緋色の弓士


衝撃の真実だった。


なんと、全財産を失ったのは、私だけだったらしい。

街の外で死んだペナルティを負ったのは、私だけだったらしい。

コツコツ生産品を売って貯めたお金をそのまま持って森に出かけてしまった愚か者は、私だけだったらしい。


助けに行かず、とっとと街に帰ってくればよかったのだ。その事実がつらすぎる。

じと…と画面の中の憎きカーライルを睨む。自キャラでもじっと見つめてみた。

彼曰く、街の片隅に「銀行」というものがあり、そこでお金や荷物を預けることができるらしい。

チュートリアルで言ってた気がするけど…と言われたけれど、知らないものは知らないのだ。

「銀行があるよ」とは聞いたけど、そこにお金を預けて旅に出るのがセオリーだなんて聞いてないから知らないのだ。

彼はいつも外に出かけるときには、銀行で所持金を預けてから冒険に出る習慣がついていたらしい。

だから失ったお金は、街を出てから稼いだお金だけ、ということになる。


憎い。


私がどれだけがんばって裁縫スキルを上げ、理想のお洋服を作れるようになったのか。

そのお洋服を売って、お金を得た時の喜びといったらなかったのに、あれもこれも全てパーだ。

その気持ちを込めて見つめていたら、気持ちが伝わったのか、冷や汗のエモートの後、また土下座してくる。


ちっ、安い土下座の男だぜ…。


睨むのエモートがあったらやってやりたかったが、さすがになかった。じっと見降ろすだけで我慢する。

顔を上げ、立ち上がったカーライルをなおも見つめていると、ささやきの一文が流れた。


「よろしければ、前と同じ金額が貯まるまで、俺がサポートしましょうか?」

「違う、そうじゃない」


せっかくの丁寧な申し出に、ぶっきらぼうなささやきを返してしまった。

まずいと思ったけど、本心なのだ。違うのだ、今から稼いでできるお金と、一人でコツコツ貯めてきたお金は同一ではないのだ。

わかってる、めんどくさい思考になってきてるって自分でもわかってるのに、何だかとにかく許せなくて。

カーライルが許せないのか、自分が許せないのか、もうよくわからなくなってきているけど…けど…。


私は画面前で頭を抱えて唸った。

ゲームの中のことなのに。カーライルは悪くないのに。自分の狭量さが本当に嫌になる。


「あの…、シエラさん…?」


戸惑うカーライルのささやきが表示された瞬間。



「すっげーーー!!!!」

「うわーー、その武器きれーー!!!」

「Sモブ報酬ってこんな武器もあるのか!!」

「俺も倒したい!!!」

「さすがシエスタさん!!Sモブ狩りソロで成功させるなんて!!」

「今度一緒に連れてってください!!」

「私のお兄様に気安く話しかけないで!!!」

「そーれバンザイ!!」

「バンザイ!!!」

「バンザイ!!!!」

「バンザイ!!!!!」


よくわからないお祭り騒ぎ白チャが、カーライルのささやきを押し流してドバドバ現れた。

何事かと思ってあたりを見回すと、噴水の近くで人だかりができている。

Sモブ、という言葉も出てきていた気がする。さっきまで追い回してくれたあいつのことだろうか。

キャラの視線をカーライルに向ける。頷くのエモートを使う彼。

私たちは人だかりまでキャラを動かしてみることにした。




白の大理石のようなテクスチャで彩られた、装飾も細かい美しい噴水の前。

その背景に映える赤の装束----大きな白い羽のついた、つば広の赤い帽子を被り、足首まで届きそうな長く赤いコートをまとったその人。

美しく流れるような白銀の髪の合間から見える瞳も赤色の、きれいな男性を中心に人だかりができていた。

彼の持つ武器は紫色の光を帯びた、少しいかつい形の弓で、彼の外見にはあまり合っていないような気がした。


(あの人だよ…!俺たちを助けてくれた弓使い…!)


カーライルがささやきを送ってきた。

Sモブ報酬、という言葉もさっき出てきていた。きっとあのいかつい弓が、あの獣を倒して手に入れた武器なのだろう。

彼の外見に合っていないのは残念だが、それ自体は格好よく、美しい光り方をしている。特別なのがよくわかる。

彼を取り囲む人たちは、口笛のエモートや拍手のエモートを使って彼を讃えていた。

カーライルも拍手のエモートを何度も送っていた。弓使いは優雅な仕草のお辞儀をしてそれに答えた。


(格好良いなぁ…!)


かっこいいな、そう思っていると、カーライルから感嘆のささやきが送られてくる。

きっと画面前の本体さんは、頬を紅潮させて弓使いを見つめているのだろう。

まだ付き合いは浅いが、とても素直で好奇心旺盛な人だ。それがよく伝わってきた。


少し苦手なタイプかもしれない。

こういう人を前にすると、自分の暗さや浅ましい部分が強く見えてしまうような気がして、いつも自然と避けて通っていた。

まぶしく見えるのが、つらいのだ。


(…どうかしましたか?)


