First signal


「やっぱりここにいた…」


白チャで相手にも伝わるように呟いたが、返事はなかった。

白いテラステーブルの椅子に腰かけ、何の反応も返さない…多分、ぼーっとしているのだろう。

ここ数日の、アリスのゲーム状況がこれだった。

主のいない個人ハウスの庭で、咲き誇るバラに囲まれながら、アリスはずっと待っているのだ。この家の主、シエスタを。


シエスタがゲームにログインしなくなってから、すでに2か月が経過している。

リアルが忙しいのだろう、と最初は寂しがりながらも私たちと遊んでいたアリスも、1か月を過ぎるころには段々無口になっていった。

毎日ログインしていた彼が、突然何の音沙汰もなくいなくなったのだ。私だって思うところはあった。

でもこういうのは、オンラインの世界ではよくあることだ。

ずっと親しくしていた人が、ある日を境に突然いなくなる。そうなると他の連絡手段もないから、絶縁になる。

そうやって互いに忘れ去っていく。よく耳にする話だった。

仕方ない、と思う心と、でもおかしい、という心が、私の中ではせめぎあっていた。

私たちには言えない何かがあったのかもしれない、それが「仕方ない」の方。

でもこのところはずっと私たちと遊んでいたシエスタに、何か予兆のようなものは何もなかった、それが「おかしい」の方。

どうにもならないモヤモヤを抱えながら、ぽつんと座る抜け殻のようなアリスを眺めていた。


「ここにいたんだね…」


同じような気持ちを抱えているだろうもう一人が、庭に現れる。最近敬語のとれてきたカーライルだった。

あんなに元気の塊だったアリスが、全く反応しない様子を見て、複雑な気持ちになるのがわかる。

どうにかしなければ、でもどうしたらいい、そんな思いでぐるぐるする。3人の気分は沈み込んでいた。


「シエラさん…どうにかならないかな…これ」


そんなささやきが入って、思わずため息をつく。どうにかできるならもうしている。


「どうにかって、どうなるっていうの?」

「事情を知ってる誰かとか…」

「いると思う?…いても私たちには連絡のつけようがない、リアルの誰かだよね」

「そうだね…」

「…言いたくないけど、こういうのはよくある話なんでしょ?

もう、仕方ないのよ…きっと」

「それで納得できてるの?」

「…できない。でも、私たちは誰も何も知らない。何もできないよ…」

「あ」


唐突にささやきが終わる。カーライルが何か考えているようだ。

考えたっていい案なんか出ないでしょ、と思いつつ、その答えに期待して待っている自分がいた。


「マスター…レヴォルグさんは何か知らないかな?」

「昔のギルドで一緒だったとは言ってたけど…」

「可能性としては、わからない部類だろ?話だけでも聞けないかな」


レヴォルグはシエスタの昔のギルドを最後まで抜けず、支えていたと聞いた。確かに可能性としては、何か相談されていたとしてもおかしくはないかもしれない。

ただ、レヴォルグはとにかくログイン率が低い。次に会えるのを待っていたらいつになるかわからないのが実情だった。


「マスターは多忙な人だから、そう簡単に捉まると思えないけど…」

「そこで例のアレですよ」

「もったいつけないで答えを先に言いなさい」

「ごめんなさい…前にシエラさんを探し出した方法をやってみようかな、って」

「前に…?」


言われてハッとする。ログインした途端にシエスタに捉まった、例のアレだ。


「禁断の外部ツール…」

「ログインお知らせの上に、座標までわかる、アレね」


少し考え込む。使っていいんだろうか…そもそもそこまでやる必要はあるのか。マスターだからって何か知ってるかはわからないのに。

私の中の事なかれ主義が頭をもたげ始める。


「大切な人を、このまま失っていいとは、俺は思わないよ」


こちらの気持ちを見透かしたように、カーライルがささやきかける。真っ直ぐな彼らしい回答だった。


「段取りは全部俺がやるよ。多分調べればわかると思うんだ、今なら。

ただシエラさんには、運営に通報とかしないでもらえたら…」

「しないわよそんなこと。

でもそれ大丈夫?確かスマホにログインのお知らせが来るんだよね?

