第九十六話 天を貫く光の螺旋


 午前十一時二十分。


 俺と佳津美かつみはそれぞれ近くに用意されていた救護用の車両に運ばれて軽い検査を終えた。


 あれだけ高出力のヴリルの影響がないのかを心配されたのと、身体の何処かに怪我がないか心配されたからなんだけど特に異常はなかったようだ。


 東京第三六六環状石ゲートは今は稼働していない工場の跡地に生えている。


 環状石ゲートが発生した当時に工場の所有者が何度も破壊しようと試みたが当然壊れる事など無く、最終的に工場の所有者が諦めて別の場所に工場を移していたからGE発生直後に従業員は誰一人犠牲にならなかったという話だ。


 偶然なんだろうけど、運がいいよな。


 現在この東京第三六六環状石ゲートを囲っている企業はこの工場の元の所有者じゃ無くて、この辺りの土地を十五年前に廃工場ごと買い取った会社らしい。


 そこは魔滅晶カオスクリスタルの精製技術に関する特許のひとつを持つ企業で、対GE用の特殊結界用の大型対GE用魔滅晶カオスクリスタルの精製と形成などを主に行っているって事だ。


 どこが所有しているのかは知らないけど、安全区域になったらこの工場を潰してここに工場を移転するのかな?


 ここは安全区域内にある飛び地の危険地域だし、八咫烏W・T・Fヤタガラスを倒せば結構な広さの安全区域が出来るしな。


「さて、今現在の我々にどんな攻撃が可能かって事だ」


「武器に関してだが、実験にも使ったヴリル対応型のM4A1改がある。最終調整はしていないので内部に貯め込めるヴリルは少ないが、現状ではあまり関係は無いだろう」


「フルチャージしたら反動で壊れますしね。何かいい方法があればいいんですが」


ヴリル対応型を使った場合、グレード十の特殊弾は強力すぎますの。赤竜種W・T・Fドラゴンの時には生命力ライフゲージ対応型でグレード十の特殊弾の特殊弾を使っても問題ありませんでしたわ」


「確かにあの時佳津美かつみと竹中はグレード十の特殊弾を使っていたな。生命力ライフゲージ対応型を使うって選択もあるのか?」


 ただ、威力はかなり落ちる。


 アレだとどこまでダメージを与えられるかが問題だ。


「持ってきてはいるが、生命力ライフゲージ対応型ではな」


「威力がかなり落ちますか」


「もう少しだけヴリル対応型の威力を落とせませんの?」


「内部構造では難しいな。それに大掛かりな改修が必要だ。完成までに何日掛かるかわからん」


「それまであの八咫烏W・T・Fヤタガラスが大人しくしてくれてればいいが」


 飛ばれたらおしまいだからな。


 今は工場の屋根に止まって休んでるみたいだけど、あそこから飛び立たれると厄介処の話じゃない。


 普通の大型GEヘビータイプと違って、どこまで飛んでいくか分からないからな。


「威力の調整か。ん? 使用する特殊弾をグレード一にしたら少しだけ威力の調整が出来ませんか?」


「特殊弾のグレードを落とすのか!! 防衛軍ではグレード十の特殊弾しか使わんから、そこには気が付かなかった」


「資金に余裕のないAGE部隊と逆の考えよね」


「どうやって威力をあげるかで、グレードを上げてる訳だし」


 そこだよな。


 俺達はGEとの戦いで特殊弾のグレードを変えたりするけど、防衛軍は基本的にグレード十の特殊弾しか使わないからその必要はない。


 予算と装備が整っているからこそ、特殊弾のグレードには考えが及ばなかったんだろう。


「今すぐグレード一の特殊弾を此処に運び込んでくれ」


「近くの対GE民間防衛組織から運び込ませます。……十五分で届けるそうです」


「急がせろ!! 奴が飛んでからでは遅いからな」


 とりあえずこれで当面の攻撃手段は揃った。


 後は何処から攻めるかだが……。


「屋根の上にいるあの八咫烏W・T・Fヤタガラスに何処から攻撃を加えるかですが」


「屋根の上を歩いていくのは危険だ。先ほど想定した足場の脆い場所での戦闘その物だろう」


「確かに。若干威力が弱いとはいえ、天井が穴だらけになるのは時間の問題ですね」


 そして俺は機動力を失い、あの八咫烏W・T・Fヤタガラスは上空から好きなように攻撃できる。


 そうなるともう戦うどころの話じゃない。


「その事を理解してあそこにいるのかもしれんな」


「いや、単に烏の習性があるだけかもしれん」


「大きさが段違いですけど、よく見かける光景ですしね」


「工場の屋根の上にいる烏か。確かによく見る光景だ」


 大きさと存在感が段違いだけどな。


 よく工場の屋根が抜けないもんだ。


 屋根の上で戦うのは無理だけど、あいつを工場内に落とせば何とかならないか?


