ダンジョンで求められるのは出会いではなくやっぱりDPSだと思うのだが間違っているだろうか
「単刀直入に言うわ。お兄様…シエスタ様に気安く話しかけないでちょうだい」
「…気安くない範囲なら、話しかけてもいいと?」
「そういう揚げ足取りなところムカつくわね!いい?とにかくあたしは、あんたが彼と話しているのが気に食わないって言ってんのよ!」
「そう言われても…」
めんどくせぇ事態になった。世間でいうところの、彼のいないところで彼女面し、勝手に彼氏宣言というやつではないだろうか。
学校のいけ好かない高慢女がやるとかやらないとか、聞いたことしかなかったんだけど。
まさかその事態に直面するとは。唖然としすぎてものも言えなくなる。
「あたしの機嫌は損ねない方がいいわよ。
もしあんたがお兄様と仲良くなったりしたら、どんな手を使ってでもこのギルドから叩き出してやるんだから!」
「はぁ…」
「何よその気の抜けた返事は!ちゃんと聞いてるのあんた?!」
「はいはい、聞いてます」
「はい、は一回!社会常識もないなんて、どこまで田舎者のサルなの?!」
「都心住みです」
「カンケーないわよ今そんなことはっ!!!!!
あたしが地方人だからってバカにしたら、ただじゃおかないからね!!!!」
面倒くさいは面倒くさいが、なんか少しだけ面白くもなってきた私は、アリスを眺めながら思う。
そういえばこの子は、初回挨拶の時に「アリスです!これ本名なんです!すっごいお気に入りなの!!」とか言ってたっけ。
そのキャピキャピなお言葉に沿うように、キャラの服装も女の子全開のピンク、赤、白の色合いで、フリルがこれでもかとふんだんにあしらわれている。
髪の毛もピンク。目だけはつり目のスカイブルー。今わかった。これが多分魔法少女ってやつだ。
でもジョブは魔法使いではない。この外見で弓なのだ。
多分そこはシエスタをリスペクトしたのだろう。きっと同じ弓使いになっていろいろ教えてもらおうと考えたのかもしれない。
その思惑は成功したようだ。彼女は彼の恋人…いや腰巾着…多分金魚の糞…とにかく、ベッタリな地位を手に入れているようだった。
シエスタがそれをどう思っているのかはわからなかったが、いつも話しかけているのはアリスの方からだった気がする。
「あんたと話してるなんて時間の無駄、人生のムダよ!
あたしはお兄様と話してくるけど、入ってくんじゃないわよ?!」
「はいはい」
「1回って言ったでしょ?!もの覚えの悪いガキね!!!」
多分あなたの方が私よりガキだとは思いますけどー、という言葉は打たないでおく。
アリスは舌を出すエモートをすると、走ってギルドハウスの物陰から飛び出していった。
お兄様ー、とか言って、ふわふわの服をひらめかせながら走っていき、シエスタ相手に今日の猫の話などを白チャでしている。
日の当たる場所では、バリバリ全開のときめき女の子きゅぴーんに戻る。女優である。
ちなみに今までの会話は全てささやきだ。二人にしかこの会話は見れない。
このギャップについて誰かに話しても、多分信じてもらえないだろうし、誰に話す気もない。
ま、程よい距離感よね。
恋は盲目というし、彼女の目がシエスタしか見えないというなら、それにわざわざ割って入るようなことをする気もなかった。
距離を保ち、程よく受け流し、大人の余裕を見せながら自分も楽しめることをやる。処世術処世術。
「仲がいいって雰囲気じゃあなかったねぇ」
うんうん、と自分に言い聞かせていると、突然ささやきが入る。
画面内に姿はないが、ささやきの主の名前を見ると、「Revolg」と表示されている。レヴォルグ、と読むらしい。
先日カーライルと一緒に入ったばかりの、シエスタが所属するギルドのマスターの名前だ。
私はささやきに表示された名前を選択し、返事をしてみた。
「見てただけでわかりました?」
「内容まではわからないけど、こうやってアリスに詰められたうちの何人かは、すぐにギルド抜けてっちゃったりしてねぇ。
