現実世界のあなたへ


上野は、パンダの赤ちゃんが産まれるとお祭り騒ぎになる街である。残念ながら私にはその程度の認識しかない。

都心住みと昔から言ってはいるが、23区に含まれているだけの片田舎と呼んで差支えないような場所で生まれ育った私には、上野は馴染みのない街だった。

幼いころにはパンダを見に動物園に来たこともあった。見えたのはパンダを眺める大勢の人間の後頭部ばかりだったけど。


上野駅。

今、私は新幹線乗り場の改札の前にいる。大勢の人が行き交うこの場所で、一人の男の人を待つために。

大きな改札全体が見渡せる場所にある、巨大な柱に寄りかかりながらスマホを取り出す。時刻は到着予定時刻の15分前。少し早すぎた。


これで、本当に良かったのだろうか。

行動することを自分で決めたあの日から、ずっとずっと考えている。これで本当に、良い方向に持っていけるのだろうか。

私にはわからない。答えがずっと出せないでいる。でも、考えることをやめてはいけない気がするのだ。

問い続けて、行動して、辿り着いた結果についてまた考え続けて。終わりがないのにうんざりする。

でもそれでも、やめてはいけない。私は、自分を含めた皆の運命に、人生に関わりたいと願ったのだから。

だから----


スマホが鳴った。通話アプリにメッセージが来たのだ。時計を見ると到着予定時刻を数分過ぎていた。

すれ違ってしまっただろうか、慌てて目印の紙をバッグから取り出しながら、通知を開く。


「エスカレーターながーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」


時が止まる。


「ながーーーーーーいまだ昇ってるよすごーーーーい!!!」


思考が止まり、表情が死ぬ。


「お土産屋さんがあるよ!ヒヨコとトーキョーばななと、あとパンダものあるかな?!」


ぐしゃっ。

手に持っていた目印の紙を握りつぶしてしまった。

メッセージを送ってくる男への殺意を染み渡らせるように、丁寧に丁寧に紙のしわを伸ばしていく。


そして何とか、プリントアウトしたオンラインゲームのロゴマークが確認できる状態にすると、それを胸の前に掲げ、改札口の方を睨みつけた。

やがて土産袋を下げてホクホクした顔の男が一人、改札をくぐる。

誰かを探すように視線をさまよわせ、やがて私の掲げるロゴマークに目を止め、次いで私の顔に視線を移して青ざめる。

瞬間移動のような速さで私のもとに駆け寄ると、腰を90度に折り曲げて深い反省のお辞儀をし、はた、と止まった。


「…生島 紗耶いくしま さやさんで、お間違いないでしょうか?」


頭を上げないまま、男は私の名前を聞いてきた。


「普通お辞儀の前に聞くものですよ。藤代 樹ふじしろ たつきさん」


私も確認のために男の名前をわざと呼んでみる。

途端ばね仕掛けの人形のように男が体を起こす。そしてまた直角お辞儀を披露する。


「すみませんっ…!初東京初上野、浮かれましたっ…!!!」

「…何を反省すべきかわかっているのならよろしいです。

…はじめまして。ライルさん」


またばね仕掛けのように体を起こしたライル----藤代の顔は、赤を通り越して赤黒くなっていた。猛省しているようである。

今更なのに、土産袋を後ろ手に隠し、咳ばらいを一つして呼吸を整えてから、黒髪黒縁眼鏡の中肉中背男は通る声で一言、挨拶をしてきた。


「はじめまして、シエラさん。お会いできて光栄です」

「感動の初対面ぶち壊したのあなただけどね」

「ぐふっ…!」


藤代は派手にごほごほ咳き込むと、後ろ手に持っていた土産袋を私の目の前に突き出してきた。


「どうか文句は、ヒヨコとばななとパンダの3コンボにお願いします!!!」

