Wired ~オンラインで色付いていく彼女の世界~
わなな・BANI
First encounter with Mirio
「風下へ!」
そんな言葉が浮かんだバカな自分の脳みそに幻滅する。
例え心臓がバクバク音を立てていようと、汗が腋から背中から伝い落ちまくっていようと、歯がカチカチ音を立てるほど恐怖に震えていようとも、起こっていることの全てはデスクトップモニタの向こうの世界。
ゲームの中での出来事なのだ。
風が吹く演出があったって、こちら側の自分がそれを感じられるわけもないので、風下もクソもない。
咄嗟にアニメキャラ台詞が浮かんだ自分を数分遅れて恥ずかしく思ったが、正直今はそれどころじゃない。
獣の咆哮。
地面をえぐるような重量感のある足音は、獣の大きさを嫌でも想像させる。
その巨体にバキバキと木が薙ぎ倒されていく映像が、自動的に頭に流れるほどだ。
追われていた。画面内の自キャラのレベルでは、到底お目にかかることもできないような、強敵の何かに。
詳細は画面外なのでよくわからない。それがさらに恐怖心を煽り立てる。
ー 私はただ、おだやかな森でいつもの綿花取りをしていただけなのに ー
画面の前で、涙が出そうになるのを堪えながら、必死に震える手でコントローラーを握る。
頭の片隅では、今回の企画を打ち立てた愚か者運営に対する罵声が、徐々に大きくなっていっていた。
「幻のSモブ魔獣、高確率ランダム遭遇イベント!」
一読で忘れ去った企画のタイトルは、確かそんな感じ。
ドのつく初心者の自分には、全く関係ない世界の話だと思っていたから。
その自分が今こんな目にあっているということは、今回の企画発案者の頭は相当にクソだ。
そんな高レベルモブが初心者エリアに沸いて誰が喜ぶ。
しかもさっきから全然敵視も外れず、ずっと魔獣が逃げる自分を一直線に追いかけてきている。
確かに周りに人気はないが、そういう問題じゃない。
魔獣の動き回れる範囲が設定されていないということだ。
アホにもほどがあるーーーーーーーーっっっっ!!!!!!
本体で叫んでしまいそうになるのを、歯を食いしばって何とか堪える。夜の騒音はご近所迷惑です。
画面キャラの足元に、オレンジの丸い輪が広がる。かなり大きい。
焦ってキャラを右往左往させつつ、何とかダッシュスキルを発動。
加速するキャラ。先ほどの範囲部分に炎が燃え上がるエフェクト。画面の一瞬のフラッシュ。とにかく怖い。
ギリギリかわせたけれど、次にダッシュが使えるまでは時間がかかる。
あと何発あんな遠距離巨大攻撃が来るのか。もう運営を恨んでいる余裕すらなくなっていた。
ー 助けて、誰か ー
画面前の本体の目に滲んだ涙が、一筋伝ったその時。
「風下へ!」
一瞬私のバカ頭が叫んだのかと思った。
画面左下、近場の誰でも見ることができるオープンチャットに、突如現れた白文字の一文。
画面を横切る何かの影が、一直線に私を追いかけているはずのSモブに向かっていく。
画面外で金属がぶつかり合う音がする。助けが来たのだ。
ー 私以外にもバカがいた。
でも私の頭の中は申し訳ない感想でいっぱいだった。かっこいいつもりだったんだろうな。
おかげで本体の涙は引っ込んだが、このまま逃げていいものか考えた。
だが考え込む暇もないうちに、先程の影がダッシュスキルで私のキャラの隣に並んだ。
一緒に走って逃げている。どうしたのかと思って相手をターゲットしてみると、HPバーが限りなくゼロに近い。
ミリもない。よく見るとバーの上の数値は1だ。しかも引きの速さから見て、一撃で1になったんじゃないだろうか。
もちろんおしゃべりを打ち込む余裕はない。画面の中の二人は無言で走り続けている。
かっこわるううううぅぅぅぅ…
お互いの心の中はその一言で満ちていたと思う。
きっと相手のほうがより居たたまれないだろう、気の毒に思った。
笑えたけど。
そんな余裕も一瞬で消える。
画面の中のキャラの視界が一気に晴れた。広がる青空。
視点を動かすと、眼下に大きな崖が見える。落ちたら落下ダメージは免れない。
落下ダメージで即死はないが、この状況でHPが1になったら、Sモブの追撃で死は確実だろう。
Sモブは崖下まで追いかけてくるだろうか?範囲が設定されていないとはいっても、さすがに崖は…いや、でも
そんなことを考えていたせいで反応が遅れた。足元にオレンジの範囲攻撃予兆が広がっていた。
隣にいた痛い同類の姿はすでにない。まずい、出遅れた。
範囲予兆が消える。きっとすぐに攻撃が来る。
まだやっと逃げ出したばかりの自分のキャラは、このまま即死だろう。
ー せっかく生産で稼いだ私の全財産がぁぁぁぁぁっ!!!!
