第21話 孤児院でイチャイチャ


 俺はセントマリア孤児院の面会室で、ソファに座ってテーブル越しに院長のユノさんと向かい合っていた。隣にはホリィ。ユノさんが一礼する。俺とホリィも頭を下げて礼を返す。


「お久しぶりですユノさん。こちらはホリィ・マクダフ。俺のパーティーメンバーです」


「ホリィです。よろしくお願いします」


「ユノ・セントラルです。よろしくお願いします」


 上品な仕草で一礼するユノさん。相変わらずお美しい。

 ユノさんはおっとりした雰囲気の美人さんだ。ゆるくウェーブのかかった金色のロングヘアーに、見るものに優しげな印象を与える垂れ目。胸は母性に溢れ、お尻も負けず劣らずの大きさ。だが腰は細い。そのギャップがまた魅力的だ。総じて、中々見ないレベルの美人である。


 にこやかな笑みを浮かべてユノさんがホリィに話しかける。


「ホリィさんは確か、魔王討伐隊のメンバーですよね。じゃあ、マルスさんが隊に復帰したんですね。ふふ、よかったです。マルスさんが仲間さんと仲直りできて」


「いえ、その……私は、魔王討伐隊をクビになりました」


「……すみません。早とちりしてしまって」


「謝らないでください。お陰でマルスと仲直りする機会を得ることができましたから、今ではクビになってよかったとさえ思っています」


「なるほど。道理で、マルスさんの表情がいつもより明るいと思った」


「え……俺は、いつもそんなに暗い顔をしてたのか?」


「はい」


 マジか。


「自分じゃ全然気付かなかった」


「みんな思っていましたよ。いつも陰を背負った表情をしてるって」


「そうなのか……」


「ふふ……でも、もう大丈夫そうだね」


「どういう意味だ」


「え……言わなきゃ、分かりませんか?」


「あぁ」


「……そういう所は、明確にマルスさんの欠点ですね」


「だから、どういう意味だよ」


「無粋なので言いません。自分で気付いてください」


「はぁ」


 なんか昨日もホリィに似たようなこと言われたな。俺って鈍感なのかな。


「少し砕けた挨拶になってしまいましたので、改めてご挨拶をいたしましょう」


 ユノさんが、豊満な胸に手を当てて俺に頭を下げる。


「いつも当孤児院に巨額の寄付を施してくださり本当にありがとうございます。1年前に潰れるはずだったこの小さな孤児院が今尚存続しているのは全てマルスさまのお陰です。いつも感謝の念を抱いております」


「大量の孤児を押し付けた責任を果たしてるだけだ。礼を言われるようなことはしていない」


「……その責任を果たしてくれる人間は、私の知っている限りマルスさんだけですよ。みんな、捨てたらそれきり子供に会いにさえこない。孤児院を子供を安全に捨てられるゴミ箱とでも思っているんでしょうね」


 ユノさんは寂しげに笑った。おしとやかで、いつもおっとりとしているユノさんが、ゴミ箱、ときつい言葉で孤児院を揶揄したことに俺は驚く。きっと、並々ならぬ悔恨と苦労をずっと溜め込んでいたのだろう。

 出来れば、ずっと側にいて、ユノさんを支えてあげたい。そう思わせる表情。けど、それはできない。俺は、これからユノさんに、別れを告げなければならない。ああ、憂鬱だ……。


「その、今日はユノさんに大事な話があってきた」


「大事な話、ですか。な、なんでしょうか」


 少し顔を赤らめてどもるユノさん。ユノさんは重要な話の前には顔を赤くしてどもる癖がある。大体話し始めると波が引くようにスッと冷静かつ無表情になるのだが。


「俺はこの国を出る」


「そんな!」


 ガタン、と大きな音を立てて立ち上がるユノさん。驚いた。ユノさんがここまで取り乱す姿は初めて見た。早く安心させてやらないと。


「大丈夫、ちゃんと寄付金は今までと変わらず送るし、なんなら前金で向こう10年分の寄付を払ってもいい。孤児を預けた責任は絶対に取る。俺はいなくなっても金はいなくならない。安心しろ」