まー、あいつの言ってることは想像つくんだが…、シエラさんは大丈夫かい?」
「あ、ご心配ありがとうございます。思ったより平気です」
「おお、たくましいねぇ。まあああいうのは正面から戦うより、受け流すのが一番だ。
とはいっても、俺もギルマスだからね。なんかあったら言ってくれ。アリスに注意くらいはするから。
…つってもまぁ、俺が言ったんじゃしらばっくれられるか、泣き真似されるかなんだけど…。
ついでに俺はリアルの仕事上、あんまログインもできねーしなぁ」
「お気持ちだけでも十分です。
こう言っては何ですが、目立つ人と距離を取って影に隠れるのは得意なので」
「言うねぇ、陰キャ万歳ってか」
わっはっは、とどこかでレヴォルグが笑っている気がした。
気にかけてくれる人がいる、その事実だけでも、陰キャには十分パワーになる。マスターの言葉はありがたかった。
「ま、無理はすんな、ほどほどにゲームを楽しめ。俺もそう心がけているよ」
「はい、ありがとうございます」
ささやきはそれで終わった。さて私は日課の生産作業でもするかな、と移動魔法を唱えて街に行こうとした。
「ねえシエラ!!!」
堂々の白チャ略呼び。
仲良くなった覚えないんだけどな、と思いつつ、建物の影から姿を現す。
あんまり待ってあげる義理もなかったのだが、とりあえず彼女の方を向いた。弓使い魔法少女が「かわいく見えるポーズ」で立っていた。
「これから強ボスと戦いに行くの。心細いから、わたしと一緒に戦ってくれませんか…?」
訳すると、「お前も人数合わせにこいや。誘ってやったんだから断らねーよな?」である。
めんどくせぇ…。
そう思っているのは私だけではないだろう。アリスの後ろに控えるシエスタは不動の構えで心の内を見せないが、隣のカーライルはやれやれのエモートをこっそり使っている。思うところはあるようだ。
無理はしない。ゲームを楽しみたい。それだけなんですけどねぇ。
「わかりました。がんばりましょう」
空気は読んじゃう方なのが、流されやすい陰キャの特性である。
強ボスとは、普段のダンジョンボスとは違う、もっと強いやつのことらしい。
シエスタは何度も撃破しているらしいが、私とカーライルは初めての戦いだった。アリスは知らん。
ちなみにマスターは、明日の仕事の仕込みがあるからもう寝る、と言ってログアウトしてしまった。
4人のフルパーティーで挑めるようだが、詳細についてはシエスタに教えてもらうことになった。
相手は巨大な怪鳥。空に飛びあがったときに津波のような連続範囲攻撃が来るのが特徴らしい。
それを聞いただけでも嫌になったのに、やれ頭割りだ、やれ配置散開だ、と覚えることが山のようにある。
目を回しそうになりながら必死に聞いている私を尻目に、アリスとカーライルの二人はいろいろ質問しながら聞いていて、余裕がありそうだ。
何でそんなに余裕なんだ、とカーライルにささやきで突っ込みを入れると、スマホでの攻略ページの検索を勧められた。
仕方なくページを見てみたが、読もうとするだけで気力がなくなるような文章の羅列に、頭が痛くなる。
なんでこんなところで、学校の勉強みたいなことをさせられなきゃならないんだ。疑問だらけだった。
「シエラ、大丈夫??」
アリスが訪ねてきた。訳すると「おいテメー頭に叩き込んだだろうな?ミスしたら許さねーぞ」といったところだろうか。
ちょっと頭が痛くて悪意を敏感に感じ取りすぎてしまったかもしれないが、まあ発言が圧力であることは間違いないだろう。
陰キャは圧力に立ち向かう生物ではない。そつなく流されつつ気配を消し、華麗に遮断してこその陰キャである。
「大変そうですが、がんばります」
「大丈夫、少しずつ覚えていこう。最初はギミックをこなせなくても当然だから、緊張しないでね。
何かあったら俺を頼って」
シエスタが私に向かって微笑むのエモートをした。まずい、これは煽ってしまう。
「大丈夫!シエラのサポートはわたしがしっかりしますからぁ!