森に来てしまった自分を呪い、持ち金全ロストの死亡ペナルティを覚悟し、絶望した。
だが攻撃は来なかった。
Sモブもこちらへ来る気配がない。
まさかさっきの痛いやつ?と思ったが、それは画面横からひょいと現れた。HPバー1のまま。
見たところ男性キャラのようだが、今はそれどころじゃない。
Sモブの追いかけてきていた方から戦闘音、咆哮も聞こえるが、それはどんどん遠ざかっていく。
画面には森の木々の合間から漏れる、エフェクトの光が明滅していた。
助かった。それだけはわかった。
ほっとしすぎて、画面前本体のあらゆる力が抜けていく。
「行ってみよう」
へたりこみそうになる本体の視界に、飛び込むオープンチャット白文字。略して白チャ。
本気かHPバー1。略してミリ男。
同類おバカの方を見るために、彼をターゲットした途端、走り出す金の短髪頭の青年キャラ。
「ちょ、何してんのミリ男っ…!?」
画面に向かって大声が出てしまった。慌てて口を塞ぐ。
「ああもうっ…!」
今度は小声で呟くと、舌打ちをしつつキャラを動かし、ミリ男の後を追わせた。
「ひあっ!?」
画面いっぱいに降り注いだ光の矢に驚いて、コントローラーを落としそうになった。
自分のキャラはダメージを食らっていない。どうやら敵の範囲攻撃エフェクトではないようだ。
森の少し開けたところ、白い小さな花が綺麗に咲いている場所には、大きな紫色の獣の後ろ姿が見えた。
異様なぬめりのある光沢をした筋肉質な足。それだけで恐怖を感じる。
獣の視線の先には誰がいるのかよくわからなかったが、獣の視線が定まっていない。
誰かが引き付けてくれていたのではないのだろうか。何か隠れるスキルでも使っているのだろうか。
え、それ敵視こっち向かない?ここにいて大丈夫なの?
不安になりキョロキョロあたりを見回すと、見知った金髪頭が見えた。
ターゲットする。HPバー1。間違いない、ミリ男だ。
なぜ回復薬を使わないのか不思議だ。何かあれば、一発で持ち金ロストなのに、この状況が怖くないんだろうか。
そんなことを考えながら、彼にキャラを近づかせる。
(すごいよ…!)
選択した相手にしか聞こえない赤文字チャット、「ささやき」が、画面左下に現れる。
画面内に捉えた彼が、私のキャラの方に顔を向けていた。
(弓使いの人なんだけど、すごいんだ…!!スキル回しも流れるような範囲避けもとにかくすごい!)
文字だけでもミリ男の大興奮が伝わってくる。
ダメだこりゃ、怖いから逃げたいんだけどなんて言える雰囲気じゃない。きっと画面向こうの本体さんは頬真っ赤なんだろうなぁ…。
少し引きつつ何と言葉を返そうか悩んでいた時、チャット欄にオレンジ色が浮かんだ。
街で見たことがある色だ。確かエリアの全員にメッセージを届けることができるチャット…だっただろうか。
数字と英文字の何か。暗号だろうかと思ったが、xとyを使っているところを見ると、座標のようだ。
何のことだろう?と思っていると、強烈な青の弓矢エフェクトが画面に走った。
魔獣が獲物を見つけて突進する。しばらくは弓矢の音と咆哮が聞こえたが、遠ざかっていく。
(誰だよ場所バラしたの!ああ、もtっと近くdみtかったんぴ)
焦って打ち込んだのか、ミリ男のささやきが誤字だらけで表示された。
表示されたと同時に走り出すミリ男。弓使いを追いかける気満々らしい1で。
私は慌てた。何とかミリ男にささやきを飛ばそうと文字を打ち込んだ。
(待って、ここ白夢の花が咲いてるから、この先って確かアクティブの強い敵が)
そこまで打ち込んだ時、ターゲットしていたため表示されていたミリ男のHPバーが空になり、消えた。
あまりにコミカルタイミングすぎて、呆気に取られていたが、私は冷静に打ち込んだ文字を消していく。
さて、どうするか。
このまま何も見なかったことにして所持金ロストを避けて通りたい。素直な気持ちだ。
でも人道に反するのではないだろうかと、一応助けに来てはくれたミリ男を助けるべきなのではないかと。
今ならまだ死亡キャラ強制転送まで数分時間があるはずだと、正義の心も叫んでる。
ついでに手元に復活の薬もある。普通の人間並みには、人助けの心もある。
きっと今、画面の向こうのミリ男本体さんは、がっくり項垂れてるから。
私は白夢の花の向こう側に、初めて足を踏み入れた。
今思えば、私も気分が高揚していたんだろう。
きっと何とかなるなんて、なぜかそう甘く考えてたんだ。
二人仲良く所持金全ロストしました。
「ほんっっっっっっっとにすみませんでした…」
復活時間切れで街に戻ってきたため、ミリ男改めHPバー満タンさんが、ささやきでしゃべったあと土下座のエモートをしてくれた。
私はまだ全財産ロストの余韻に打ちひしがれていた。
「いえ…」
とだけ、ささやきを返すと、満タンさんは土下座エモートを連発して、カクカク謝ってくれた。
満タンさんのHPバーの上の名前は「Karlyle」。カーライルさん、だろうか。
「そういえば申し遅れました。俺はカーライルといいます」
そういいながら、挨拶のエモートをしてくれる。いちいちエモを入れてくる、意外と細かくコミュ力の高い男のようだ。
「よろしければライルと呼んでください!」
笑顔のエモート付き。少しイラっと来るくらい好青年演出だ。
ふんだ、そんなの無駄だからな、お前がミリ男だった事実は忘れてやんねーからな。
謎の対抗意識でそんな悪態を心の中でつきつつ、私も挨拶を返した。
「お礼が遅れてすみません。助けにきてくれてありがとうございました。
私はアルシエラです。呼び方は…お好きにどうぞ」
何秒か後に、挨拶のエモートを入れる。フレンドもいない私には、エモートというものが未知のスキル以外の何物でもないのだ。
「ではシエラさんで!」
数秒のズレもない笑顔エモートつきで、私の略名は決められた。
慣れないなぁ…エモート、と思いつつ、ミリ男満タンさん改めカーライルを見つめる。
画面の中の彼は、日を浴びて光る金色でばさばさした短髪に、犬の垂れ耳のようにも見える装飾のついたバンダナを巻き、ニカッと白い歯を見せて笑うイケメンだった。
私のオンライン史上、初めてのフレンドができた瞬間だった。
カーライル:キャラクターラフ絵
https://kakuyomu.jp/users/wanajona/news/16817330657277900156
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