「お、お金も大切ですが、それはそれは大切ですが――私にはマルスさんもお金と同じくらい、いえ、それ以上に大切なんです」


「――え」


「――好きです。マルスさん。ずっと一緒にいてください」


 顔を赤らめて、しかし俺の目をしっかりと見て、ユノさんは言い切った。え? 俺のことが好き? 嘘だろ? え、だって――


「――嘘だろ。そんな素振り、一度も見せたことないじゃないか」


「っ! 何度も! 何度も! 見せました!あなたは鈍感だから全く気付いてくれませんでしたけれど……」


「すまない。真実を告白されて尚、思い当たる節が全く見当たらない」


「もう! もう!」


 ユノさんは俺の胸板をポカポカと叩く。申し訳なさしか感じない。でも、本当に覚えがないんだ。仕方ないじゃないか……。


 胸板を叩く手の勢いがふっと弱まる。俺の胸板に手を押し当てて、ユノさんは俯き震える声で言葉を発した。


「……どうして、この街を出ていくんですか。ずっと、孤児院の側にいて、私達を見守るって言ってくれたのに……」


「……本当にすまない。ギルガメス王に国外追放を言い渡されてな。直談判したが王の意志は固く、王命を覆すことかできなかった」


「王命……。なら、仕方ないですね……。マルスさんは悪くないのに、責めるようなことを言って申し訳ありません。あはは。面倒くさい女ですね私。変なこと言ってごめんなさい。忘れてください」


「いや、忘れないよ」


 俺がもっとしっかりしていれば国外追放などされずにすんだ。誰も、悲しませずに済んだんだ。俺は責められて、当然だ。ユノさんが自虐するに足る正当な理由などどこにもありはしない。俺こそ自虐するべき側だ。


 それに、ユノさんに恥をかかせた。気付かなかった、ではすまされない失態を演じた。……好きと言われて、嬉しかった。俺だって、出会ったときからずっとユノさんには惹かれていたのだから。


 ユノさんを連れていけたら。あるいは側にいてやれたら。そんな願望を抱いてしまう。だが、現実は非情。その願いは叶わない。


 だからせめて、いつでも会いにいけるように聖剣魔法でワープゲートを設置しよう。


「俺もユノさんのことが好きだ」


「っ! 嬉、しいです……」


「だから会いたいときにはいつでも会いに行く。それを可能とするだけの力が俺にはある。聖剣魔法【ディメンション・ドア】!」


 院長室の隅に、次元の扉を構築した。透明で視認は出来ない。だが、確かに存在するこの扉から、俺はいつでもこの院長室を訪れることができるようになった。便利な魔法だが、一度に4つしか設置ができず、一度設置したら取消もできないという欠点がある。これで3つめ。とうとうストックがあと一つとなってしまったが悔いはない。ストックを1つ消費するだけの価値がユノさんにはあるから。


「以前、お話に伺った、回数制限のある貴重な魔法……。いいんですか。私なんかのために使って」


「ユノさんだから使ったんだ。愛してる」


「っ! 私も! 私もずっと愛していました!」


「ユノさん……いや、ユノ」


「ん……」


 俺とユノさんは抱き合う。そしてキスをする。俺とユノさんは結ばれた。傍らではホリィがにこやかな表情でパチパチと柏手を鳴らしてくれていた。





「この国では重婚は普通の文化だが、その、ホリィに思うところとかなかったか? 勢いでやってしまったが」


「サフィラ教は一夫多妻の宗教でしたから私に重婚に対する忌避感はありませんよ。むしろ、マルスと結ばれて幸せそうなあの人の笑顔を見ていると自分のことのように嬉しく感じました。世の中には、重婚に著しく忌避感を示す人も多いらしいですが」


「そうか、それなら良かった。ところで、ホリィはもうシスター辞めたんじゃなかったっけ」


「長年染み付いた教義や考え方は中々変わりませんよ」


 そう言ってはにかむホリィ。


「そりゃそうか」


 俺たちは今、孤児院の廊下を歩いている。ユノさんだけでなく、子どもたちや、職員。俺が雇った護衛にも別れの挨拶をしないといけないからな。


「あ、マルス。こんにちは」


 廊下の対面から歩いてきた女性職員が俺に挨拶をする。職員の名はクゥ・ネルズ。元々、この孤児院の保護児童だったが、卒院後に孤児院就労の資格を取り、職員として戻ってきたらしい。年は16。まだ年若く未熟なところもあるが仕事熱心で、子どもたちからも慕われている。


 銀色の肩まで届くほどのミドルヘアー。水色の瞳は一見無感情であるかの如く常に細く怜悧だ。しかし、長く付き合っていると、感情表現が苦手なだけで、よく見ると感情の動きに合わせて僅かに眉や瞳が動いていることが分かる。クールに見えるが、以外と年相応の少女らしい情緒を内に秘めており、趣味の裁縫で作られる品にはクゥのそういった一面を反映した可愛らしいデザインの小物が多い。よく子供にプレゼントして喜ばれている。


