第九十七話 英雄に休息を


 無事に帰還した俺を待っていたのは、勝利を喜ぶ佳津美かつみ達だった。これはどちらかというと、俺が無事だったからだろうな。


「無事か? どうした、どこか怪我でもしたのか?」


「どうやらヴリルを使い過ぎて一時的にヴリル切れになってるんじゃないかと思います」


「普通の人間には殆どヴリルが無いのにそんな事が起こるの?」


生命力ライフゲージに異常がないので、命に別状はないだろう。だが早急に身体を調べる必要がある」


「衛生兵!! すぐにあきらを病院に輸送しろ!!」


「了解しました!!」


 俺はすぐに救急車に押し込まれ、防衛軍が管理する大病院で検査を行う事となった。


 いや、こうして動ける訳だし、救急車じゃなくてもいいんだけど。


「W・T・F討伐の英雄に何かあれば大変です」


「窮屈かもしれませんが、ご了承ください」


「わかりました」


 救急車の周りには馬鹿みたいな数のパトカーが走ってるし、いったいどんな対応なんだろ?


 ヴリル切れなんて症例は今までないだろうし、なんか嫌な予感がするな……。


◇◇◇


 八月四日、五時十七分。


 結局検査は二日かかり、本当に頭のてっぺんから足の先まで徹底的に調べられた。


 内臓に関してはMRIなどで調べただけなんだけど、特に異常はなかったという話なのでそれ以上の詳しい検査が無くて助かったよ。


 俺が検査期間中に利用している病室は当然個室で、病室の前や周りには防衛軍が派遣した護衛が二十四時間体制で守っているって話だな。


 その護衛が何とか通してくれたのが佳津美かつみ達三人だけだった。


「ようやく検査が終わったよ。この後の食事制限は無いし、自由に飲み食いしても良いって許可が出たから助かったけど」


「もう大丈夫ですの?」


「一晩寝たらヴリルは回復した。完全に使いきっても十時間くらいで元に戻るみたいだよ」


「驚いたわ。この前のアレは何なのよ?」


神穿波ラグナ・シュピラーレって技さ。あの打撃力測定の時に使った技の完成形だ」


 なぜか頭の中に浮かんだんだよな。


 あんなに威力のある技だとは思わなかったけどさ。


「あんたの出鱈目にはこの数日で慣れたつもりだったけど、やっぱり慣れない物だわ」


「慣れるのは無理だと思いますよ」


「そうですわね。わたくしは特に気にしませんが」


「それはあきらめの境地なんじゃない?」


 いや、慣れだろう。


 佳津美かつみとは付き合いが長いからな。


坂城さかきの爺さんは?」


「今回の件で方々に呼び出されてるみたい。様子も見に来れないレベルで」


「二体もW・T・Fが出現したから、日本中の環状石ゲートの再調査をしてるみたいなの。その説明と分析とかで急がしいって話ね」


 いろいろ研究とかもしたいだろうに、その時間もないのか?


 いや、あの爺さんだったら見舞いの時間を割く位だったらその時間であの戦闘データの分析をしてるだろう。


 その方が助かるし、別に見舞いに来てもらうほど何処かが悪い訳じゃないしな。


あきらさんは明日の朝退院ですけれど、とりあえず実験は中断って話ですね」


「もう追加で試すだけの武器類がなさそうだしな。もし間に合うとしたら改良が終わった後でしょうね」


「私たちはともかく、あんたはもうここにはいないでしょ?」


「そうですね。凰樹おうきさんが居なければ意味は無いと思いますが」


 そうだろうけど、その時は実験に使う場所が問題だろうな。


 今以上に威力のある武器だろ? 普通の射撃場でも酷い惨状になりそうな気はする。


「この数日間ですが、あの爺さんの実験に良く付き合ったと思いますよ。ここで診て貰ったデータも全部回収するんでしょうし」


「個人情報が筒抜けね」


「そうじゃなければ、防衛軍の息の掛かった病院になんて選びませんよ」


 ここを選んだのは報道陣対策って面もあるんだろうな。


 あの二体のW・T・Fを討伐したのが誰かって事を探っているんだろうし、普通の病院だとここまで厳重な警備なんてできないから。


 なんにせよ、大きな被害がでるまでに倒せてよかった。


「首都にW・T・Fが出たのに被害はほとんどなし。歴史的快挙よね」


「被害は防衛軍第三特殊機動小隊だけですし、すぐに復帰できてよかったですね」


「この国が誇る精鋭ですからね。正直、あの八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチとあそこまで戦えてたのは凄いんですよ」


「そうなの?」


「戦ってわかりましたが、見た目以上に隙がありませんし死角が無いんです」


 全方向を見渡せる八本の頭。


 主に背部を守る八本の尻尾。


 使わせることはなかったけど、広範囲の特殊攻撃も持っていたはずなんだ。


 それを警戒しながらあれだけ連携をとって攻撃し続けられた事が何よりの証拠さ。


「やっぱり凄い部隊だったのね」


「そうでなければ、年間にいくつも環状石ゲートを破壊出来てませんよ」


 高レベル環状石ゲートの支配下にある拠点晶ベースの破壊なんかもしているしな。


 重要度の高い場所から少しずつ国土を奪還しているし、本当に凄い人たちだ。


あきらさん。明日は実験もありませんし、少しつきあっていただきたい場所があるのですが」


「あそこだろ? ここに居る間に行ければいいなと思っていたさ」


「流石ですわ」


 そう簡単にこんな場所まで来れないからな。


 俺も東京第三居住区域にいる間に行っておきたかったんだ。


「そろそろ時間ですので帰りましょう。無理を言って面会をしている訳ですし」


「そうね。あなたとはもう会う事は無いかもしれないけど、元気でね」


「はい。数日でしたが楽しかったですよ」


「私たちもね。いい経験が出来たわ」


 さて、これで東京第三居住区域での目的が果たせそうだ。


 実験も色々あって役に立ったけど、一番の成果はあれになるだろうしな。


 このまま実験は中止になりそうだし、八月六日には広島第二居住区域に帰れそうだ。

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