第百十二話 ショッピングモールでのお買い物【宮桜姫鈴音視点】


 八月八日、午前十時三十分。


 私の運転する車でショッピングモールへ向かって、無事に車を止める事が出来た。


 此処がいっぱいになってる事なんてないけどね。


 あれ? おかしいな。


 居住区域再開発地区のショッピングモールの一角にあるグルメストリートの名店、ホットケーキと自家製アイスクリームが売りの喫茶店【プリティエンジェル】。


 気が付くと小妖精プチ・フェアリーの部長兼隊長の私と隊員七名は、大きなテーブルを囲んで様々なメニューを口に運んでいた。


 みんなは大丈夫なんだけど、わたしだけはおしゃれな伊達メガネとかわいい帽子でちょっぴり変装。


 これだけで気付かれないんだから、わたしの知名度なんてこんな物だよね。


 凰樹おうきさんは別格だし、分かってても近付けないオーラを出してるから大丈夫なんだろうけど。


 それはさておき、この状況をちょ~っとだけ考えないとね。


「ねえみんな、いちおう確認するけど今日の目的憶えてるよね?」


「えっと、みんなでショッピングでしたか?」


「ミルキーハウスで小物探し?」


「グルメストリートで食べ歩き?」


「おしゃれ街道でウィンドウショッピング?」


「甘味帝でスイーツ?」


「ブティック美樹に新作が出てるんだって。オーダーメイドは高いけど吊り物とはやっぱり違うよね~♪」


「部室の新しいティーカップを買う? そろそろみんなで揃えても良いよね?」


 アイスクリームやプリンで飾り付けられた豪勢なホットケーキを口に運びながら、みんな当初の目的を忘れてそれぞれが行きたい店などを口にしていた。


 うん、なんとなくわかってたんだけどね。


!! 今日ショッピングモールに来た目的は蒲裏かまうらさんのお店で装備の注文!! どうしていきなりプリティエンジェルに入っちゃうかな~」


「でも、隊長が食べてるのも美味しそうですよね?」


「ホットケーキアラモードエンジェルスペシャルでしたっけ? その季節のアイスクリーム美味しいですよね」


 注意をする私の目の前には蜂蜜がタップリかけられた大きなホットケーキとその周りをぐるりと取り囲む生クリームや特製アイスクリームが並べられている。


 この店の名物というか、ちょっと高いけど絶品のホットケーキアラモードエンジェルスペシャル。


 季節のアイスクリームはブルーベリーとプラムが練り込まれ、やや甘酸っぱいアイスクリームの酸味と生クリームやホットケーキとの甘みがマッチして至高の一品になっている。


 既に私はこれを半分程既に食べ終えているから、説得力は皆無かもしれないけどっ!!


「せっかくグルメストリートに来たんだから、ここのホットケーキは食べないと。……って、季節のアイスクリームは確かに美味しいけど」


「分かってますって。でも、いつも週末とかはGE討伐に行ってますし、たまには息抜きも必要ですよ~♪」


「最近ちょっと治安が悪くなったから、ここには滅多に来ませんからね~♪」


「みんな気を抜きすぎですよ。たまにはこういう日も必要だとは思いますが」


 三年で副隊長の椎奈しいなつむぎはため息をつきながらそう言った。


 治安の悪化はここ最近顕著で、事態収拾の為にショッピングモール周辺に特別保安部隊が巡回を始めた位だ。


 特別保安部隊は警察と守備隊の混成チームで元々はGE共生派などを相手にしていた事もあり、発砲許可だけでは無く凶悪犯の射殺などの許可まで持っているってはなしだったかな?


