第百九話 取り戻された日常【神坂蒼雲視点】


 八月五日、午後五時十分。


 いつも通りの俺たちは公民館の隣にある超高級ホテル山景王さんけいおうの最上階に移動させられ、いつもの様に優雅な宿泊生活を楽しむ事となった。


 やっぱり豪華なホテルっていいよな。この匂いというかホテル特有の雰囲気が最高だ。


 現実離れした光景だけど、このふっかふかのソファーに腰かけて優雅に酒を飲む瞬間は格別だしな。


「ん? 電話? この状態の俺に繋がる電話なんてあるのか?」


 表示は瀬野。ホントに謎の多い奴だが、こいつの番号も登録しているからかけてこれるだろうが……。


「こちら神坂。何か用か?」


「おめでとう同士神坂。まさか同士凰樹抜きで環状石ゲートの破壊を成功させるとは思ってもいなかったぞ」


「嘘つきやがれ。もし仮に成功する確率がゼロだったら、あの情報を俺達に流したりしなかっただろう?」


 生徒会副会長の喜多川麗子と深山先生の情報。


 あんな事情を聞けば俺達がどんな行動に出るか位は予測している奴だからな。


 もし仮に俺達にその実力が無いと判断していたら、こいつは何か理由を付けて俺達に情報を渡す事はしなかっただろう。


「買い被りだな。バーベキューの礼もあるし、情報くらいは渡していたさ。ただし、環状石ゲートの破壊には向かわせなかっただろうがな」


「実力でって事か。足を奪う為にマイクロバス位壊しそうだからな」


 直接俺達に手出しをしなくても、俺達が環状石ゲート攻略作戦を行えないようにする手段なんて幾らでもある。


 瀬野はあきらが戻ってくるまで俺たちの足止めをして、安全な状況での環状石ゲート攻略作戦を提案してきたことだろう。


 妨害した事を悪びれもせずに。


「その程度は簡単だな。よく分かっているじゃないか」


「そりゃどうも。お前とも付き合いは長いからな」


 癖の強さと変人っぷりはトップクラスだが、それでも人間的には信頼できる奴なんだ。瀬野って奴は。


 面白おかしくからかって来る時もあるが、誰かを本気で傷つける事は絶対にしない。


 逆にそんな奴らに鉄槌を下す奴だ。


「気になっているだろうから情報をやろう。今回はタダでいいぞ」


「お前に借りを作るのは恐いんだが」


「喜多川麗子の母親と、深山の妻の情報だからな、先日の続きの様な物だ」


 それは気になる。


 無事に再会できたかもしれないけど、深山先生の方はかなり歳が離れた筈だからな。


 そこのところは気になっていたんだ。


「それじゃあ聞かせてくれ」


「それではまず喜多川麗子の母親の話だ。荒城の屋敷の一室で目を覚ました青海おうみ瑛里奈えりなは、娘である喜多川きたがわ麗子と八年ぶりの再会を果たしている」


 荒城の家で石像を保管していたのか。


「荒城の祖父である荒城あらき鋼三郎こうざぶろうは喜多川麗子の母親に対して頭を下げ、何度も謝罪の言葉を繰り返した。喜多川麗子の母親は逆に任務を失敗しかけた事に責任を感じて追加の謝礼などの一切を断ったそうだ」


 以前聞いた瀬野の話では、石化していた期間中の給料なども支払われているしそれで親子二人で十分に生活できるだろう。


 これで喜多川麗子の生活も少しは楽になるんじゃないか?


 もうバイトなんてしなくてもいいし、勉強や生徒会活動だけに集中できるだろう。


「それで、喜多川はどうするんだ? 寮から出て元の家に戻るのか?」


「元の家からは家財道具を持ち出して、新しい家に住むそうだ。今は石化から戻った物も多いのでいい物件は探しにくいのだが、荒城の祖父が最高の場所に家を用意するという話になっている」


