The time has come.
強ボス部屋から退出した私に、PT申請が飛んでくる。
申請してきた相手の名前を見て、慌ててOKを押した。アリスだ。
PTに入ると、すでにカーライルとシエスタも揃っていた。
強ボスダンジョン入り口前に皆転送されたから、それをアリスが全員捉まえたのだろう。
何が始まるのだろう、戦々恐々としていると、PTチャットに一文が流れた。
「あたしタンクで」
…は?
アリスはそれ以上何も語ろうとしない。タンクで、タンクで…、というか一人称が「あたし」になっている??
疑問符はアリスを除く三人共に浮かべている状態で、誰一人反応できない。
「強ボス攻略、あたしタンクで。ライル替わって」
反応がないことにしびれを切らしたのだろう、アリスが先程よりわかりやすい一文を投げてよこす。
強ボス攻略を続ける気なのだ。しかもアリスがタンクで。
よく見ると、魔法少女は色彩こそ変わらないものの、ふわふわドレスからプレートメイルのようなものに着替えていた。
そしてその背に、黒く鈍い輝きの禍々しい斧を背負っている。彼女と比べるとかなり大きい。はっきり言って異様だ。
その迫力に圧されるように、無言でカーライルが武器をアタッカーのものに持ち替える。
シエスタも黙ったままだった。私も何を言ったらいいのかよくわからなくて、発言できないでいる。
アリスはそんな面々を前に、斧を構えて見せた。黒く大きなそれを振り回し、ズンッ、と右肩に預けた。
「行くよ」
必要最低限の言葉しか発さない彼女に、不気味すぎるオーラを感じる。
狩人の前で気圧されきって従うしかできないウサギみたいになった三人は、おとなしくアリスの後について行くのだった。
同一人物と思えない。
斧を持ったアリスの立ち回りは、実に鮮やかで見事なものだった。
範囲攻撃避けも必要最低限しか動かず、無駄に時間を消費することなく自身の攻撃に時間を回している。
能力が上昇するスキル、バフも的確に使いこなして防御力を上げているため、ヒーラーが回復する回数が少なくて済む。
ギミックはもちろん一つもミスすることがない。何の不安も抱かせないキャラ捌き。
何ならカーライルがタンクだったときより戦いやすく、またボスの体力ゲージの削り具合も早くなったくらいだった。
何がどうなってんの…?!
アリスの動きに感心しながらも、さっきからずっと頭の中をその言葉が駆け巡っていた。
よくわからない、全然何がどうなったのかよくわからないけど。
楽しい。
もはや気持ちが良いと言えそうなくらい、攻略のテンポはよく、4人の息はぴったり合っていた。
カーライルもシエスタも、きっと同じ気持ちだ。二人の動きも見ていてどんどん洗練されていくように感じた。
言葉を介さない気持ちの通じ合いをしているようで、私は胸の高鳴りが止まらなかった。
そこに油断が生まれたんだと思う。
南回避の時に間違って東に行きかけた私が、逃げ遅れて3つ重なった範囲攻撃を踏んだ。
ヒーラーの即死。それはほぼクリア不可能、ワイプを意味する。
せっかくテンポよく進んでいたのに、悔しくて悔しくてたまらなかった。
だが残った三人はあきらめなかった。特にアリスは。
タンク自身のバフとヒーラーからのバフ、継続回復などをもらっておかないと超えられない、タンク強攻撃二連続のターンが来た。
攻撃の直前、アリスのHPメーターが急に減って1になる。ぎょっとしたのも束の間、怪鳥が強攻撃を仕掛けてきた。
斧を構えるアリスは倒れない。さっきメーターが1になったのは、無敵技を使ったからだった。アリスはそれで攻撃を耐え忍んだのだ。
でも無敵技は10秒で切れる。ヒーラーがいない以上回復の手段はないと思われたが、アリスのHPは3分の1ほどまで一気に回復する。
秘薬を持ってきていたのだ。次に秘薬が使えるまで数十秒。その間、バフを繋いで受けるダメージを減らす。
アリスが耐えている間に、カーライルとシエスタの二人が、ありったけの攻撃を怪鳥に打ち込んでいく。
怪鳥の体力ゲージは順調に減っていったが、アリスのHPメーターもぐんぐん0に近づく。
もうダメかというところで、秘薬の使用可能時間になる。速攻秘薬を使うアリス。ギリギリの戦いが続いていった。
がんばれ…がんばって…!!!!!