 ホント、物騒になったよね。


「それに私達の持つポイントだと其処まで頻繁に来れないから……。今のポイントも十分過ぎる位なんだけどね」


中型GEミドルタイプまで討伐できる部隊は貴重だからね。もう一年以上AGEをやってる椎奈しいなだから分かってるとは思うけど」


 小妖精プチ・フェアリーで一番AGE活動歴が長いのがこの副部長の椎奈で、十三歳の時にAGEに登録して以来目標の為に頑張っていたらしい。


 この部隊に入部するまでの戦果はそこまで高くなく、わたしが誘った時にはすっごく喜んでくれたのを覚えてる。


 元々剣道を習っているって話で、最近では特殊小太刀の練習も始めてるみたい。


 凰樹さんがいるから目立たないけど、GEと近接戦闘が出来る時点ですっごい才能だと思うんだけどね。


「そうですね。私のお母さんも凰樹おうきさんに助けられましたから、もう目標が無くなってしまいましたけど……」


「それは私も同じだよ~。まさか創部二日目で目標が無くなっちゃうとか思わないじゃない。嬉しかったのは確かなんだけど」


 椎奈が小妖精プチ・フェアリーに参加した理由、それはKKS地区を支配する環状石ゲートで石の彫刻に変えられた母親を助け出したい一心からだ。


 他のAGE系の部活や部隊と違い環状石ゲートの破壊という目標を掲げている私に共感し、上手くいけば自分の手で母親を助けられるかもしれない、そう考えて小妖精プチ・フェアリー創設の部員集めに奔走している時に自ら声をかけたの。


 椎奈の方は二日じゃなくて二週間後くらいだったかな?


 お姉ちゃんが助かった日に、次は椎奈の番だからねって言った事は今も覚えてる。


 結局凰樹さんに助けられちゃったけど。


「このポイントって異常なんですか?」


「異常だよ。華子美かずみはAGE活動期間が短いからわかんないだろうけど」


 小妖精プチ・フェアリーのメンバーはここ一ヶ月ほどで全員が数百万ポイント程獲得している。


 私と同じ日にAGE登録した二年の皆田かいた華子美かずみさんや、一年の天陣てんじん佐緒理さおりさんまでも同じくらいのポイントを稼いでいるのだから相当なモノだろうね。


 拠点晶ベース産の希少魔滅晶レアカオスクリスタル拾いに参加できたのが大きいんだけど、純粋に中型GEミドルタイプ討伐の実績でもポイントを稼いでるんだ~。


 そんな事よりこんなことしてたら、ここで雑談して終わっちゃう!!


「蒲裏さんのお店で買い物を済ませたら後は色々回っても良いから。お昼ご飯はグルメストリートで食べたいけど」


「はいは~い!! 私カラオケ行きた~い」


「大通りにネイルアートの良い店があるんだって~。行ってみない?」


「パスタの美味しい店があるんだけどお昼はそこにしない? ドルチェも美味しいんだって~」


「アイスやケーキなら甘味帝で決まりでしょ? 新作アイスもあるらしいよ♪」


 流石にAGE活動をしているとはいえ女子中学生。みんな手ごわいな~。


 怖いもの知らずの一年や二年生も遠慮なく雑誌や行きたい店が表示されているスマホの画面をテーブルの上に並べて好き勝手に騒ぎ始めてるし。


 ここはびしぃっと部隊長である私の威厳を示さないといけないな。


「買い物が終わった後だったらいいけど。時間は限られてるんだからちゃ~んと何処に行きたいか決めてよね」


「カラオケは商店街にもあるけど、でもこっちの方が店内や部屋も綺麗で曲数も多いし。それにここなら色んなメニューも楽しめるんだよね」


「ネイルアートは今度でいいかな? でも新しいアクセも欲しいからミルキーハウスには寄りたいけど……」


 駄目だ。一度話が脱線すると説得するのが大変だよ。


 お姉ちゃんと一緒に活動してる楠木さんとか竹中さんたちはあんなに落ち着いてるのに、この子たちがあと数年であそこまで大人になるのかな?


「もうっ!! とりあえずこれを食べたら蒲裏さんのお店に行くよ!! 人数分があると良いんだけど」


「は~い」


 流石に部員全員分の在庫は置いて無いだろうけど、その時は注文かな?


 別に急ぎって訳じゃないし、夏休み明けまでに手に入ればいいか。


 こんなに日差しがきつい中GE討伐ってのも厳しいし、本格的に何処かを攻略するのはもう少し涼しくなってからでもいい気がするから。


◇◇◇


 三十分後、私たちは地下への階段を幾つも降りて迷路の様な地下街の奥の奥へ突き進んでいた。怖いもの知らずの一年生や二年生も流石にここの雰囲気には怯えてるみたいだね。だいじょう、今から行くのは怖い所じゃないから。