その時パソコンからゲームにログインできる状況じゃないと、意味ないんでしょう?」

「あっ…」


いかにもしまった、というような返事だ。

カーライルのリアル事情は知らないが、多分パソコンにずっと張り付いているのは難しいのだろう。


「…ごめんなさい、仕事です…。無理かも…」


画面前で耳を垂れさせて項垂れる犬の図が頭に浮かんだ。きゅぅ~ん…という声が聞こえてきそうなカーライルに、盛大なため息をつく。

普通先に気付くことだろ。肝心なところで抜けているのは仕様なんだろうか、この人は。


「私がやるよ」

「えっ?!」

「その代わり調べるのはあなたにやってほしい。使い方も教えてね」

「え、それは全然かまわないけど…いいの?」

「私のリアルの事情をここで話すわけにはいかないけど、今は取ろうと思えば時間が取れる時期なの。

だからやってみる」

「…ありがとう。本当にごめんなさい」

「いいから。そうと決まれば早速動きましょう」


先程の事なかれ主義頭はどこへやら、私は積極的にことを進め始めていた。

今だ画面内で何の反応も見せないアリスのために。今は、そう思うことにしておいた。







「なるほど、それで俺を捉まえたってのか…やるねぇ」


青い髪に青いひげ面で、ニカッと笑うエモートをされる。こちらは迷惑かけて申し訳ない気持ちを、お辞儀のエモートで示してみた。

ギルドハウスの中、本当に久しぶりに会うマスター、レヴォルグは、巨漢に見合う太い腕を組んで、早速本題に入った。


「しかしそこまでして俺を捉まえたのに申し訳ないが、俺は今回のことは何も知らん」


画面前でがっくり項垂れる。そりゃそうだ、そんな都合よくいくわけがない。


「…ほら、何の意味もないじゃん」

「ごめんなさい、何かわかればと思ってアリスも呼んだんだけど…」


アリスは何も答えなかった。内心がっかりしているのだろう。

カーライルが申し訳なさそうに返事をした後は、沈黙が流れた。


「…今回のことは知らんが、リアルの連絡先なら知ってる」


レヴォルグから爆弾が投下された。3人がそれぞれに食いつく。


「ちょっ、マスター、あんた何で知ってんのお兄様とどんな関係よ?!」

「それ教えてもらえませんか、俺どうしてもあきらめきれなくて!」

「個人情報ですよね、ゲーム内でそういうのバラしちゃうのはどうかと思うけど、教えてもらえるんですか?!」


レヴォルグから落ち着け、のエモートを3回出される。発言を控え、チャット欄を食い入るように見つめ、彼からの一文が流れるのを待った。


「もちろん教えるつもりはない。これはシエスタから俺への、信頼の証でもあるからな。

とはいっても、昔の話なんだが…」


どこか歯切れ悪そうに呟くレヴォルグに、最初に食って掛かったのはアリスだった。


「知ってるなら教えてよ!あたしはどうしてもお兄様を失うわけにはいかないの!!!大切な人なのよ!!!

それを伝えたら、お兄様だって戻ってきてくれるかもしれないの!マスター、お願い!!」

「そのお願いは、自分のためだけのものじゃねえのか?」


レヴォルグが腕組みをやめて、腰に手を当てる。


「失うわけにはいかない、戻ってきてほしい、…アリス、それはどっちもお前のための望みじゃねぇか。

誰に何も告げず姿を消した、あいつの気持ちはどうなる?あいつの望みは、踏みにじってもいいってのか?」

「…あたしは……あたしは…そんなつもりは…」

「つもりはなくても、実際そうだ」


今までにない口調で、レヴォルグがはっきり真実を突き付けてきた。私は思わず息をのんだ。


「これは俺が、リアルの仕事がラーメン屋の店長だから言えることなのかもしれねぇが…。

客に深入りはご法度なんだ。適度な関係、適度な距離感、それが理想だ。

それはオンラインゲームの世界でも言えることなんじゃねぇかな。

この世界には、みんなリアルにはない「楽しみ」を求めて来ている。

その楽しみから繋がった人間関係だ。誰も苦しいリアルの話での関わりなんざ求めちゃいねぇ。

そういうセオリーを無視して、お前らは誰かのリアルに足を突っ込むのか?

突っ込む権利は?覚悟は?責任は?面倒ごとをどこまで抱え込める気でいる?