「あの八咫烏W・T・Fヤタガラスの下ってどうなっていますか?」


「あの屋根の下は薄いコンクリートだな。鉄筋は張り巡らされているが」


「いや、ちょうどあの八咫烏W・T・Fヤタガラスの真下辺りにガラスの窓がある。そこから内部を観察してる可能性もあるんだ」


「烏だけに頭は良いですね。……このルートだったら比較的に安全に行けませんか? 羽根を奪えれば勝算はかなり上がりますよ」


 工場の内部だけあって、中にはいろんな機械が残されていた。


 その機械を点検する為の足場も残されているので、そこを通ればなんとかあの八咫烏W・T・Fヤタガラスのちょうど真下辺りに辿り着けそうだ。


 そこからせめて羽根だけでも破壊できればしばらくは飛ばれなくても済む。


 勝算は低いが、地上でのたうち回ってくれればチャンスがあるかもしれない。


「バレないか?」


「ギリギリ視界からは外れると思うが、賭けであるのは間違いない」


「バレたらこっちのルートで撤退します。此処も使えるんですよね?」


「足場は全部残っているからな。それでいくしかないか」


 どっちにしろ、元々一か八かの賭けに過ぎないんだ。


 飛ばれればもう俺たちにできる手段なんてないし、どうにかしてあの羽根を破壊しなけりゃいけない。


 一撃で運良く倒せれば問題ないけど……。


「何度も任せてすまない。あきらだけが頼りなんだ」


「失敗しても仕方がないが、最悪の時は無事に逃げ出せよ」


「そうですわ。生きていればまたチャンスはあります。どうかご無事で」


「お守りを渡しましょうか?」


「帰ったらパーティですね」


「緊張を解そうとしてるのは分かりますが、わざとフラグっぽい会話をするのってどうなんですか?」


 しかもかなりノリノリだ。


 そのお守り、何処から出したんですかね?


「冗談はこの位にしておくか。頼んだぞ」


「では、行ってきますね」


 あの工場の敷地内に侵入する地下通路の入口へ向かった。


◇◇◇


 この辺りまでは明かりが使えるけど、工場内で下手に照明なんて使ったらあいつに気付かれそうだな。


 廃墟と化して長い工場だが、運よくそこそこの強度は残ってくれている。


 足場も丈夫だし、落下の危険は少なそうだ。


「チャンスは一度、ここに伊藤がいてくれれば……」


 問題は要石コア・クリスタルの位置だ。


 羽根を狙わずに一撃でトドメがさせるんだったらその方がいいし、羽根を奪った後でもどこに要石コア・クリスタルがあるのかわかれば攻略はずいぶん楽になる。


 もし仮に伊藤がこの場所にいれば屋根の上にいる八咫烏W・T・Fヤタガラスの体内にある紅点の僅かな反応の違いで要石コア・クリスタルの位置を特定できたかもしれない。


 あくまで可能性だが、伊藤だったらその位はやってみせるだろう。


「いない伊藤に期待しても仕方がないか。ゴーグルの反応と最後に確認した姿を頼りに攻撃を仕掛けるほかないな」


 ゆっくりと確実に八咫烏W・T・Fヤタガラスが羽を休める倉庫の真下まで進み、運良く残っていた倉庫内の棚をよじ登って八咫烏W・T・Fヤタガラスのすぐ下まで近付く事が出来た。


 足場意外にもこんな便利な物が残っていたなんてな。


「だけどここから羽根を狙うのは不可能だ。内部からだから分かるけど、あの位置にいる八咫烏W・T・Fヤタガラスはたぶんこれを理解してたんだろうな」


 ああ見えて相当に狡猾な敵なのかもしれない。


 あの位置にいるのも、この武器だと致命傷にならないのを理解しているからなのか?


 確かに光弾した特殊弾は障害物にあたれば光球を発生させて止まる。


 実銃より威力はあるかもしれないけど、貫通力って面に関してははるかに劣るんだよな。


「特殊トイガンだと威力が足りない。これでやるしかないな」


 M4A1改をいつも通りに腰のホルダーに固定して、代わりに特殊小太刀を鞘から引き抜いてチャージボタンを押した。


 特殊小太刀にヴリルをチャージしてハーフトリガー機能を使って光の刃を作り出したけどこれでもまだ動きださない。


 流石にここからじゃ斬り付けられないって理解してあざ笑ってるのかもしれないな。


 昨日、パンチングマシーンの実験の時になんとなくあの技が頭に浮かんだ。


 そしてあの日の夜、脳裏に一つの光景が浮かんだんだ。 


 この技の本当の名前も、その時に分かった。


 チャンスは一回。今の俺に使える最大出力でこの技を放つ!!


神穿波ラグナ・シュピラーレ!!」


 突き出した特殊小太刀からヴリルを極限まで乗せて光を纏った螺旋状の衝撃波が放たれ、特殊小太刀を中心とした直径五メートルと直線で三十メートル程の距離を光の螺旋が飲み込んでその範囲にある物を全て完全に消滅させた。


 油断していたのか八咫烏W・T・Fヤタガラスの胴体部分は完全にその螺旋に飲み込まれ、内包していた要石コア・クリスタルもその光の粒子に砕かれて消滅してゆく。


 屋根にも大穴があき、そこから青い空が覗いていた。


 自分で使っておいてなんだけど、恐ろしい威力の技だよな……。


 今の一撃でチャージしていたヴリルは空になったし、何となく体が重い気もする。


生命力ライフゲージは百のまま。この状態はヴリル切れって可能性もあるのか?」


 生命力ライフゲージと違って石になったりしないから助かるけど、この体の重さは結構きついな。


 いざって時の切り札だけど、戦闘中にはそう簡単には全力で使えない。


 これからも使う時には慎重にいかないといけないな。


「あ、希少魔滅晶レアカオスクリスタル……」


 運よく俺の手元に落ちて来た。


 これはあの状況でも破壊できないんだな……。謎の多い物質だよ。


 作戦終了!! さて、いったん戻るかな。


 ただ、今日の実験は全部後日にして貰いたい。


 身体が重くて仕方がないしね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る