お兄様は何も心配なんてしないでください~!」
がんばる!のエモートをして出来る子アピール。その裏ではこめかみに青筋が浮かんでそうなアリスの台詞にため息が漏れる。
めんどくせぇぇぇぇ…。ほんとに、なんでこうなった。
画面前本体は大きくため息を吐いて項垂れつつも、「ありがとうございます」なんて返信をするスピードは速かった。
陰キャ、受難の時。
ため込むのが私の悪いところ。そう自覚したばかりなのに、なかなか性格は直せるものではなかった。
4人でパーティーを組む、ということは、盾役のタンク、攻撃のアタッカー、もう一人アタッカー、回復のヒーラーが基本の形だ。
このゲームは武器レベルを上げてさえいれば、武器を持ち変えるだけでジョブチェンジができる。
私は戦闘系はヒーラーの武器と、アタッカーである双剣士の武器のレベルを上げていた。
本当は強ボス初見でヒーラーは怖いので、双剣士で行きたかったのだが、否を唱える者がいた。
「ごめんなさい、わたし慣れてるのは弓使いしかなくって…」
項垂れる、のエモートを使う魔法少女もどき。心の中で舌を出しているのだろう、なんとなく感じ取れる。
要はシエスタと同じジョブで仲良し攻略がしたいのだ。
まあ止めはしない。止めはしないけど覚悟しろよ?私がヒーラーじゃ、あんたを何回も床に転がすからな。
っていうか自分が転がる率の方が高いだろう。もうこの攻略には恐怖しかなくなった。
「じゃあ俺は全ロールできるから、余ったやつをやろうかな。みんな好きなのやっていいよ」
私の絶望を汲み取ったかのようにシエスタが発言する。
本来ならありがたいが、それでは困るのだ。主に攻略が終わった後が面倒くさい。
(わかってんでしょうね?)
ほーらもどきちゃんからささやきが来たよ。
もうこのままログアウトしてやろうかという気持ちにもなったが、輪を乱すのは今後のために良策ではない。
やるしかない。私は過去のカーライルの行き過ぎたヒーラー指導を思い出し、それに感謝しつつ覚悟を決めた。
「私はヒーラーで」
「俺はタンクで!」
カーライルと発言が被った。よかった、彼はタンクをやってくれるようだ。
彼の場合、空気を読み取ったのではなく、単にやりたいからタンクを希望しただけだろうが。
「じゃあ、俺は弓で」
シエスタが一番慣れたジョブを指定する。内心どう思ったかはわからないが、とりあえずまとまってよかった。
魔法少女のやる気が満ち満ちているのが、キャラに何か変化があったわけでもないのにわかる気がする。
こうして、開幕からため息しか出ない強ボス攻略が始まった。
「ライルさん」
ボス戦を始める前の、装備などの準備時間に、ささやきでカーライルに話しかける。
「どうしました?」
「強ボス攻略のヒーラー立ち回りとか載ってるとこ知らないですか?なるべく基本からで、わかりやすいやつ」
「え?」
「え?」
「あ、すいません、その…シエラさんからそういう言葉が出てくると思ってなかったので…」
「前にこれで大騒ぎしましたもんね…」
「あの時はすいません…。でも、何だか俺、今すごくうれしいです」
「うれしい?」
「シエラさん、攻略したいって思ってくれてるんだな、って…。今は強くなりたいって思ってくれてるんだなって」
「まあ…、パーティーに迷惑かけっぱなしじゃ自分がつらいし」
「でも、戦って勝つの、最高でしょ?」
「まあ…」
「うれしいです」
それ以上言葉が返せず、攻略サイト情報をせっつく言葉をぶっきらぼうに投げた。
カーライルがサイトを探してくれている間、私は少し思いを馳せた。
ゲームでの戦い、強敵と戦って勝つ喜び、少し前の私には縁遠いものだと思っていた。
実際縁遠かった方が楽だったかもしれない。ダンジョンでも毎回コントローラーを握る手には汗をかくし、ボスに挑むときは緊張で心臓が痛いほど高鳴る。
一人で無理のないゲームライフは快適だ。無茶をする必要がない。
でももし、今あの頃に戻ったら、少しつまらないかもしれない。
一人では味わえなかった世界。自分だけでは出すことのできなかった力を、誰かが引っ張り出してくれることもある。
それが、仲間のいる世界、なのだろうか。
まあ若干問題のある魔法少女もいるが、それはあまり問題ではない。
自分が、変わってきている、それが大きなことなのだ。
いいことなのか悪いことなのか、今はまだよくわからない。
でもそれでも、今回の強ボス攻略は成功させたい、それは自分の内側からの思いなのだ。
緊張と汗の中から、不思議な力が湧き出る感覚。それを信じてみようと思った。
カーライルが探してくれたサイトの名前をスマホで検索しつつ、私は言いようのない高揚感に包まれているのを感じていた。