シエスタは、少なくともお前らにそんな面倒な関わりを求めちゃいねぇ。

だから「消える」ことを選んだんじゃねぇのか?」


レヴォルグの話に、誰も反論できなかった。

あの真っ直ぐなカーライルですら、だんまりだ。いや、真っ直ぐだからこそ、今の話が染みたのだろうか。

言いたいことはたくさんあった気がするのだが、突き付けられた「現実」に、皆足が竦んでいた。

簡単なことじゃない、わかっていたはずなのに、自分たちの想像よりも、それはもっと深刻なものなのかもしれない。

深刻なものだった時、私たちは、私は…どうするのだろう。何ができるのだろうか。

怖い。底の見えない暗い湖を覗き込んでいるような感覚におそわれた。


「とまあ、脅すのはここまでだ」


パン、と乾いた音を立てて、レヴォルグが手を打つのエモートをした。

はっ、と沈みかけていた思考が浮上する。


「実際にはよ、そんな深刻なことなんて何もなくて、単に他におもしろいゲームを見つけたとか、そんなんだったってこともよくある話よ。

しばらくしたら戻ってくるかもしれねぇ。だから戻ってきたときにはよ、何事もなかったように受け入れてやりゃ、それでいーんじゃねぇかな。

まあお前らの言いたいこともよくわかるよ。今まで毎日遊んできた仲間だもんな。いなくなったらそりゃ寂しいさ。

こっちの気持ちもわからせてやりたくなるだろうけど、そこは飲み込んどいてやるのが大人の社会ってもんさ」


飲み込めないが言い返せもしない。もどかしい距離感、これが大人の社会なのだろうか。

いまだ学生の私には、何とも言えず気持ち悪いものにしか感じられなかったが、だからといっていい策や反論は何も浮かばなかった。


沈黙が流れる。

誰も納得できていないのだろう。誰からも、この話を終わりにしようという提案は出なかった。せめてもの反抗のようにも思えた。

レヴォルグがため息をつくエモートをする。


「俺の言ったことを含め、一晩それぞれで考えろ。

明日、今日と同じ時間に俺はログインする。その時に、お前らの答えを聞かせてくれ」


レヴォルグは明日も仕事があるため、日課だけこなしてログアウトする、と言って、ギルドハウスを出ていこうとした。


「無理はするな。ほどほどにゲームを楽しめ。俺もそう心がけている」


前に私に言ってくれた言葉を残して、彼の姿は消えた。

残された今の3人には、重い響きだった。






誰もギルドハウスから出ていくこともできず、かといって何か発言もできず、各々ただ悶々と考えていた。

どれだけ時間が流れただろう、アリスがぽつりと語り始めた。


「あたしさ…、あたし、確かに自分のことばっか考えてた。お兄様の事情なんかちっとも考えてなかったと思う。

相手を思いやれって…、要は、相手の立場に立って考えろってことよね。

そんであたし、逆だったらどうだったかな、って今考えたの。

あたしがログインしなくなって、お兄様が追いかけてくる。ちょっと夢のようなシチュエーションだけど…それって、お兄様に私のリアルが知られるってことよね。

ついでにリアルのお兄様のことも知ってしまうことになる…。ちょっと…、ぞっとしたの」

「ぞっと?」


私がそう繰り返して聞いてみる。


「だって…怖いじゃない。あたしリアルの自分なんかに全然自信ないし、知られて幻滅されたらって思うと、考えるだけでつらい。

それに…、リアルのお兄様がもし…、私の思い描くような人じゃなかったらって思うと…」

「理想が壊れたり壊されたりするのは確かにつらいけど…」

「つらいなんてもんじゃないわよ!お兄様がもしあたしより年下だったらどうしようって考えるともう…。

自分に幻滅されるより、そっちの方がつらいって思う自分の頭も嫌だし、もうもうもうどうしたらいいのか…」

「アリス落ち着いて、まだ何も確かめたわけじゃないよ」

「だってあたし今年で25のOLなのよ!!もちろん未婚だし!

何のとりえもない、家事もテキトー、趣味はゲームで友達も少ない!

そんなあたしの理想のお兄様が、実はあたしより年下だったら…」


軽い衝撃を受けた。アリスは私より結構年上だったらしい。

なるほど、これが実年齢を知った時のショックってやつか。アリスの気持ちもわからなくない、わからなくはないが。


「待ってアリス、なんか論点がずれてきてる。いったん話を整理してみよう?」

「そういえば男かどうかも不明といえばそうなんだな…」


人がせっかく場を収めようとしてるのに、意にも介さず爆弾投げ込んできやがるカーライルの一言で、アリスは完全に沈黙した。


「ライルさん、女心と思いやり」

「あ、すみませんつい…」


思わずささやきで教育的指導を行う。

大好きなお兄様のリアル性別が女かもしれない、その可能性を投げ込まれただけで、アリスは当分再起不能だろう。

確かにもし女性だったら、年下うんぬんより大打撃の事実である。

昔何かの漫画で、憧れは理解から最も遠い感情だ、と言っていたキャラがいたが、こういうことなのかもしれない。


「シエラさんはどう?シェスが女性だったらショック?」

「驚きはするけど、そこまでではないかな。むしろ納得できる点もあるし」

「それ詳しく聞いてみたいけど、また今度にしようか。明日までに話まとめないとだし」

「そうね」


私とカーライルは、アリスを気遣ってささやきで会話を続けることにした。


「いろいろ考えることはあったけど、まずはシェスのリアルの連絡先を聞きたい気持ちがまだあるか、かな」

「私は…、迷ってる。踏み込んじゃいけないことだって気持ちもわかるから」

「うん、そうだね」

「大人の賢い人間関係の話は、普段なら納得しちゃうかもしれない。面倒くさいから。

でも、このまま何もしないで、シエスタさんが帰ってくるかどうかわからないままでいるのはつらい。

ずっと楽しく遊んでいた彼を突然失うのは嫌だって思う…。

でもこれは、全部自分都合なんだよね」

「そうだね、自分が嫌だから、って感情と紐づいた意見ばかりだね。

でも、動機としてこれは間違ってはいない。問題は、シェスがどう思うかだよね」

「リアルのシエスタさんがどう思うか…」

「さっきのマスターの話にもあったけど、他のゲームが楽しくて、とか、リアルが忙しくて、っていう感じなら、それでいいんだ。

いきなりリアルで連絡してごめん、って、その時誠心誠意謝ればいいと思う。許してくれるかはわからないけど。

でも俺たちの知るシェスは、そんな雰囲気だったことはない気がする。となれば、もう一つの可能性、深刻な事態だ。

彼か彼女かもわからない、いくつの人なのかもわからない。そんな人の深刻なリアルに、突っ込む理由…」

「自分の気持ち以外に、マスターを説得し納得させるだけの何か…」


そこで会話は止まってしまった。簡単に答えは出ない。

そもそもレヴォルグは連絡先を教える気はあるのだろうか。どういう答えなら納得するつもりなのか。彼の真意も読めなかった。


「シェスなら…」


カーライルがささやく。


「シェスなら…彼が俺たちの立場だったら、何て言ったかな」

「シエスタさんなら…」


何より心遣いのできる人だったシエスタなら、まずはこうする、という答えが一つ出た。


「ティーセットを出す」

「紅茶を淹れる」


私とカーライルの答えが被った。画面前でふと笑みがこぼれる。

そうだ、シエスタは、私たちを気遣い、そのために行動する、そのことにためらいなんかない人だった。

その優しさに救われたのは、そう遠い昔のことではない。カーライルも、そのことを思い出しているのだろう。


「そう、助けてもらったよね、私たち」

「禁断の外部ツールまで使ってね」

「あれを使ったことも、ずいぶん丁寧に謝ってくれたっけ」

「お返しはしたいよね、たとえおせっかいでも」

「おせっかいだったら、謝ればいい。ただ心配してる、って伝えることは、悪いことじゃないよね」

「個人情報入手だから悪いことかもしれないけど、そこは俺が務めるよ」

「ううん、私もその責任を負いたい。連帯責任で行こうよ」

「あなたがそう言ってくれるなら、心強い限りだよ」

「あんたたちいつまで見つめ合ってささやきあってんのよ」


突然白チャが流れた。茫然自失のはずのアリスの発言だった。