戦闘中は復活薬は使えない。よって誰に助け起こされることもできない私は、キャラを床に転がしたまま、画面前で手を組んで必死に祈っていた。
皆の戦いから目が離せない。組んだ手に汗がにじむ。
怪鳥の体力ゲージもあと少しだが、アリスのHPメーターもあとほんの少し、ギリギリ削り切れないかという時、アリスの周りに赤黒い炎が渦巻いた。
私はタンクの技に詳しくなかったので、後で聞いた話なのだが、あれは斧タンクの必殺技、タンク強攻撃だったらしい。
ただしそれは賭けだった。なんとそのスキル、当たればダメージは大幅に大きく入るが、50%の確率で躱されるものだったらしい。
しかも発動の後、硬直と呼ばれるキャラの動かせない時間が長いものなので、もし躱されたらやられるのはアリスだ。
赤黒い炎の中、目を赤く光らせたアリスが斧を振りかぶる。怪鳥が攻撃のモーションに入る。アタッカー二人も追いすがる。
私の祈りの中、三人と一匹のうち、誰よりも速くアリスが斧を振り下ろした。
「武器出ないんだこいつ。つまんねーの」
今回の攻略の一番の立役者、斧アリスが宝箱を開けつつ一文を打ち込んだ。
クリアしたことで自動的に復活した私のキャラを動かし、宝箱前に駆け寄った。
「死んでんじゃねーよ」
アリスから鋭い一言が飛んでくる。私は急いで「謝る」のエモートをした。
「未クリアにしちゃいい動きだったけどな」
え?
思わずぽかんと画面を見つめる。アリスが今、私を褒めたような気がした。
打ち込まれた一文をまじまじと見る。やっぱり、褒めているようだ。
なぜ、何があった、言葉遣いどうした、聞きたいことはいろいろあったが、何もできずにぼーっとしてしまう。
途端クラッカーの音がした。シエスタが何か見たことのないエモートで、クラッカーを打ち鳴らし続けていた。課金エモートだろうか。
カーライルも拍手、感激、すばらしい、大喜びなどのエモートをしまくっている。
二人とも浮かれまくって、アリスを褒めたたえていた。
遅ればせながら、私も拍手のエモートをアリスに送った。素晴らしい戦いだった、その気持ちを込めて。
アリスは皆に背を向けたまま、特に何の反応も返さなかった。じっと賞賛をその背に受け取っていた。
強ボス部屋を出ると、アリスが組んだPTは即座に解散され、アリス自身も移動魔法でどこかへ行ってしまった。
見ててわかる。照れくさいのだろう。そして、何を言ったらいいのかわからないのだと思う。
残された三人は、疑問はいろいろ残りはしたが、誰一人嫌な気持ちにはなっていなかっただろう。
アリスに細かく詰め寄る必要はあるだろうか。あるかもしれない。
でもそれは、私の役目でもカーライルの役目でもない。シエスタが決めることなのだろう。
今度こそ、シエスタとアリスが決めていくことなのだ。
「何かあれば相談に乗らせてください。今回の責任は取るつもりです」
至極真面目にカーライルが白チャ発言する。まあまわりに誰もいないからいいんだけど。
数秒の後、シエスタは同じく白チャで答えた。
「他の誰にも責任なんか取らせないよ、もったいない。
斧を振り回す強い彼女は、相当に俺の好みなんだから」
口に指をあてるエモートをし、ウインクして見せるシエスタに、私は画面前で笑みをこぼした。
「あんた暇よね。少し付き合いなさい」
強ボス攻略の後、各々のやりたいことに残り時間を使おうと解散し、私は日課の生産系をこなしていた。
材料がそろい、あとは組み立てるだけでかわいいお洋服が…!というところで、この上から目線ささやきである。
否とは言わせない圧のこもったそれに、抵抗のての字も見せず従う私。
でも、それは前までの嫌々なものではなかった。
「アリスさん、さっきはおつかれさまです。格好良かったですよ」
「…そりゃ、どうも。
じゃないわ、そんなことはどうでもいいのよ」
「どうかしました?」
「…何て言ってた?」
「?」
「あたしが移動したあと、何て言ってた?」
「ああ、特に何も」
「…なにも?」
「ええ、でも皆悪い雰囲気じゃなかったですよ」
「…そう」
何も言わずに移動したけど、その後は気になっていたらしい。
何だか彼女がかわいらしく思えて、画面前でくすりと微笑んでしまう。
「笑ってんじゃないわよ」
なぜバレたんだろう。一瞬で笑みを消し、姿勢を正してしまう。
「…じゃなかったわね。えっと…、
あんたに、あの男へ伝言を頼みたいの。
ありがたかったけど、ありがた迷惑なのよバカヤロー。少しは女心を思いやれ。
って伝えて」
「えっと、ライルさんに、ですよね?」
「言わなくたってわかるでしょバカなの?」
「これで間違えてたらヤバいじゃないですか、確認は大事です」
「…そうね」
「ところで直接言わないんですか?」
「言えるわけないでしょ察しなさいよ女なんだから!!!」
「まあわからなくはないですけどーw」
「むっっっっっっかつく何態度デカくなってんのシエラのくせに!!!」
「はいはいシエラごときですよー」
「はい、は一回だって言ってるでしょこのぬけさく!!!!!」
堪えきれずに、画面前で腹を抱えて笑ってしまった。
アリスの印象が、最初に会った時とガラリと変わった。何というか、かわいいのだ。不思議なものである。
「…ねえ」
「はい?」
「あたしこれからお兄様と、どんな風に話したらいいと思う?」
なるほど、話しかけた最も大きい理由はこれか。
「いやー、私ごときにはわかんないっすよー、ぬけさくなんでーw」
「ぐっ…、わかったわよ…、あやまるから教えて…」
「あのですね…」
「うん…」
「大事なことは本人に聞いてください」
「あんたねえええええええええええ!!!!!!!!!!!!」
「大丈夫です」
「何がよ?!」
「大丈夫なんです、絶対。
そのままのアリスさんで、大丈夫ですから」
「…あたしのまま?」
「うん、そのままで、普通に」
「自信ないよぉ…」
アリスから初めての弱音が漏れた。そうか、彼女も弱い、一人の人間だったんだな。
私は一言一言に思いを込めて、文を綴った。
「飾り立てた自分を好きになってもらったとしても、その偽りをずっと続けなきゃいけないでしょう?