「ごめんなさいっ…!わたしまた同じところでつまづいちゃって…!」
これで4度目になる。散開して個々に攻撃を受け、ダメージを分散させるギミックでの失敗。
その失敗を繰り返しているのが、魔法少女もどき、アリスだ。
本人はひたすらペコペコお辞儀のエモートを繰り返し、泣き真似までしてみせているが、何かがおかしい。
散開位置は最初に確認しているし、私ですら4回もやれば完璧に覚えてこなせている。
なのにアリスは攻撃予兆が来ると、ふらふらとキャラを動かし、戸惑って間違えたかのように他の人の散開場所に重なってしまう。
そうすると二人死んでしまうので立て直しは難しく、生き残りもわざと死んで最初から、という、ゲームの世界でいうところのワイプを繰り返していた。
これが一人のところにばかり来て、相手を即死させ続けているというのなら、ただの嫌がらせとして非難もできたが、そのあたりは絶妙で、故意なのか本気でミスしたのかわからないくらいのところで、彼女は様々なギミックを失敗し続けている。
だから延々とワイプを繰り返し、強ボス攻略は長引いていた。
私でも飽きるくらいだ。他二人もかなりうんざりしているだろう。
でもシエスタはギミックの再説明と励まし以外は口にせず、淡々と作業を続けていた。
アリスもおかしかったが、シエスタも何かおかしいような気がした。この二人の間にも何かがあるのだろうか。
思惑を巡らせていると、「次こそがんばりますっ!」のメッセージとともに、がんばるのエモートをしたアリスが目に入る。
そこでピンときた。
そうだ、アピールだ。アリスは自分をアピールすることが大好きだ。
つまり彼女は故意にギミックを失敗し、「あーん失敗ばっかり、わたしって弱い女~」アピールをしているのだ。
きっとそうやってシエスタにかまってもらうために。
強い男に守ってもらうお姫様役がやりたいのだ。
頭が痛くなった。本当にこんな思考の女っているんだ…。
シエスタはさっきからギミック再説明だとか、事務的なこと以外何も口にしていない。
それでアリスはかまってもらっているつもりなのだろうか?これで満足なのだろうか?
それとも満足いく答えが返ってこないからこそ、同じことを繰り返していつまでも待ち続けているのだろうか。
いい迷惑だ。
気分が沈みこんだ。攻略前の高揚感が消え失せる。やる気がなくなっていく。
だが今気づいたことをみんなに伝えるのは難しい。オブラートにどう包んだらいいのかわからない。
それにアリスに「わたしそんなつもりじゃ~」と泣かれれば、私が悪者の立場にされてしまうかもしれない。それは避けたい。
できればシエスタにたしなめてもらいたかったが、彼はそんなそぶりを一向に見せない。
長い付き合いなら気づいていてもいいはずなのに、彼には何か、アリスにそういったことを言えない事情があるのかもしれない。
どうにもできなかった。このままこの時間が続いていくのだろうか…ふと、学校での気だるく続くだけで何も変えられない、変わろうともしない嫌な時間のことが思い出された。
「アリスさん、何かあったんですか?」
勇者降臨。いや空気が読めてないだけだろうか、カーライルがついに楔を打ち込みに来た。
「あなたとは前にダンジョンでご一緒しましたよね?
その時には何も問題なくクリアできていた。なのに今日は様々なギミックに引っかかってばかりだ。
見ていて思うのですが、わざと引っかかっていませんか?」
ド直球もド直球な言葉に冷や汗が流れる。オブラート機能をここまでオフにできる日本人も珍しい。
「ご、ごめんなさい、わたしそんなつもりじゃ~~~」
やっぱりな、お姫様は自分を守りに来た。えぐえぐ泣くエモートまでしてみせる。
「…なんでそんなことするのかな、って考えてみたんですけど、間違ってたらごめんなさい。
アリスさんは、弱いふりがしたいのではないですか?
それが何を意味するのかまではわからなかったんですけど、この中の誰かにそれを見てもらいたいんですよね?
それは最近入ったばかりの、俺やシエラさんではない気がする…」
カーライルはそこで言葉を切った。どうやら目的にまでは考えが及ばなかったようだが、彼もアリスをよく見ていたということだ。
アリスは動かない。発言も何もしない。シエスタもアリスの目的対象として暗に名指しされたが、何の発言もなかった。
「このままの状態では、強ボスの攻略はできないと思います。
アリスさんはそれでいいのでしょうか?
多分目的はシエスタ…シェスなのですよね?
どんな強敵も打ち負かしてきた彼の前で、こんなことをして大丈夫ですか?