 比較的というよりも一般人は殆ど立ち入らないエリアの一角にある地下街の僻地、私たちはついにそこに存在する【AGEショップ幽玄ゆうげん】へと辿り着いていた。


「いらっしゃい……。今日は随分大勢連れて来たんだな」


「お久しぶりです蒲裏さん。今日はうちの隊員を全員連れて来きましたっ」


「うちの? ああ、小妖精プチ・フェアリーだったか。活躍は聞いてるよ、発足以来凄い勢いでポイントを稼いでるみたいじゃないか。しかも殆ど共闘は無し、大したもんだよ」


希少魔滅晶レアカオスクリスタル拾いもしましたけどね」


「はははっ。そんな事は誰でもしてる事だよ。むしろこのチャンスに動かないAGE隊員は全然だめだよ。あきらたちが何であれを放置したままのか分かっちゃいない」


「え? 普通は違うんですか?」


「あいつらが権利を主張したら最低半分はポイントを持っていかれる。この辺りのAGE部隊の装備なんかを良くするために見逃してくれているのさ」


 ホントに凄いよね。


 使いきれないポイントを稼いでるって話だけど、凰樹さんの部隊も一回の活動で最低でも数千万円は弾代で消費するはず。


 それなのにひとつ百万ポイントはくだらない希少魔滅晶レアカオスクリスタルを拾いにもいかないんだから。


「おかげで私たちも助かっています」


「上の店もおかげで大賑わいだ。その辺りも計算済みだろうけどな。凄い男だよ」


「やっぱりあこがれだよね~」


「一緒に戦った部隊長が羨ましいです」


 みんなも神坂さんたちとは一緒に戦った事があるでしょ。


 あの時は助けられただけだし、それどころじゃなかったけど。


 それに、あこがれるのは良いけど現実を直視したら怖くなるだけなのにね。


「今日の目的は装備の新調かい? 今はちょっと微妙な時期だけど、タクティカルベストとかの装備系だったらそこまで性能は変わらないかもな」


「微妙ですか?」


「例の次世代型なんだが、アレの上位互換型が開発中らしい。とりあえず生命力ゲージ方式のチャージ機能は今後全廃する方針だって事は聞いている。とはいえ、今すぐって訳じゃないから現状最強はこの生命力ゲージ方式の次世代型だ」


 神坂さんたちが使ったのはその上位互換型に違いない。


 だから凰樹さん抜きでの環状石ゲート攻略作戦が出来たんだ。


「今買わないほうがいいのかな?」


「その上位互換型がいつ発売されるか分からん以上、現在は試作型次世代トイガンこいつが最強なのは変わらん。裏から流れて来てる分もあるから価格は前より安くなっているぞ」


 安くなっても一丁百二十万円もするよ。


 こんな値段だと買える人なんてほとんどいないんじゃないかな?