それじゃ後々、つらくなるだけじゃないですか?
私も何も偉そうなこと言えない人間ですけど、そのくらいは想像つきます。
それなら、ありのままの自分を見てもらって、好きになってもらった方が長続きする気がするじゃないですか」
「…ありのままの自分が嫌われたら?
そんなの、耐えられないじゃない…。
あたしはほんとはこんなんだから、自分に全然自信ない…。
結局さらけ出しちゃったけど、これからお兄様とどんなふうに接していけば…、どうすれば、好きになってもらえるのか、想像つかない…」
「でも偽ってた時のアリスさん、多分嫌われてましたよ?」
「ぐっ…、あんた、人が弱ってるときは強いわね…」
「根が暗いもんで。
さあどうします?がんばって作った自分は嫌われ、本人の前で自分もさらけ出してしまった今、後何ができます?
新しい自分で繕いますか?でもそんな器用に偽りをぽんぽん製造できますか?」
「…できない、と思う…」
「じゃあどうしますか?」
「…ああもう、わかったわよ!!この自分しかいないわよ!!!
「あたし」でぶち当たるしかないわ!!!」
「そうです、その意気です!!」
「っしゃあ!気合は入ったぞド畜生!!
善は急げだ、さっそくお兄様とお話ししてくるわ!!!」
「おお、いってらっしゃい!!!ご武運を!!!」
「モウマンタイ!!!!」
最後に広東語でそうささやかれ、会話は切れた。
ダメだった時慰めるのがめんどくさいなー、と思ったものの、そこは口に指あてウインクをしていたシエスタを信じることにしよう。
いいね、恋だね、がんばれー、なんて完全に他人事にして、画面前の私は椅子の背もたれに体を寄りかからせた。
そして鼻歌を歌いながら作った生産のお洋服は、生産失敗で粉々に砕け散った。
なんか嫌な予感がした。がんばれアリス。
後日、アリスから頼まれた伝言をカーライルに伝えると、彼は「女心は難しいですね…」としょげつつも、ありがたかったという良い部分を受け取ったようだ。
それからは素のままのアリスと素のままのカーライルで、たびたび喧嘩しつつも仲良くやれているように見える。
一方アリスの慕うシエスタお兄様とは、一歩近寄った関係になるのかと思いきや、距離感はあまり変わっておらず、金魚の糞かな、という感じのままである。
どうやら告白はできなかったようだ。
でも、シエスタは自分からアリスに話しかけるようになったし、冗談も言うようになっていた。
アリスも、シエスタと話すときのしゃべり方は前とあまり変わらないものの、一人称は「あたし」になっていた。
これが彼と彼女が決めた距離感なら、それでいいのだろう。最近は微笑ましくその光景を見守っている。
ただ。
「シエラ~~、暇でしょ~?コイバナしよ~♪」
最近ちょくちょく来るようになった、この誘いが地味にきつい。
なにせこっちには、コイバナなんてリア充乙なものは一切ないのだ。
人間関係は、そつなく受け止め、そして流す。それが基本なのだ陰キャって生物は。
だからまともなコイバナなんてないのに、元魔法少女もどきは根掘り葉掘り聞いてくる上に、自分の話を妄想を交えながら話していくのだ。
大変、地味にきつい。
あの時砕け散ったお洋服は、これを示唆していたのかもしれない。
時折、生産で服を作ろうとすると、手が止まるようになってしまった。
コイバナと恋愛脳、おそるべし。
斧アリス:キャラクターラフ絵
https://kakuyomu.jp/users/wanajona/news/16817330660794413739
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます