#5 新しい私

「………んん、」


ここは……?



「起きたかい?身体の調子はどうかな?」


「あ……えっと、」



「……そうだった。私の名前は清水肇。君のマスターだ」



マスター……?


清水という名前にはどこか聞き覚えがある。



「君の名前は音透だ。今日からここで生きていくんだよ」


「ここは、どこですか?」


「私の職場のクロノス・センター……ところで」



バンッ



「え……?」


音のした方を見れば、肩に掛けられていた布が赤く染まっていく。


これ……血?


私から流れている血、だと思う。手がベタベタする。



「君、痛みはあるかい?」


「痛くないです」



その瞬間、マスターの目が爛々と光を放ったように見える。


ちょっと、怖い。

何を考えているのかわからないけど、この目は好きじゃない。


頭がシン、と痛くなった。



「素晴らしい……!


初めてだ、これは大成功に違いない!今すぐ所長に連絡しなければ!」


「あの」


「あぁ、すまない。そこのガーゼか何かで覆えば傷はすぐ治るはずさ」



ガーゼ、ガーゼ……あ、これか。


無造作に積まれた白い薄い布を血が吹き出る肩口に当てれば一瞬で赤く染まっていく。


マスターが使ったのは拳銃だけど、打ち所が良かったのだろう。


残っているのはほぼ擦り傷だ。



「……よし。音透、こちらへ」


「はい。マスター」


「君は今日からアンドロイドガールとして生活する。君のその身体にはいろんな情報が埋め込まれている代わりに、これまでの君の淋しい人生の記憶は全て消させてもらった。


そして、これが君のクロノカルマであり、

異能力【偽物インビジブル・ハート】だ」



マスターから渡された一冊の真っ白な本。


重い表紙を捲れば、始めのページには『音透』とだけ書かれている。


次のページには【偽物インビジブル・ハート】の説明、かな?


なんだか文字が多くて疲れちゃう。



「そこに書いてある通り、この異能力の発動中はあらゆる攻撃が無効化される。しかし、解除その攻撃は何倍にもなって君に襲いかかってくるだろう。


だから絶対にココを破壊されちゃいけないよ」



コツコツとマスターの短い爪が、私の固い身体を叩いた。


……この服、というよりパワードスーツみたいだけどどういう仕組みなんだろう。


私はどうしてこんな服を着ているのかな。



「あの、マスター。これは服なんですか?」


「喋っていいと、誰に許可された?」


あ、まただ。絶対零度の視線。

これはやっぱり怖い。身体が竦む。



「……申し訳ありません」


「よろしい。いいかい?これは君を守るための技術の結晶だよ」


「私を守る?」


「そうだ。君は私たちの”希望”なんだ。


簡単に傷つけられる訳にはいかないし、知らない内に傷を作らないでくれよ。


さぁ、細かいところは置いて、早速実践訓練といこう。これが君の武器だ」



ずっしりとした黒い拳銃。


それを握った瞬間、私の周りに人型の影が浮かんだ。ざっと100人くらい。



「ホログラムから攻撃を受けずに、全員倒し切れたら終了だ。制限時間は10分。……始めろ」


「はい、マスター」



刹那。


バンバンバンッ



自然と身体が動いて、私は初めて引き金を引いた。


ホログラムの真ん中……ちょうど心臓の辺りに赤い印がついて、影は消える。



「(あと1人)」


バンッ



壁に表示された残り時間は8:59。


チラリとマスターを見やれば、驚いた顔で私を見つめている。



「マスター……?どうかしましたか?」


「あ、いいや。なんでもないよ。


……これは扱いに困るな、所長が言ってたのはこれか」


「?」



何を言ってるんだろう。


多分私のことを言っているに違いないけれど、小さくて全然聞き取れない。



「音透」


「はい、マスター」


「君にはある重要な任務を任せたい。我々の平穏を守るための大切な任務だ」



任務?