私とカーライルは、互いにターゲットしあい、キャラ同士が見つめ合う形で会話していた。指摘されて急に恥ずかしくなる。

キャラの視線をアリスに向けて、白チャで語り始めた。


「アリス、大丈夫なの?」

「全然大丈夫じゃないわ」

「そっか、でもまあ、まだ何も決まったことじゃないから」

「そのことについては言わないで。あたしも自分の未熟さに嫌気がさしてんのよ。

だけどいろいろ考えて、結論が出たの。聞いて」


私とカーライルは、アリスに視線を向けながら続きを待った。


「リアルのお兄様の情報は、あたしの理想通りってことはまず確実にないと思う。

でもそれでも、このまま会えなくなるのは嫌なの。どんなショックを受けてもいいから、また会いたい。

…でもきっと、あたしはリアルのお兄様に接触しない方がいい。あたしが傷ついたことでお兄様を傷つけてしまう。

だから…」


アリスが言葉を切った。私とカーライルを交互にターゲットしたあと、視線を外して下を向いた。


「だから、あんたたちにお願いしたい。

お願いなんかできるあたしじゃないけど、頼める人はあんたたちしかいない。

どうか、どうかお兄様を、連れ戻して。

あたしまだ、さよならしたくない…」


アリスの言葉は、どこまでも自分都合なものだったかもしれない。でも、心からの真剣な叫びだった。


「わかった。まずは明日、マスターに伝えよう。私たちの気持ちを」


それぞれの決意を胸に、私たちはその日の活動を終え、眠りについた。








「紅茶を淹れたい、か…」


4人で集まったギルドハウスの中、腕組みしたレヴォルグが渋い顔を…しているような気がする。

実際キャラの顔は変わらないのだが、なんとなく察しはついた。


私たちは、昨日話したことを要約して、レヴォルグに全て伝えた。

連絡先を知りたい。彼にまた会いたい。紅茶を差し入れしたい。

最後のは、リアルでそうしたいというのではなく、気持ちをお返ししたい、という意味だとも付け加えた。

伝えてから結構な時間、沈黙が続く。やっぱりこれではダメだっただろうかとヒヤヒヤしてくる。


「俺な…」


レヴォルグが白チャで話し始めた。3人が視線をレヴォルグに向ける。


「何も偉そうなこと言いたかったわけじゃねぇんだ。

ただあそこまで言われれば、大抵のやつは引くもんだから、試したんだ。

お前らが引かずに食いつくようなら、結果がどうなろうと、お前らに任せようと思ってた。

なんかセコい真似しちゃってごめんな。

俺一応いい年の大人だからさ、言うことは言わなきゃなって思って」


レヴォルグが砕けたしゃべり方をしてきて驚いた。彼も彼なりに考えての昨日の言葉だったのだ。

お辞儀のエモートで反省を示してくる。彼は自分の弱さを人に素直に話せる、そういう大人のようだ。


「俺がなんでシエスタの連絡先知ってるのか、話してねぇよな。

前のギルドが崩壊した時な、やつもどうしても不安定になっちまったらしくて、ただいろいろ面倒だったから残ってた俺に話しかけてきたんだ。

支えてたなんて嘘っぱちさ。俺はただぼーっとそこにいただけ。

でも皮肉なことに、シエスタにとっては、自分に対して何らかの理想を向けてこない、どうでもいい相手として接してくれる俺が、一番その時はちょうどよかったらしいんだ。

まあシエスタが俺に話しかけてきたときにはもう、ギルドに残ってるのも俺ともう一人だけだったしな。消去法で俺にしたんだろう。

んで話を聞くうちに、俺は商売柄人の話を聞くのはうまい方だったんで、シエスタもどんどん本心を語り始めた。

そのうち、どうしても電話で話したいって言ってきて、ちと迷ったんだが、俺は連絡先を交換することにした。

それはやつの語り始めた話の中に、放っておけない事実がいくつか含まれていたからなんだ…」


レヴォルグが話を切った。3人は黙って続きを待った。


「結論から言うと、十中八九、今回のシエスタの現状は悪いものだろうと思う。

あいつはギルド崩壊を経験しても、ほぼ毎日ログインして、この世界を捨てられなかった。

ここに居場所を求めてる、そういうやつだ。

そんなやつが、今はログインしない状況が続いてる。どういうことかわかるか?

きっと事態は深刻だってことだ。

俺は正直、今回シエスタの相談に乗ってやれない。前回俺には、話を聞く以外何もできなかったからだ。

今は俺より、お前らの方がシエスタのためになってやれるんじゃないかって気がする。

どうだ?ここまで聞いても、お前らはあいつの連絡先が知りたいか?」


もちろん、と打ち込んだが、それを発言する前に最後の砦が超えられない。

私でいいのか。何ができるというのか。

ためらいが生まれた。


「決めたことです。

どんな結果になっても、俺は自分の行動に誇りと責任を持ち続けます」


真っ直ぐな光が私の背中を押した。

大丈夫だ、私だけじゃないんだ、彼がいる。

私は気持ちを引き締めて、レヴォルグに向かって言った。


「自信はない。でも、伝えなきゃ終わるなら、伝えなきゃ始まらないなら、やります」


アリスが私とカーライルに向かってお辞儀をするのが見えた。

彼女もきっと複雑な思いで、今回は私たちに託すと決めたのだろう。

彼女の思いも受けて、私たちは3人、いや4人分の思いを胸に、シエスタの連絡先を受け取った。









どちらが連絡先を受け取るかという話になったとき、連絡役は私もやりたいと騒いだために、結局オンラインあみだくじで決めるという話になった。

一回戦は二人ともはずれでドロー。二回戦目で私が当たりを引いたときは、カーライルにゲーム内チャットで苦悶の呻きを流され続けた。

かくして私は、レヴォルグからシエスタの連絡先を受け取ることになった。受け取ったのは携帯の電話番号だった。


「お前たちなら心配はないだろうが、言わせてくれ。悪用はするなよ」


レヴォルグが、大人として最後の釘刺しをしてくれた。

たった今ささやきで受け取った電話番号に、決意を新たにする。


その後は何をどう伝えるかの会議を、皆で行った。

レヴォルグは日頃の仕事疲れのせいなのか、途中で明らかな寝落ちをしてしまったが、案は何とかまとまった。


いきなり電話というのはシエスタも警戒するだろう、ということで、まずは番号にショートメッセージを送ってみることにした。

最初に名乗り、挨拶。まずは番号を知ったことを謝り、心配している、また会えたらうれしい、で締めくくる。

私の提案で、最後に紅茶の絵文字を入れることにした。

なるべく向こうが負担に思わないように、文章は簡潔に、短くを心がける。

相手が反応するまで、追加のメッセージは送らない。

返事が返ってきたら、いったん皆に知らせて、続きの文面を考える。

一人で突っ走らない、それを肝に命じて、私は大役を引き受けた。



いったんゲームの画面から目を離し、スマホを手に取る。うるさく鼓動が鳴り続ける中、ゆっくり番号を登録する。

番号を選択し、ショートメッセージサービスを選択。ひとつひとつの動作に、緊張が走り、指先が震えた。

何度も唾を飲み込みながら、苦労して文面をしたためる。フリック操作がこんなに難しいと思ったのは初めてだった。


「シエスタへ

アルシエラです。マスターからこの番号を聞きました。

勝手なことをして本当にごめんなさい。

ただ、私を含め、皆あなたを心配しています。

また会いたいです。

お返事もらえたらうれしいです」


最後に紅茶の絵文字を入れ、アルシエラ、と綴った後、本名を入れることにした。

生島 紗耶いくしま さや

メッセージを送った時点で本名はバレるだろうが、これは気持ちと誠意を込めたサインのようなものだった。


どうか、伝わりますように。


深呼吸を3回して、送信ボタンを押した。

返事は早くて明日だろうか。それより文面を見返さなくては。変なことは何か書かなかっただろうか。本来なら思いっきり不審に思われても…


ピコンッ。


えっ。

時が止まった。手の中のスマホが今確かに鳴った。

震えながらおそるおそる画面を確認する。まだ画面の明かりすらついている時間内の返信だった。


「どちら様ですか?」


文はその一文だけだった。違和感を覚えた。

私はその違和感に引っ張られるように、三人での取り決めを破り、即座に返信してしまった。


「アルシエラです。オンラインゲームのフレンドの」


ピコン、返事はまたしても即座に返ってくる。


「フレンドということはお友達なのですか?」


これで確定した。今、この番号でやり取りしている相手は、シエスタではない。他の誰かだ。

ザッと血の気が引く。私は誰と会話しているんだろう、これはシエスタの電話番号ではないのだろうか。

何と返事したらいいか迷っていると、さらにメッセージが届く。

画面に表示されたその一文を見て、私の思考が止まった。



「お願いです、お友達なら、あの子に会いに来てあげてください。

私の娘を、未来みらいをたすけて。お願い」



きっと、誰が想像していたよりも、事態は深刻だった。




レヴォルグ:キャラクターラフ絵

https://kakuyomu.jp/users/wanajona/news/16817330660794441580

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