第九十四話 八岐大蛇に挑む者


 午前九時三十七分。


 追加の実験を準備していた坂城さかきの爺さんに緊急連絡が入ったみたいで急に現場があわただしくなった。


 何か予想外の事故でも起こったのか?


 それとも昨日の一件で壊した機材に対する上からの苦情かな……。


 あ、坂城さかきの爺さんがこっちに走ってくる。歳なんだから無理すんなって。


「驚かないで聞いてほしい。少し離れた場所に八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチが出現したという話だ」


「え?」


八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチですか……」


「国内二例目のW・T・Fですね。それで、被害はどのくらい出ているんですか?」


 ここは首都東京。


 どの居住区域に出現したのかは知らないけど、何処で暴れられてもその被害額は相当な物になるだろう。


 物理破壊能力持ちの可能性も高いしな……。


「……という形で第三特殊機動小隊は壊滅した。とりあえずだが、今の所八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチは現場から動かず被害は拡大していない」


「精鋭と名高い第三特殊機動小隊でも歯が立たなかったんですか? せめてヴリル対応型だったら結果は違ってたのかな?」


「悪いけど、変わらないと思うわよ」


「そうですね。あれも凰樹さんでなければ真価は発揮しませんし」


 若干威力は足りないだろうけど、それでも何とか……。


 やっぱりもう数段階武器が進化しないと無理なのか?


「もう一つ悪い知らせがある。東京第三六六環状石ゲートからもW・T・Fが出現する可能性は濃厚で、いまにも……」


「最悪の事態ね」


「このままこの国が終わるところでした。でも、わたしたちには希望があります」


「そうですわね。あきらさんがここに居たのも何かの運命ですわ」


 迷惑な運命だけど、俺も今ここに居た事を嬉しく思うよ。


 この居住区域は佳津美かつみの故郷だ。


 W・T・Fなんぞに踏みにじらせたりしない!!


 現状が予断を許さない状況である事は即座に理解できた。


 もし仮にヴァンデルングトーアファイントの二体同時発生などという事態にでもなれば、どれだけ被害が拡大するか想像もできないからな。


 討伐難易度は上がるし、俺にだってできない可能性の方が高い。


あきら、頼めるか?」


「了解です。現場までの移動手段はお願いします」


 実験は即座に中断されてエマージェンシーコールが響き、俺達はすぐに着替えて坂城の爺さんが用意していた最新型の装備を身につけた。


 流石に坂城さかきの爺さんだ。動きやすくていい物を用意してくれたな。


「ここから現場まで車で三十分だが、緊急車両に先導させるから十五分程だ」


「現場に付いたらすぐ戦闘ですね、八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチとの戦闘データなどがあれば見せてください」


 無数のパトカーや特殊車両に囲まれた大型バスの内部で俺は出来る限り情報を集めていた。


 八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチはこちらが油断すれば即座に命取りになる相手だし、結局この動画ではどんな特殊能力を持つかでは分からない。


 ただ、戦えないタイプの敵でもないぞ。


「運よくこいつも飛行タイプじゃなかった。ある程度銃撃後に接近戦を仕掛ければ何とかなる気もするけど……」


「何とかなるのね。八岐大蛇W・T・Fコイツが……」


 八つの頭と八本の尻尾はやっぱり脅威だ。


 赤竜種W・T・Fドラゴンはデカいけどその巨体ゆえに胴体部分に隙があるし、尻尾の攻撃が強力だといっても一本しかない。


 八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチの攻撃は死角の無い頭での噛み付き、八本もあるシッポでの波状攻撃など特殊攻撃も使わずにこれだけで第三特殊機動小隊は壊滅した。


 時間が無い為に戦闘記録を倍速で観ていたけど、精鋭として名高い第三特殊機動小隊が簡単に壊滅する戦闘力は十分過ぎる程理解できる。


 これと戦えとか、無茶を言ってくれるよな。


「特殊攻撃が分からないのが痛いな。炎の息ブレス水砲ショット辺りを使いそうなんだけど」


「そうだな、八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチは今迄に出現報告が無い分その点が不利だ」


「討伐報酬は後で上に申請する。最終的には防衛軍の管轄になるか対GE民間防衛組織の管轄になるのかは分からんが……」


討伐報酬ポイントが欲しくてAGEなんてやってませんし……、坂城さんには世話になっていますから」


 奪還した土地転がしや企業への魔滅晶カオスクリスタルの販売などで無限に近い予算のある対GE民間防衛組織と違い、税金が投入されてその予算内で活動している防衛軍では出せる報酬にかなりの差があるしな。


 その為、防衛軍では年に幾つもの環状石ゲートを破壊して支配区域を解放しているにも拘らず、防衛軍の隊員に支払われる特別報酬は雀の涙程度と聞いている。


 上の方だけは潤ってるんだろうけどな。


 討伐報酬が目的の者の中にはAGEに留まり、拠点晶ベースを破壊していた方が実入りが良いという者すら存在している。


 そりゃそうだ。AGEだけでの拠点晶ベース破壊が不可能な時だったらともかく、今はかなり装備が良くなっているからな。


討伐報酬それ以外に何が目的なのよ……」


「無欲ですね……って、あれだけポイントがあればそうなるのかな?」


「すまんな……」


 流石に防衛軍特殊兵装開発部の予算が潤沢でも、二匹分のW・T・F討伐報酬なんて無理だろう。


 そうなったら新兵器の開発に影響が出るし、結果として俺は不利な状況に追い込まれる。


 坂城さかきの爺さんにはまだ武器類を数段階進化させて貰わなければいけないからな。


 別に金には困ってはいないし、使いきれないポイントを抱えてても意味なんてない。


 車で移動している時に外を見たけど、郊外にある元ショッピングセンターに近付くと既に警察と防衛軍の共同戦線で通行規制や報道規制が張られていた。流石に仕事が早いな……。


 道の端に追いやられた報道関係者の車や、この位置からでも八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチの姿をカメラに収めようとする報道関係者の姿が目に入る。


 上空からヘリで撮影するという方法もあるが、燃料が貴重な現在では報道関係者にヘリを貸し出すなんて考えられなかった。


「あ、今の車両、何処の部隊なんですか?」


「第三特殊機動小隊はもう来てるんですよね? 他の特殊機動小隊まで呼び戻したんですか?」


「GE討伐に別の部隊だと話になりませんよね? まさか守備隊とかAGEに助けを求めたって事ですか?」


 報道各社が周りにいる警官隊や防衛軍関係者に質問を浴びせかけていた。


 こんな状況に慣れているのか、涼しい顔でそれを聞き流しているけどね。


 さて、気持ちを切り替えるとするか!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る