「その三種の神器を我に捧げるならば、コンボに免じて汝の罪を許そう」

「ははーーっ!!!!!」


直角お辞儀で渡された紙袋を受け取ると、つい口元が緩み、吹き出してしまった。

藤代はお辞儀の姿勢を崩さぬまま、顔だけ上げてこちらを伺い見ている。

これから、とても深刻な事態に直面しに行くというのに、気が抜けるにもほどがあるというものだ。

ほぐれた気持ちとほころんだ口元は、少しの心の余裕を生んでくれた。感謝しなければならないだろうか。

それを告げるのは癪なので、私は紙袋で口元を隠しつつ彼に話しかけた。


「顔を上げてください、藤代さん。

あなたが来てから寄りたいと思っていたところもあるので、もう時間がありません」


お辞儀姿勢からゆっくり身を起こすと、藤代は眼鏡の位置を直しつつ、真剣な顔つきで頷く。


「わかりました。

行きましょう、シエスタの、西野 未来にしの みらいさんのいる、病院へ」


紙袋を手に持ち直し、私も真剣な顔で頷く。

目的を、遂げに行かなければ。

私たちは新幹線改札を離れ、目的地へ向かうために在来線のホームへ向かった。


途中、3コンボの神器は、帰りに渡すためにコインロッカーに押し込んだ。捧げものを返して罪を許す私は神。








時をさかのぼること2日前。

電話番号にショートメッセージを送ったところ、シエスタこと「未来さん」の親御さんと繋がってしまった。

私は大いに慌て、そこでようやくゲームの向こうに二人が待機してくれていることを思い出した。

すぐさま画面に飛びつき、震える手で文字を打つ。


「ライルさん!!アリス!!!」

「どうしたの?!」


アリスからの返事がないことで初めて、画面内にアリスがいないことに気付く。


「あれ、アリスは?寝ちゃった??」

「いやえっと…」

「何かあったの?」

「急用とかで…さっきログアウトしました」

「急用?こんな夜中に?

え、何かとんでもないこととか…」

「いや、…別れた元カレから電話、だって」

「あ…」


なるほどアリスにとっては一大事で急用かもしれない。

恋多き恋愛脳の持ち主、今の恋も大切だが、昔の恋も忘れていいものではないんだろうな…。

頭で分かりはするけど、少しだけモヤモヤが残る。こちらはシエスタの一大事なのに。

そこでふと思い出す。そうだ、シエスタは女の人だったんだった。

アリスがここにいなくてよかったかも。そう思い直し、カーライルに話を続けることにした。


「そうだ、あの、連絡取れたの。ちょっと相談したい」

「え?もう返事来たの?」

「あの、先にごめんなさい。二人に相談する前に返信しちゃった」

「え?何かあった?内容は?」

「シエスタさんの…多分親御さんが、メッセージを受け取ったの。どうしたらいいかな?」

「親御さん?!」


カーライルの驚きが画面越しでもわかる。私だって本当に驚いたのだ。

そしてこうしている今もきっと、シエスタの親御さんはスマホの向こうで返信を待っているはずだ。

シエスタに何かが、起こっているのだから。


「とりあえず私が受け取ったメッセージをそのまま今書くね」


私はスマホを見ながら、一時一句間違わないように文字を打っていった。

打ち終わった後、しばしの沈黙が流れる。カーライルも考えているのだろう。


「…シエラさんはどう考えてる?」

「わからない、どうしたらいいか、全然わからなくて」

「俺は、詳しく話を聞いてみたいと思ってる」

「それは…そこまでしていいの?

向こうに期待を持たせることになるし、私たちは何も…」

「「会いに来て」とか「助けて」とまで来られるとは思わなかったけど、それなりに覚悟はしてたよ、俺は」

「でもそれはリアルで…現実で関われってことだよ?!

