらまるで俺が言い訳したみたいになるだろ……。
「嘘つき」
「違う。誤解だ。リーンは本当に男なんだ。触れば、いや見れば分かる。見ろこの膨らみを!」
「きゃん!」
俺はリーンの股間を握ってぐにぐにと服の上から動かした。やけに可愛い悲鳴があがってドキリとした。そして手の中で握ったものが膨らんでいく生々しい感触に、やりすぎた、と色々と手遅れになってからようやく気付いた。
ドクン、ドクン、と手の中で脈打つリーンのペニス。何だか俺はすごく興奮してきた。だが、興奮と同時に湧き上がる自分への嫌悪感で死にたくもなった。
ホリィはドン引きしたかのような、いや、ようなとか曖昧な表現で濁すのはやめよう。ホリィは俺の行為にドン引きしていた。
「う……確かに、男、ですね。ただ、マルス。……あまり、よろしくない行為かと」
「すまない。リーンは親友だから自然と距離感が近くなってしまうんだ。……けど、やり過ぎた。ごめん。リーン」
「い、いいよ。元を辿れば僕が悪いんだから……」
悪くないよ。リーンは全然悪くないよ。俺が全ての元凶だ……。
「……でも、男同士なら、確かに抱き合っても何も問題無いですね。どこまで行っても友達以上にはなりえませんし。本当にただの挨拶だったんですね。変な勘繰りをしてごめんなさい」
「いや、俺が悪い」
「いや、私が」
「いやいや、俺が悪いって」
「いやいや、マルスを信じきれなかった私が悪いんです」
「あ、あはは。変な誤解をさせてごめんね。マルスと僕は男同士だから、君の言うとおり友人以上には絶対なれないから安心してよ」
「はい! 安心しました!」
「っ! じゃあ、僕はこれで失礼するよ。恋人さんがいるのに男のお邪魔虫の僕がこれ以上出張るのも無粋だからね。じゃあマルス……元気でね。君の幸せを祈っているよ」
「ああ、ありがとうリーン。達者でな」
「うん……マルスも達者で……うぅ……」
リーンはとぼとぼと歩き去っていった。
なんだか酷く寂しげな背中だった。
リーンは本当に心の底から俺を親友だと思っていてくれたんだと、その寂しげな背中を見て俺は改めて確信した。一抹の切なさと、それにも勝る男同士の友情の熱さを胸に感じた。
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