#2 新人

「君たち失礼するよ」


スィーッと自動ドアが開いてセンター長補佐の清水さんが入って来る。


彼の後ろにいるのが、新しい仲間だろうか。



「紹介しよう、音透だ」


「やったー!女の子だ!!音透ちゃん、よろし……⁈」


「真彩!」


思いっきり真彩を突き飛ばせば、彼女が立っていたところにナイフが突き刺さった。



「ごめん、大丈夫か?」


「うん……翔ちゃん、後ろ!」



バッと振り向けば頬に伝う暖かい感触。


手で拭えば、指紋の通りに赤色がべったりとついた。



「いって……清水さん、どういうことです?」


「どうもこうもないよ。音透、さっさと片付けなさい」


「……了解です、マスター」



マスター?


今、この子マスターって言った?


洗脳でもされているのか。それとも、彼女の異能力がそうさせるのか。



どちらにせよ、悪趣味。



「……君とはいい仲間になれるかと思っていたんだけどなぁ、残念」



ダッと床を蹴ってこちらに短刀を向ける少女。


手首を掴んで床に押しつけてもうめき声一つ漏らさない。



「手荒な真似するけど……ごめんね?」


「邪魔」



手刀で気絶させようと思ったのに、もう僕に向かって剣先を向けている。


……なるほど、戦闘系の異能力者かな。



「女の子を傷つけるのは趣味じゃないんだよね」



懐からナイフを出して、僕目がけて振られる短刀を受けていく。



すごいな、全く息が上がってない。


それに女の子とは思えないほど素早く無駄のない動きだ。



ガチャッ



「(銃を向けられても動揺しない、⁈

どこかで訓練でも受けたか、元々暗殺部隊にいたか……このまま応戦するのは少し厳しいな)」



圭人の異能を使って、彼女を異空間に閉じ込めれば勝機はある。

一旦攻撃することはできなくなるし、その間に清水さんに話を聞ける。



ただ異空間に閉じ込めてしまえば、出したあとが面倒なんだけど……


でも、こればかりは仕方ないかな?



「圭人!」



…………いない。



あんの馬鹿野郎、この大変な時にどこ行ってんだ!


礼央もいないし、ここは僕らでどうにかするしかないか。



「……真彩!」


「はぁーい、わかってるよ!」



窓をガッと開けた真彩が目を爛々とさせて僕に微笑む。


あぁ、怖い怖い。



「ふふっ、ちょーっとオイタが過ぎるぞ、新人!


【華の監獄フラワー・プリズン】!!」


「⁈」



カラン…………


それまで軽快に動いていた少女の動きが止まり、ドサリと床に倒れた。


その手首には薔薇のツタがぐるぐると巻かれ拘束したようだ。

恨めしそうにこちらを見ているけれど、棘が痛いのかすぐに顔を伏せてしまった。



「あー……真彩?やりすぎ、かな?」


「え?別に良くない?翔ちゃんが傷つけられそうになってたし、そういうの考える暇なかったし!」



「……あはは、そっか」



深く追求するべきではないな、コレは。


下手すれば薔薇の棘で滅多刺しにされるのは僕かもだし。



うんうん、触らぬ真彩に祟りなし!!