プレイヤーとして完璧と言っていいほどの腕前の人の前で弱いふりなんて…嫌われてしまうのではないかと思うんですけど」
「ライルさんちょっと待って!」
声を上げずにはいられなかった。それは乙女心に刃物を突き立てているようなものだ。
確かにアリスの行いは逆効果になりかねないものではあった、だけど他人にそこまで核心を突かれたら、彼女がどんな傷つき方をするかわからない。
その後どんな暴れ方をするかわからない。
揉め事だけは起こしてはいけない、性格上、私はいつもそう思い込んでいた。
カーライルを止めなければ。だけど、その後に続けるべき言葉が、私の中からは何も出てこなかった。
しばしの沈黙が流れた後、アリスは突然姿を消した。
攻略コンテンツから離脱したのだ。やってしまった、私は画面前で頭を抱えた。
「ライルさん、言いすぎです…」
やっとの思いでその一言を打ち込んだ。真っ直ぐすぎるにも程がある。
「言わなければ彼女は「嫌われる」可能性に気づきませんでした。
もしも好かれたくてああした行動をしていたのなら…言ってあげないと。
そうですよね?シェス」
カーライルがシエスタをターゲットし、キャラがそちらを振り向いた。
今まで沈黙を貫いていたシエスタが、お辞儀のエモートをする。
「…ごめん。
本当は、俺が咎めなくちゃいけないことだった。本当に二人には迷惑をかけた。ごめんなさい」
「もしよければですけど、話してみてくれませんか?」
カーライルの問いかけの後、少し間が開いて、シエスタは静かに語り始めた。
「俺が前にいたギルドはね、崩壊したんだ。
それまですごく皆仲が良かったから、一番人気を集めてたやつが勝手に抜けていったときは、本当にショックだったよ…。
そいつが抜けた後は、ぼろぼろギルドの仲間が抜けていってしまって…ギルドマスターをやっていた俺は、とても耐えられなかった…。
ギルドをたたみ、一人で陰鬱にしてたときに出会ったのがアリスなんだ。
当時のアリスは今日みたいな感じじゃなくて、ただゲームを純粋に楽しんでる初心者だった。
俺のことも頼ってくれて、話しかけてくれて…。彼女にはずいぶん、傷を癒してもらった。
そして昔のギルドがなくなる直前まで、俺を支えてくれていたレヴォルグの作ったギルドに、二人とも誘われて今に至るんだ」
私とカーライルは、シエスタの話を黙って聞いていた。
前に彼が言っていた「このゲームの人間関係ではいろいろあった」というのは、このことだったのだろう。
「今のギルドに、明らかに女性と思われるプレイヤーが入ってきた時から、アリスは変わった。
俺の前では、より女らしく振舞うようになり、入ってきた女性には…どことなくきつい雰囲気で接するようになった。
女性陣はもちろん、男性陣もその雰囲気が嫌になって、皆抜けていってしまったんだけど…。
…その時から、俺が言うべきだったんだよね。
でも言えなかった…。アリスを怒らせることも、悲しませることもできなくて、何より嫌われたくなかった…。
また壊れてしまうことが、とても怖かったんだ…」
「シエスタさん…」
胸が苦しくなった。シエスタの気持ちが痛いほど伝わってくる。
「シェスの気持ちはよくわかりました…。差し出がましいことをして申し訳ありません。
でも…お二人はこのままだったら、壊れはしないけどよくない関係のままだったと思います」
カーライルが正論を述べる。それは本当に正しいことだった。
でも、正しいだけで、シエスタとアリスの気持ちが置き去りになってしまっているように感じた。
はたしてカーライルに、二人の関係を「壊す」権利があったのだろうか。
壊した彼は責任が取れるのだろうか。責任とは何の責任なのか。シエスタは、アリスは、これからどうなるのか…。
ぐるぐる考えすぎて、吐き気がしてきた。喉がカラカラに渇いていた。
「…とりあえず、いったんここから出よう。
今日はごめんね、攻略はまた今度で」
シエスタが本日の終わりを告げる。
今度があるだろうか…、そんな風に思った私は自分の思考が嫌になった。
まだ入ったばかりのギルド、始まったばかりの冒険だったのに、このまま終わってしまうのではないだろうか。
暗い方向にばかり考えてしまう。私は重い気分で強ボスの部屋から退出した。
悪くはない、わかっているのに。
私はカーライルが退出するまで、金髪垂れ耳のキャラを、画面前で眉を寄せて見つめていた。
真っ直ぐで真面目な彼は、光属性だと思う。一直線のまばゆい光だ。私にとっては。
苦手意識の拭えなかったあの光。それにうっすら憧れと嫌悪を抱いてしまう。
今日の出来事に対して、何もできなかった自分に、そんな思いを抱く権利があるだろうか。
胸が、締め付けられる。
でも、私は彼から目が逸らせなかった。
逸らせなかったのだ。
アリス:キャラクターラフ絵
https://kakuyomu.jp/users/wanajona/news/16817330660794364208
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