マスターの目はずっと、私の足元にある銃に向けられているから多分また私はこれを握るんだろう。



「渋谷に蔓延る犯罪グループの制御だ。

彼らは毎週水曜日に決まって大勢で麻薬の売買を始める。

そこへ突入して、拘束。流通してる麻薬の没収が君の任務だよ」



なんだか、大変だ。


毎週水曜日って言うけれど今日は何曜日なんだろう。



「運がいいことに今日は水曜日。そして時刻は21:00を回った。これからが彼らの時間だ。さぁ初任務と行こうか」


それじゃあ行くよ、殺戮アンドロイド君。



黒塗りの外が見えない車に乗せられて、揺られること数十分。


誰もいないような暗くて狭い路地裏。



「さて、音透。敵は何人いる?」


マスターの質問を受けて、よく耳を澄ませば…………3,いやもっとだ。7,8、ざっと10人くらいはいるかな。


足音とかすかな喋り声、ビニールを開ける音が聞こえる。


2時の方向。殺れる。


その瞬間、思考が一気にクリアになった。



「……攻撃対象を、認識しました。殲滅しますか」


「そうだね、拘束と命じたけれど殲滅でも構わないよ」


「了解」



ホルスターについた拳銃を二発、真っ暗闇に向かって打ち放つ。



「何だ、⁉どこから打ちやがった!」


「向こうです!!」



暗闇の中が一層騒がしくなった。あぁ、煩わしい。


バンッ、バンッ


暗闇の中から銃声が返ってくる。

だけど不思議なことに私の身体は勝手に動いて全ての銃弾を避けた。


これがさっきマスターが言ってたクロノカルマってやつなのかな。



「なんだあの女!攻撃が当たってないのか⁈」


「クソッ、どうする。このままじゃ全員殺されるぞ」


「じゃあ大人しくサツに捕まれって言うのか?!」



なーんだ、私のことも見えてるんだ。じゃあもういいかな?


左腿のホルスターからガトリング弾を取り出して、暗闇に向かって撃ち放つ。



もう音は何も聞こえなくなった。



「マスター、任務完了です」


「早いね。流石、上が見込んだだけのことはある。

さぁ帰ろうか」


「彼らの、処理は」


「そんなの警察にでも任せればいい。お腹は空いたかい?何でも好きなものをご馳走しよう」



お腹……別に空いてないな。


今はなんというか、何もしたくない。



「……なるほど。とりあえず施設へ帰ろうか。君には十分な休息が必要なようだね」



来た時と同じ黒塗りの車が、いつの間にか迎えに来ていた。


乗ってからのことはあまりよく覚えてない。




それからというもの、私は色んな任務をこなして来た。


汚職まみれの政治家の殺害、集団詐欺グループの捕縛、テロ組織の殲滅…………どれもとても厄介で重たかった。



有難いことに私の体は怪我をしないし、撃たれても切られても、痛みは感じない。


その代わり、一つ一つの任務の後は長い休息が必要。

よくわからないコードを身体中に繋がれて、トンネルみたいな筒状のケースに入る。



その中で私は暫く眠って、マスターの部下という人が起こしに来たら、任務開始の合図。


ホルスターに銃を差し込んで、黒塗りの車で現地まで。



だけどこの日だけは車が来なかった。



「マスター、今日の任務はどこで行うのですか」



いつも通りの合図が来たから、今日も誰かを殺すのだと思ってた。


でも、マスターはいつもより楽しそうな顔をしている。なんでだろう、よく分からない。


いつまで経っても施設の中の階段を降りていくだけのマスター。



「あの、流石にそろそろ教えて頂いても……っわ」



大きな扉……にしても、途中で止まったからマスターの背中に鼻を打ちつけちゃった。


別に痛くないからどうでもいいけど。




「あぁ、すまないね。

着いたよ。ここが今日の任務地だ」


「地下、ですよね。悪人でも捕まえていて、その拷問とかですか?」



「ははっ違うよ。そんなことは君にさせられない。


今日のターゲットは君と同じ少年少女だ。

この施設には君と同じような子どもたちが4人いるんだが……少々厄介になってきてね。


君には彼らを拘束して、我々の元に連れてきてほしいんだ」



特にこの2人。と目の前に出された液晶には同い年くらいの男の子と女の子。


どちらもすごく楽しそうに笑っていて、少しだけ気が引けた。



子供を、特に同年代を殺すのはキライ、だ。



私はあまり喜怒哀楽が分からない。

けれど、銃を向けた時に泣き叫ばれる感じとか、絶望した顔を見るのはいい気がしない。


中には悪いことをしていて、当然の処分という子もいたけれど。

悪いことをした親のせいで、一家諸共という任務もあった。



その時だけは何故か、この偽物の心臓がキュッと締め付けられるような心地がしたのだ。



だから、出来れば今回の任務はやりたくない。



「マスター、理由を教えてください。でないと、行動に移せません」


どうやら私のこの頭は納得できてからじゃないと行動できないようになっているみたいだ。


しかしマスターから帰って来たのはあの絶対零度。



「命令だ。音透、任務を遂行しろ」



その瞬間、マスターの鋭い視線が私を射抜く。



「承知しました」



私の口は勝手に返事をしてしまった。



コツン



「K−010、起動」



心臓の上らへんにマスターの指が当てられる。


刹那、赤いパワードスーツがキィィィンと音を立てて光を放った。



「この四人が君の敵だ。彼らを生け捕りにして、我々の役に立て」


「マスターの仰せのままに」



これが新しい私、なんだ。


ここで暮らしていくための最適解。






「君の名前は、殺戮アンドロイドー音透ーだ。精々、私達の役に立ってくれよ」



後ろに立っていたマスターが何を言っていたのか私にはわからなかった。



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