さてと。



「清水さん。説明してもらえますよね?」


「所長命令だ。私から言えることはそれだけだよ」


「……異能力で無理やり吐かせるってこともできるけど」



「おや、言うようになったな、真彩」


「キモすぎ。軽々しく呼ばないで貰える?」



人付き合いの良さそうな不気味な笑み


いつもの事だけど、今日は一層背筋が冷える。



「だが、緊急時以外の異能力使用は禁止。そうだろう?」


「チッ……」


「真彩、落ち着いて。


ねぇ、清水さん。この子はもうの所属ってことですか?」


「あぁ」


「だったら僕たちが何をしても私たちの自由ってことだ。


あなた達が僕たちに課したのはこの施設内のすべての自由を与える代わりに、異能で犯罪者を裁く契約……でしたもんね?」



危ない危ない。真彩はやる時は殺るからな、危うく処分対象になるところだった。


こういう時に頭の切れる礼央がいてくれるといいんだけど……はぁ、僕たちで進めるしかないか。


戻ってきたら説教。圭人はお菓子抜きだな。



「どうなんですか、清水さーん」


「……わかった。彼女をどのようにするかはお前らに任せるよ。


ただ、彼女が傷ついて私たちのもとに戻ってきた時点でゲームオーバーです。貴方たち全員を"契約満了"だ。


この意味が分からないほど子供ではないだろう、いいな?」


「はいはい、わかりました〜」


「では、失礼」



べーっだ!!と清水さんの背中に中指を立てる真彩。


言動と行動があってないよ……見られてないからいいけどさ。



「もうなんなの!いきなりココ来て、異能力使わせるなんて。何が目的なのよ!」


「まぁまぁ、落ち着いて」


「私は落ち着いてるよ、翔太」



おっと、マズイ。


僕らを呼び捨てで呼んだ時は彼女が本当に怒っている証拠。



怒った真彩には手をつけない。


これが僕たちカタルシスの中の共通認識だ。



「(ただ……今回ばかりは手を出した方がよかったかもしれないな。我ながら失敗だ)」



もしも"契約満了"になったら僕たちは……


いや、よそう。


ネガティブな考えは不幸を引き寄せるって誰かが言っていたし。


あーあ部屋グッチャグッチャ。片付けないと綺麗好きな礼央に……




「おい、翔太。これはどういった状況だ」


「ん?……あ、礼央!それに圭人も!お前らどこ行ってたんだよ!」


「え〜?礼央おじさんが口うるさく僕に説教してくるからぁ、異能力使って昼寝しようかと思ってたら一緒に着いてきたから鬼ごっこしてた」


「おじさっ⁈……まだ叱られ足りないみたいだな」


「ストップ。……ったく、お前らは」



日常茶飯事だけど、今はそれじゃない。


全く、僕と真彩が大変な時に何やってんだよ……



「それよりも、そこで薔薇を巻き付けて倒れている少女は誰だ?」


「お前らが楽しく鬼ごっこしている間に僕らを襲ってきた子。


清水さんが連れてきたんだけど……この子、彼のことをマスターって呼んで、命令に大人しく従ってた」


「なるほどな……で、もしかして真彩はブチギレか?」



頭を抱えた礼央の視線を辿れば楽しそうに笑みを浮かべながらツタを引っ張る真彩と、ゲラゲラ笑いながらスマホで撮影する圭人。



……ここは世紀末か?冗談キツイ。



「見たらわかるでしょ。今から無理やりにでも起こして尋問するつもりだよ、多分」


「……なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え」


「礼央ちゃん、アレ止めてきて♡」


「断る。それに不快だ、やめろ」


「リーダーがぁ殺されそうな時にぃ鬼ごっこしてたのぉだーれだ?」


「…………わかった」



「はーい行ってらっしゃい!」



よし、これで僕は高みの見物ができる。


真彩が尋問すれば本当に僕ら全員で契約満了になりかねない。


まだまだカタルシスとしての真の望みを何も果たしてないのにそれは嫌だ。



「真彩、そこまでだ」


「なんで止めるの、礼央!


わかった、翔ちゃんの差金だ。どうせ私がやったら尋問が拷問になるとでも言いたいんでしょ!」


「真彩、清水さんの話聞いてたよね?」


「……そ、それは」



わかったよ。とすこーし拗ねたようにツタを棘のない草に変化させた真彩。



後でご機嫌取りをしないといけないかなぁ。


今日は何を強請られるだろうか。



「何の話?僕には全然見えないんだけど」


「おっと、ごめんね。


コレはあくまで僕の予想だけど、彼女は僕らの監視のために寄越された政府側の異能力者。

じゃなかったら、清水さんもあんなこと言わないはずだ」


「あんなこと?」


「うん。この子……音透ちゃんを傷つけたら、私たちを契約満了にするって」


「は⁈」



……伝えるべきじゃなかったかもしれない。


いつもどんなことがあっても飄々としている圭人が手をギュッと握って震えている。



「圭ちゃん、」「圭人」


「……嫌だ!僕は絶対にみんなと離れないから。


この子を傷つけなきゃいいんでしょ。

だったら僕は関わらないために向こうに行ってる。


なんかあったらみんなも来てよ。あそこにあるうさぎに触れば来れるから」


「待て、圭人!」


「……【現世の喪失パーフェクト・ドリーム】」



……こう、なるよな。


言葉選びをミスった。異能の残穢を消しておかないと。



床に向かって手のひらを広げた瞬間、音透ちゃんの横からゆらりと立ち上がった礼央。



「翔太、真彩。わかったぞ」


「どうだった?」



「この女……殺戮アンドロイド、と名付けられてる」



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