そんなこと…私には…」


会話が途切れ、沈黙が流れる。

カーライルは戸惑いを乗り越えて、シエスタの親御さんに求められるまま会いに行く覚悟まで持っているのだろうか。

だとしたら少しカーライルのことが怖い。ネットで知り合った人の親にそんなホイホイ会いに行こうとするなんて。

何が真実かもわからないのに。何も疑ったりしないのだろうか。

頭の片隅でレヴォルグの言葉がよみがえる。


----きっと事態は深刻だ

----放っておけない事実が含まれていた


聞いてみたら怖くなったから逃げます、って言っちゃダメだろうか。私の覚悟はその程度のものだったのだろうか。

散々忠告はされてたじゃないか。でも「助けて」も「会いに来て」も怖いじゃないか。

私の頭の中はすでにぐちゃぐちゃだった。キーボードをなるべく奥に追いやり、頭を抱えて机に突っ伏する。でも目を閉じて真っ暗になるともっと怖かった。

慌てて頭を起こし、涙目で画面を見る。金髪頭のカーライルが間近に見えた。

レヴォルグはこうも言っていた、俺は話を聞くだけしかできなかった、と。

つまり今回も、話を聞く以上の何かをすることが求められる事態なのを、レヴォルグは見越していたのだろうか。

私は、私はどうしたら…何ができるの…同じ問いが頭をぐるぐる回る。

もう一度突っ伏してしまおうかと思った時、画面の左下が動くのが見えた。チャットだ。


「少し俺の話をしていいかな」


カーライルからのメッセージだった。改まった感じがする。


「ライルさんの話?」

「うん。シエラさん今、戸惑ってるだろうなって思って。

俺も戸惑いがないわけじゃないけど、それでも会いに行こうって今思えてしまってるのはなぜか、って話…なのかな?

ごめん、よくわかってないんだけど、いいかな?」

「…どうぞ」

「ありがとう。

…俺ね、昔から友達はできやすい方だったんだ。だけど、しばらくすると離れてくやつが多かった。

そのうちの一人、親友だと思ってたやつが離れてった時、何でなのか理由を聞けたことがあったんだ。

俺は何やっても素直で真面目過ぎて…怖いんだって。それにトラブルの種だとも。

俺が融通が利かなくて、何でも真っ向からぶつかるから、いろいろと面倒になるって言われたんだ」


それを親友だと思ってた人から言われたなら、とてもつらい話だ。

私はチャット画面を見つめつつ思う。カーライルはきっと、物事をのらりくらりと躱すことができない人なのだろう。


「俺もその時は、自分を変えようと努力してみた。

でも努力すればするほど、何も言えなくなってつらくなる。自分を殺してしまうんだって気づいた。

それから、少し方向を変えたんだ。自分の発言や行動で人を不快に思わせたり、怖がらせたりしたら、謝る。

謝って、それで許してくれる人と付き合い方を決めていけばいいかな、って」


そう思うまでには多くの時間を費やしただろうと想像できる。

自分の悪いところを変えるのは本当に地味でつらくて面倒くさい。

それにどんなに変えても、嫌われることがなくなるわけではないと思う。きっといつまでも葛藤し続けるのだろう。


「今ね、俺のせいでシエラさんが困ってる気がした。

そうだよね、シェスがどこに住んでるかもまだ聞いてないのに、会いに行くなんて普通は言わない。

戸惑うし、簡単に行くって言える俺のことが怖いって思うよね。…ごめんなさい。

でもそれでも、俺は何かできるなら、したいと思う。助けるようなことができるかはまだわからないけど。

…シエラさんは、どうする?