思考が沈みかけた時、カーライルからささやきが入る。はっと顔を上げて画面を見ると、弓使いはもういなかった。

武器のお披露目を終えて、どこかへ行ったのだろう。周りの人もはけはじめていた。


(いえ、弓使いさんの武器、格好良かったですね)


とりあえず不審に思われない言葉を選んで返した。


(ですよね!!あの武器もあのSモブを模した形になってて格好良かったし、光る武器なんて最高だよな~!!!)


パァァァァ~!!!!と輝いた笑顔で話している図が頭に浮かぶほど、カーライルの言葉の端々に興奮が見える。


(弓使いさんも、見た目だけじゃなく俺たちを助けてくれた時も本当にすごかったし格好良かったし、今日は最高だ!)


自分がミリ男になってしでかしたことはすっかり忘れたように話している彼を見て、何だか複雑な気分になった。

そうですね、とか当たり障りのない返事をし、時間が過ぎるのを待とうとした。

でもそんな気遣いは、興奮男には無用なものだったらしい。


(決めました!俺、あの人を目指します!!

 弓士になるかはわからないけど、とにかく強くなってうまくなってやる!!

 光る武器が似合う男に俺はなる!!)


熱血男はそうささやくと、ではさっそくレベル上げに行ってきます!失礼します!と言い残して、移動魔法を唱えてどこかへ行ってしまった。


正直、ほっとした。

きっとこのまま、カーライルは弓使いさんを目指して、強くなって私のことなど忘れてくれるだろう。

私の平穏な日常が戻るはずだ。いつも変わらず、穏やかで、淡々とした、お気に入りの時間。

うれしいはずだ。そう言い聞かせて、一抹の空虚さを隠した。





戻るはずだった。


「こんばんはシエラさん!お時間都合よかったら一緒にダンジョンいきませんか?!」


穏やかな日常。


「シエラさん生産やってましたよね?敵ドロップの皮大量にゲットしたんで使ってもらえませんか?!」


毎日一人だけで終わるオンラインゲーム。


「シエラさん、すごくいい景色のところ見つけたんですよ!今時間よかったら一緒に行きませんか?!」


すごくうるさい人に捉まった。


「シエラさん、毎日ごめんなさい。もし嫌でなければでいいので、またダンジョン…」


でも、私はそれを断ろうとしない。




断れなかった。

ダンジョンはまあ苦手だけど、皮は正直すごく助かったし珍しいものもあったし、それで作った装備は高く売れたし。

景色も素敵だった。ちょっと複雑な降り方をするところだったから気づかなかったそこは、人が全く来なくて、青い空と生い茂る木々、木漏れ日が美しい静かな場所だった。


カーライルは毎日声をかけてくる、少々うるさい人だ。

でも時間の切り上げのタイミングが非常にうまい。こちらに気を遣ってくれているのがわかる。

余計なことをペラペラしゃべるわけでもなく、用を済ませたら2、3言話して解放してくれる。

距離を一気に詰めようとしないところに好感が持てた。

相変わらず語りだすとまぶしさが垣間見えるので、苦手意識はいつまでも消えなかったけれど。



出会いは別れの始まりだ。

オンラインの関係なんて、特にそう。連絡を絶ってしまえばそれで終わりだから。

そんな儚い関係を嘆く人もいるけど、そのくらいの軽い付き合いを良しとする人もいるだろう。

私はどちらなのかよくわからない。多分後者だろうとは思っている。

女のリアル関係はベッタリしがちだ。とにかく群れを作りたがる。死ぬほど面倒くさい。

でもどれだけ面倒でも、それから離れられない自分に毎日もどかしさを感じる。

愛想笑いをしてる。自分が嫌いになる。それでも輪を抜け出すことは怖くて。

だからオンラインは一人でいた。他者に心を動かされないで済むのは気楽だった。

始まりがなければ終わりもない。それが快適だった。

私はそういう、ドライな人間だ。それをクールだなんて思ったりもして、少し気に入っていたのに。




「いい加減にして!私はあなたのおもちゃじゃないのよ!?」



声を荒げた。ゲームの世界だから、ただの文字だったけど。

私は荒ぶった感情を人にぶつけた。オンラインゲームの世界で初めて。

ぶつけた瞬間怖くなった。相手の返事を待たずにダンジョンを離脱し、そのままログアウトした。

心臓がうるさかった。気持ち悪かった。パソコン机から離れ、ベッドに倒れても眠れる気なんてしなかった。

同じだって知った。リアルでもオンラインでも、人間と関係するときの高ぶりや落胆は、みんな同じだった。


顔も名前も知らないけれど、私は人と触れていたんだ。

その事実を目の当たりにして感情は複雑だったけど、どこか安心もしていた。

クールじゃなかった。私も弱い、一人の人間なのだ。


ごろん、とベッドに仰向けになり、天井の照明をぼんやり見つめる。


(明日からどうしよう…)


自分は明日もログインできるのだろうか。そのことだけをぐるぐると考えていた。




明日あの人は、ログインできるのだろうか。

彼もきっと、弱い一人の人間なのに。



シエスタ:キャラクターラフ絵

https://kakuyomu.jp/users/wanajona/news/16817330657277958356




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