 クゥの体は凹凸は少ないがスタイルが凄くいい。モデルかと見間違うばかりのほっそりとした曲線美は見る度にどこぞの欲情した馬鹿な男に襲われないかと心配になる程だ。本当に、心配になる程の細さ。美しさ。襲われたらろくな抵抗もできずやられてしまうに違いない。クゥは可愛いからな。男を乱心させても仕方がない。いや、仕方なくない。やっぱり護衛を増やすべきかな……。


「いつ見てもクゥは可愛いなぁ」


「好きにしてもいいよ」


「いつも言ってるだろ。そういう冗談を男に言うものじゃない」


「冗談じゃない。それに男じゃなくてマルス」


「俺は男だ」


「マルスはマルス」


「全く……冗談を覚えるのはいいんだが、変な冗談ばかりを口にする。一体誰のせいなんだか……」


「え?」


「何だホリィ」


「いえ、何でも」


 含みのある表情で何でもと言われても、逆に気になるんだが……。


「ところでマルス。今日は何の用?」


「この国を出ることになってな。世話になった人たちに別れの挨拶をして回っているんだ。ユノさんには今会ってきた。今度はクゥの番だ」


「……え?」


「一緒にいてやれなくてごめん。でも、寄付は続けるから安心してく……れ……」


 クゥの顔色が、悪い。顔面蒼白だ。それに、大きく眼を見開いて、今にも泣き出しそうな表情。こんなに感情を乱したクゥを見るのは初めてだ。そんなに、ショックだったのか。思ったより懐かれていたようだ。不謹慎ながら嬉しく思ってしまった。そしてそんな自分が自分の中にいることに驚き嫌悪を抱く。


「大丈夫。いつでも、会いに行けっ――!?」


「んっ! んちゅ。れろ……」


 クゥが突然俺に抱きつきディープキスを始めた。本当はすぐさま突き飛ばすべきなんだろうが、状況への戸惑いが、クゥへの愛しさが、舌が絡み合う快感が、俺からその選択肢を奪った。自らクゥを抱き寄せ、熱烈なディープキスでクゥの口内を蹂躙する。スライム風呂仕込みのテクニックをいかんなく発揮すると、クゥの目はトロンと蕩けて、キスの主体は俺に移りクゥは俺になされるがままとなった。発火しそうなほど熱く火照ったクゥの体がビクン! ビクン! と震えた。俺は舌を離す。クゥは、蕩けた瞳でボーッと俺を見つめる、クールな容姿のクゥがハァハァと呼気を漏らし情欲に乱れる姿は、あまりにも扇情的で色っぽい。俺まで乱心しないように、努めて冷静を保ち、クゥに問いかける。


「俺で、いいのか」


「マルスが、いい」


「クゥ、好きだ」


「私も、好きだよ」


「クゥ!」


「マルス……初めて出会った日からずっと好きだったの……」


「気付いてやれなくてごめん……!」


「ううん。気付いてくれた。私はもう満足。だから、いってらっしゃい」


「ああ。だけど、本当にいつでも戻ってこれるから安心してくれ」


「え?」


「ほら、以前話した――」


 国外追放されるに至った事情と、聖剣魔法を院長室に設置した旨をクゥに話す。クゥは顔を真っ赤にして、背を向けて蹲った。二度と会えなくなると思ってあんな大胆な行動に出たらしい。可愛すぎたので後ろから抱きしめて、顔を振り向かせてまた口づけをした。クゥは当たり前のように拒まなかった。




 孤児たちへの挨拶も済ませて、孤児院を後に。

 次の目的地への道中。


「あの、マルス」


「何だ、ホリィ」


「流石に節操なさすぎなのでは。あと、女の子をたらしすぎなのでは」


「俺にそのつもりはなかったんだ」


「うわ……」


「……何だよ」


「自覚的にやってた方がまだマシですね」


「そんなのクズだろ」


「……」


「な、何だよ……そんな呆れた目で俺を見るなよ」


「……はぁ。あなたがそういう人なのは前から知ってましたから、今更ですね。良いですよ。私はあなたを全肯定してあげます。私の側にさえいてくれるなら」


「当たり前だろ。もう二度と離れない」


「……マルス」


 ホリィが肩を寄せてくる。人肌の暖かさが、俺の心をじんわりと暖めた。



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