…怖いかな」


カーライルは何が怖いと思うかを明言しなかった。

きっと自分を怖いと思うかどうかが聞きたいのだろう。こういうことを濁したままにできないのも真っ直ぐな人だからなのだ。

私は自分に問いかけた。今、自分が何を怖がっているのか、はっきりさせる必要がある。


「…私が今怖がっていることは、多分全部。

リアルでシエスタさんに会うことも、その親御さんに会うことも。

そこまでしなきゃならないのかとも思うし、そこまでするならゲームをやめたいと思う気持ちもある。そういう自分のことも怖い。

それにもし遠くへ行かなきゃいけないなら、お金の心配もあるし、親に話さなきゃいけないのも怖い。

私…まだ未成年なの。黙って出ていくのは私の性格じゃできないから、それも怖い。

それに…一緒にシエスタさんの所へ行くなら、その時ライルさんに、あなたに会うのも怖い。

「私」を見られるのももちろん怖いけど、それ以上に…今はあなたが丸ごと怖い。

あなた自身も、あなたに会って何かが変わるかもしれない私のことも…」


情けない。全て吐き出しきって唇をかみしめた。私はこんなにも、小さくて弱い。

覚悟はしたはずだったのに、それは自分なりのものでしかなかった。

恐怖、悔しさ、悲しみ、いろんな感情がないまぜになり、きつくこぶしを握り締めた。

でもまだ、伝えていないことがある。

私は勇気を振り絞り、握り締めた指を解いて、ゆっくり文章を打ち込む。


「でも、私はあなたを避けたいと思わない。

真っ直ぐで真面目なところも、悪いところだとは思わない。

怖いけど、それでもあなたを嫌いにはならない」


返事はない。沈黙の時間。

カーライルはきっと、何もかも本心で話してくれた。だから私も、何も隠さず本心を真摯に伝えた。


「…ありがとう。その言葉がなかったら、落ち込んで何もかも投げ出していたかもしれない」


カーライルの返事は弱々しいものだった。真っ直ぐでも、何度も折れたり、折られたりしたことがあったのだろう。

彼の生きる姿勢は、黙ったりやり過ごしたりする人に比べると、確かにトラブルの種になる機会は多いと思う。

でもそれを反省できて、謝ることのできる人が悪いなんて私は思わない。

むしろその姿勢に、恐怖とともに憧れを覚えるのだ。

この感情の名前は、今はまだよくわからないけど。

悪いものではない、それを伝えたかった。

頬が熱い気がして手をあてる。じんわりとした熱が手のひらに伝わる。


「…ライルさん」

「はい」

「まだ投げ出さずに、いられますか?」

「…はい」

「私を、連れ出してもらえませんか?ここから」

「連れ出す?」

「怖い怖いばっかりの私の世界から、あなたのいる世界まで」

「…いいんですか?」

「どうなるかわからない、でも…。

でも、このままじゃ嫌だ。嫌なんだ…!だから、あなたに賭けたい。無責任かもしれないけど…」

「…もう一度聞きます。俺に巻き込まれてくれるんですね?」

「…一緒に、行きましょう。シエスタさんのところへ」


あなたがいてくれるなら。

その先に何があるかわからないけど、あなたがいるなら足掻いてみせる。

私は震える心で、決意を固めた。




「結婚がなんだーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」




ビックリしすぎて心臓が口から出るとはこういう時に使うものだと初めて知った。

結婚、結婚の話なんかしてないのに、誰が何を…と思ったところで我に返った。

カメラを動かし部屋を見回す。アリスだ。アリスがギルドハウスに姿を現していた。


「聞いてよ!!!あいつ、別れた元カレ、結婚すんだって!!!」


ずかずか私たちに近づくと、アリスは空気も読まずにぶちまけ始めた。


「夜中に電話かけてきたから何かと思って出たら、最近どうだとか聞くからさぁ。

てっきりヨリを戻す系の話かと思うじゃん?!あんたなんかお断りよ、私には今いい人がいるんだからって言おうと思ったらさぁ!

俺、今度結婚するんだ、とか言ってきて!!!

別れた元カノにそれ報告する必要ある?!しかも夜中!!私寝てたらどうしてくれるつもりだったのよあいつぅぅぅぅぅ!!!!