「種類はM4A1それだけなんですか? うちの隊員の中にはMP7A1とか使ってる子もいるんだけど」


M4A1これだけだな。カスタマイズできる奴は内部のブラックボックスや特殊バレルを他の銃に移植したりも出来るんだが、あいにくとそんな奴は滅多にはいないな」


 そうだよね。私の分もチューンだけで五十万円もかかっちゃったし。


 あの後でレジェンドランカーになってなかったら、しばらくお小遣いなしで暮らさなきゃいけなかったよ。


「ねえ皆田さん、M4A1この銃を使えそう? あまり使いにくいならメーカーにカスタム依頼するけど」


「これですか? MP7A1いつも使ってる銃より結構重いけど……、この位なら何とか使えます」


 帝都角井製のMP7A1は約一.五キロ、そして今手にしているM4A1は約三キロ。


 重さは倍近いし少し大きいけどバランスは悪くない筈なんだよね。


M4A1これも特殊トイガンの中では軽い部類なんだぞ、割とコンパクトなP90シリーズなんかも似たような重量で、MP7A1が軽すぎるだけだ」


「全員M4A1これで揃えてもいいかな? わたしのだけちょっと特殊だけど」


「帝都角井の同じ銃で統一するのは良い事だぞ。バッテリーやマガジンの互換性も上がるし、いざって時に貸し合える」


「そんな事態にはしたくないけどバッテリーとかマガジンも余分に持つと重いから。M4A1これ七丁ありますか?」


「七丁? 全部で八百四十万だぞ? そんなにはって、そういやレジェンドランカーだったな」


 余裕で十億ポイント以上あるから支払いは大丈夫。


 同じ部隊だったらシリアル登録も楽だし、みんなの事も信頼してるから。


 信用できない部隊だと、シリアルなんかを個別登録してるって話だけどね。


「今五丁しかないが、裏ルートで手配している分があるから数日中には揃うぞ。正確には二日後だな」


「二日後……、永遠見台付属中学とわみだいふぞくちゅうがく小妖精プチ・フェアリー宛てに送って貰えますか?」


「ああ、いいぞ。ついでに今日購入分も細かい調整をして一緒に送ってやろうか?」


「そんな事出来るんですか?」


「ああ、窪内程の腕は無いが、元AGEだからな。昔の特殊トイガンは調整しないとまともに使えないモノも多かったから色々弄ってるうちにみんな覚えたもんだよ」


 しみじみと過去の苦労話をしてくれてるけど、そんな話をするとみんなにからかわれるよ。


「話し方がおじさんくさいですよ?」


「昔話をするようにになったら、お・じ・さ・ん♪」


 ほら、みんなが悪乗りしてる。


「ほっとけ!! 他の物は良いか?」


「あの……、特殊小太刀の最新型ってありますか?」


「特殊小太刀か。あきらが使ってた最新式があるぞ。あきらW・T・Fドラゴンを真っ二つにした特殊小太刀と同じ型だ」


「あの特殊小太刀……」


「言っとくが同じ真似は無理だぞ。特殊小太刀コイツを使っても普通の奴なら中型GEミドルタイプが精々で、才能のある一部の奴なら大型GEヘビータイプになら使えなくもない」


「流石にその位はわきまえています。生命力ライフゲージ回復剤も無いのにあんな真似なんてできません」


「あってもやめとけ。あいつは特別だ」


 そうだよね。あの光の刃なんてどうやってるのかすら分かんないし。


 私が部隊長をしている限り、あんな真似は許可しないから。


「ランカー用の生命力ライフゲージ回復剤は用意出来るけど、隊長としてそんな真似は承認できないな」


「そうだな。輝の様な例外は除くとしてもだ、元々この特殊小太刀なんかの武器はあくまでも特殊トイガン開発完了までのつなぎとして投入されたに過ぎない。余裕があるなら試作型次世代トイガンこいつにグレードの高い特殊弾を使った方が遥かに威力のある攻撃が出来るし安全だ」


「そんな事は分かっていますが、私にも矜持きょうじがあります。椎奈神影流しいなしんかげりゅうは魔を断つ神の影と謳われていた斬魔の太刀。GEを倒す為に受け継がれていたような気がするんです」


「身の程を弁えて程々にな。こしらえはどうする? このままでいいか?」


「柄の中にも様々な仕組みがあると聞いているんですが、調整可能なんですか?」


「まあ、ブラックボックスは弄れないけどな。ガワとか鞘とかは何とでもなるぞ」


 鞘や換装用の柄、それに目釘代わりの留め金的な物や、様々な小物が用意されていた。


 こういった武器には詳しくないけど、結構小物類は充実してるんだ。


「色々あるんだね。凰樹さんとかもこだわりがあるのかな?」


「輝の場合求めるのは性能と頑丈さだけだな。アイツの特殊小太刀の場合は無骨って感じになる」


「それじゃあ、椎奈の小太刀とその一式もお願いします。他のは今の装備とそこまで変わらないのかな?」


「変わってないな。また新作が入ったらサイトを更新するからそこで確認してくれ」


 サイトのURLが入った小さなカードを差出し、それを私に手渡してくれた。


「蒲裏さんの所の品も樹海じゅかいみたいにサイトで買えるんですか?」


「ランカーズ対策でな。ここに来て正体がばれる度に大騒ぎだろ? 警察やショッピングモールから苦情が来てな……。そこの検索窓にこのコードを入れると一部の特殊な商品が表示される。試作型次世代トイガンこいつなんかがそうだ」


「サイトに置くには特殊で高すぎますからね~」


「そういう事だ。言っておくがこのコードは他言無用だぞ」


「わかってますって。それじゃあ、調整と配達お願いしますね」


「毎度。納期が遅れるようだったらメールを送るよ」


 五日遅れたら連絡が欲しいよね。


 蒲裏さんは信用してるけど、何かほかの原因で届かないことも考えられるし。


 これで装備問題は解決かな?

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