 この短時間でよくそこまで調べ上げたな。


 本当に瀬野の情報網は謎だし、分からない事の多い奴だよ。


「そりゃよかった。名前は青海おうみ麗子に戻すのか?」


「すでに離婚が成立しているんだ。これからも喜多川性のままだな。母親の方も喜多川瑛里奈に名前を戻すそうだ」


 そりゃそうか、石化中に自分と娘を捨てて蒸発するような男の性なんて名乗ってられないよな。


 そっちに関しては一件落着。喜多川の母親もまだ若いみたいだし、再雇用先なんて幾らでもあるだろう。


「喜多川の件は分かった詳しい情報をありがとう」


「なに、そこから動けなければ調べようもあるまい。こんな情報はネットにも流れてこないしな」


「流れてたら怖いぞ。個人情報なんて話じゃないしな」


 有名人の話じゃないんだ、喜多川の情報なんてどこのサイトにも流れてないだろ?


 逆に流れてたら怖すぎる。


「次に深山の妻の話だな」


「相変わらず教師にも敬称は無しか」


「当然だな。必要あるまい」


 この辺りが瀬野らしいというか、幾ら咎められても直しもしやしない。


 それが原因で生徒会や教師陣から目を付けられているのに、本人は気にもかけないしな。


「それで深山先生の奥さんはどうなったんだ?」


「九年の歳月を越えて無事に再会した深山弥生やよいと深山は自宅に戻った後で話し合いをしたようだ。あれだけ歳が離れればお互いに言いたい事もあるだろうしな」


 それは仕方がないだろう。


 石化後にあまりにも歳が離れすぎて離婚なんてケースも聞くからな。


 元に戻った直後は感動の再開って事でいいらしいんだが、そのあとで離婚するケースが意外に多い。


 数年程度だったらあんまりないんだが、七年を超えたあたりで離婚率が急増してるって話だったか?


「深山先生は大丈夫そうなのか?」


「これは極秘情報なんだが、深山弥生やよいは重度の枯れ専だ。結婚当時に老け顔だった深山に惚れていたらしいんだが、九年の歳月で念願叶って理想の夫を手に入れたらしい」


「ホントにどこからその情報を仕入れて来るんだ?」


「ニュースソースを話すと思うか?」


「思わないが、やっぱり気になるだろ?」


「知りたければ自分で掴んで見せろ。その時は称賛してやる」


 絶対に見つからないから言ってやがるな。


 こいつの尻尾を掴むのは大変だろうし、そんな事は時間の無駄だ。


「そんな暇はないから諦めるさ。情報をありがとう」


「深山には再会を祝して酒を送っておいた。【奇跡の再会】だ」


「瀬野、お前あんな高い酒を送ったのか? 確かに最高の贈り物だろうが……」


 奇跡の再会はこの居住区域の酒造で造られているが、頑固な杜氏が大切な人との再会を祝う人の為だけに採算度外視で作り上げた銘酒中の銘酒で、おいそれと市場になど出回らない為にその存在を知る者すら少ない。


 酒呑みもこの酒が必要な人の為にあえて購入は控えているし、この酒の存在を知る一部の人だけが再会を祝って送る事もある。


 そしてこの奇跡の再会は必ず七百五十入りの瓶を二本紐で括られており、その状態こそが購入者がこの酒に手を出していない証拠とされているとか。


 大切な人との再会。


 それを祝う誰かの為に贈るのは、心から祝福する行為だとか。


「九年もの間、石に変わった妻に対して別れる事も他の誰かに心を移す事すらしなかった深山に対する敬意だ。あの酒以外の贈り物なんてあるまい。深山弥生やよい酒飲みなのは調べているしな」


「本当にいい奴だな。あきらが信用しているだけはある」


「同士凰樹は完全には信頼しておらんだろう。それがまたいい関係なのだ」


 こいつには謎が多すぎるからな。


 後ろから刺されないだけも十分だよ。


「情報はそれだけか?」


「これで全部だな。喜多川麗子のスリーサイズが知りたい時は追加料金が必要だ」


「興味もないさ。どうせお前の事だから調べてるんだろ?」


「アイドルとの逢瀬は気を付けるんだな。意外に目は多いぞ」


「ご忠告ありがとうよ!!」


 切れたか。


 知っていてからかいに来るんだから酷い奴だ。


 それでもそれ以上の事はしてこないし、それが誰なのかって情報は絶対に流さないだろうけどな。


 俺だって瀬野の事を、その位は信頼しているさ。

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