てか結婚なんか!!!別にうらやましくなんか絶対ないんだからチクショウゥゥォォオオオオ!!!!」


それから元カレの悪口オンパレードになるチャットを眺めながら、私はカーライルをターゲットし、キャラの視線を彼に向けた。

そしてささやきでぼそりと呟き合う。


「本物のトラブルメーカーっていうのは、こういうのを言うんだよね…」

「うん…、ごめんアリス、俺生きる勇気湧いたわ…」


繊細な話が何もかも吹き飛んだ空間を、寝落ちした抜け殻のレヴォルグが静かに見守っていた。ように見えた。









一通り騒いで静まったアリスに、とりあえずかいつまんでこれまでのことを話す。

途中、シエスタがどうやら女性らしい、ということにも触れた。


「…よかった」

「アリス?」

「よかった、私、それを聞いても、お兄様への気持ちは今、何も揺らがなかったわ」

「そっか…」

「別に百合を目指すわけじゃないわよ?そこんとこ勘違いしないでよね?!」

「しないよそんなの!」

「えっ、違うの?」

「ライル?」

「ライルさん?」


二人の冷たい視線に晒され、カーライルが発言権を失った。


「…まあ、それは置いといて、よ。

あんたたちは決めたのね、会いに行くって」

「うん…、さっき、決めた。アリスはどうする?」

「お兄様のことはすっごく気になる。もしひどい状況なら行って励ましたい気持ちもある。

関係を終わりになんてしたくない。でもそれはあたしの気持ちだから。

お兄様のことを考えた時、どうするのがいいのか…あたしが動いていいのか悩む…」

「それは私も悩んだ…。正直今も悩みが消えたわけじゃないよ」

「あたしさ…、何でも思ったこと言っちゃうしやっちゃうし、我慢しても顔に出るんだよね。

お兄様への気持ちは揺らがなかったけど、会ったら絶対傷つける自信が無駄にある…。

すごく悔しいけど、あたしはそこらへん、ちっとも器用な人間じゃないんだよね…」


正直少しだけ驚いた。アリスがこんなに冷静に自己分析ができるなんて。

レヴォルグの言葉が彼女に大きく響いたのかもしれない。

私にも、カーライルにも影響したように。


「ダメだ。あたしが今回行って、お兄様のプラスになるような想像が一つも浮かんでこないわ…。

こんなんで会いに行っても全然良くないと思う。

悪いけど、あたしは行けない…。あんたたちに頼みたい。お願い、します」


アリスがぺこりとお辞儀のエモートをする。気持ちを汲み取り、私は頷くのエモートで返した。

発言権のないカーライルにも頷いてみせると、彼から今更の事実が飛び出す。


「シェスの親御さん…まだ起きてるのかな?」


すっかり忘れていた。もうとっぷり夜は更けきっている。

返事をまだ待っていたとしたら、とても悪いことをしてしまった。私は慌てた。


「何て返したらいいかな?!今返していいと思う?!」

「落ち着きなさいよシエラ」

「状況が状況だから、返事が来るまで待ってる可能性もあるし、一回だけ連絡してみよう。

シエラさんお願いできますか?」

「わかった、短くていい?」

「考えさせてください、詳しいことはまた後日聞かせてください、でいいんじゃないかな?」

「あと返事が遅くなったお詫びもよ」

「うん、わかった!」


私は画面から目を離し、スマホを手に取った。

今話していたことをそのまま打ち、送信する。返事がすぐに来た。


「お返事ありがとうございます。私も落ち着きました。

突然あんなことを言ってごめんなさい。驚かれたことと思います。

でももしも、会いに来てくださるのでしたら、できる限りこちらの状況をお伝えします。

今は藁にも縋る思いでおります。

どうかご検討ください。ご連絡お待ちしております。

未来の母より」


相手はシエスタの母親だったようだ。必死さの伝わる文章に胸が痛む。

私は返ってきたメッセージをカーライルとアリスにも伝えた。二人が頷く。

もう夜も遅い、明日もあるということで、私たちはそのままログアウトし、眠りにつくことにした。


ログアウト間際、カーライルからささやきが入る。


「藤代 樹 ふじしろ たつき」


その後ろは電話番号だった。これで通話アプリに登録して、そちらで話を詰めよう、と書かれていた。

番号を教えてしまっていいものか悩んだが、スマホでのやり取りができないと、いちいちゲームにログインしなければならなくなる。

二人で向かった先でも連絡の取りようがない。腹を決めて、私は番号から友達追加を選択した。


「生島 紗耶 いくしま さや です。よろしくお願いします」


メッセージを送ると、ピコン、とOKのスタンプが返ってくる。


「ありがとう!詳しいことはまた明日!

ごめんもう今日だね!おやすみなさい!」


明日も仕事なのだろう、カーライル改め藤代からは、少し焦ったような返事が来た。

私もパソコンの電源を落とし、寝る準備をする。

明日から、ゲームの中の冒険ではない、現実での旅の準備が始まるのだ。

恐怖の中にほんの少し芽生えた光。

その光が潰れないよう、そっと胸にしまい込み、私は眠りについた。




藤代 樹:キャラクターラフ絵

https://kakuyomu.jp/users/wanajona/news/16817330660794469875

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