第九十三話 姿を現した厄災


 八月二日、午前九時十二分。


 東京第三居住区域の郊外にある東京第一三三環状石ゲートを取り囲む様に、第三特殊機動小隊が展開していた。


 東京第三六六環状石ゲートの方には偵察部隊が展開しており、環状石ゲートに不審な動きがあれば現場にいる狩夜かりや敬吾けいごが即座に連絡を入れるように指示してある。


 不思議な事に環状石ゲートの周りには小型GEライトタイプの一匹も存在しておらず、第三特殊機動小隊の隊員は完全に敵がいない環状石ゲートの支配区域内をまるで安全区域でも歩いて行くように進んでいた。


「いくらなんでもおかしいだろ? 十年以上放置されてる完全廃棄地区じゃないんだぞ」


「そうだな。仕事が楽でいいが、確かにおかしすぎる」


 いくら弱体化した環状石ゲートであっても流石にここまで近付けば何かしら反応がある筈。


 ここまで無反応な環状石ゲートなんて初めてだぞ。


 そう思いながら周りに視線を流す。


 東京第一三三環状石ゲートは郊外にある元ショッピングセンターの駐車所の一角にあり、人が賑わっていた時には多分に漏れず破壊も移動も出来ない邪魔物扱いされていた。


 そして運命のあの日、そこから沸き出した無数のGEは買い物客に襲い掛かってショッピングを楽しんでいた多くの人を瞬く間に石の彫刻に変えた。


 徐々に侵攻区域を広げて周りに住んでいた人や偶然通りかかっただけの人などにも手当たり次第に襲い掛かり、最終的に環状石ゲートの支配区域内にいた十万人を超える人を物言わぬ石の彫刻へと変えている。


「その十万人を見殺しにして、レベル一環状石ゲートを囲ってお金儲けか。人間のする事じゃねえな」


 第三特殊機動小隊の隊長である小柳こやなぎ長滋ながまさはそんな言葉を口にしながら瞳の奥に黒い炎を燃やし、百メートルほど先にある環状石ゲートを睨みつけていた。


 本当の敵はあの環状石ゲートを囲っていた企業なんだがな。


「同感だ。まだ全員が時間切れリミットオーバーを迎えてた訳じゃないが、あの屑のおかげで少なくとも石化から戻れる筈の人間が最低でも数千人は死んだ。いずれこの罪は奴に償わせてやる」


 この場所には戦闘部隊の第三特殊機動小隊だけでなく、防衛軍特別執行部の俺が企業との交渉役として顔をだしている。


 最初の侵攻で犠牲になった数千人、そして長い年月をかけてあの環状石ゲートを孤立させるまでに数多くの人が時間切れリミットオーバーを迎えていた。


 孤立させた後で助かると思った人も多かったが、あの企業が邪魔をして今の今まで破壊作戦を実行する事が出来なかったのが悔やまれる。


「十年……。その時間は希望であり絶望でもある。期限リミットが迫れば人の心まで簡単に壊す、悪夢のような時間だ」


「まだその希望が残っているうちに、それを踏みにじる行為が許される訳がない」


 俺はそういった人にも会った事があるが、あの目は絶対に忘れない。


 涙を流しながら防衛軍に訴えに来る人もいるし、毎日届く手紙やメールはどのくらいあるのか数得られないほどだ。


 その殆どは目を通される事もなく処分されている。仕方の無い事とは言え……、な。


「まあ、早急に奪還計画に組み込んでいなかった俺達も悪いんだが」


「いや、優先されていた鉄道や高速道路の奪還がなければ、枯死する居住区域があってもおかしくは無い。あの奪還計画は間違っちゃいないさ」


 一九八八年に発生した第一次GE大侵攻。


 そして一九九九年に発生した第二次GE大侵攻で世界中の大都市はほとんど壊滅し、日本も一時は首都東京や首都圏の殆どをGEに明け渡す結果となった。


 当然国は威信をかけて首都奪還作戦を何度も実行したが、武器がまだなかった事も災いしその悉くは失敗に終わっている。


 その後も武器の改良が終わる度に奪還作戦は繰り返され、最終的に二〇〇一年に防衛軍のある下士官が様々な資料に目を通して考え出した首都圏奪還作戦により、二〇〇六年には首都圏にあるレベル六までの環状石ゲートの支配下に置かれていた区域はほぼすべて奪還された。


 優先される区域とされない区域。


 首都圏と言ってもその範囲は広く、東京の端や電車などの路線から外れる地域などは奪還作戦が後回しにされ、他の都道府県を救う為に防衛軍は戦力を振り分けた。


「あの時に今の装備があればな……。と、これは禁句だったか?」


「構わないさ。あの当時の特殊トイガンおもちゃでGEと戦えって話自体が無茶だ。もう少し進化しないと、そのブラックボックス内蔵型も兵器とはいえないが……」


 俺は小柳が手にしている帝都角井製89式小銃に視線を向けてそんな事を考えていた。この特殊トイガンには完成型の生命力ライフゲージ対応型のブラックボックスが内蔵されている。


 それは凰樹が使えば立派な兵器だが、それ以外の人間が使ってもまだ玩具の域を出ない。


 GE相手に戦いを挑める武器じゃないんだ。


「隊長!! 展開中の部隊から報告です。高純度特殊ランチャーの準備完了。特殊トイガン及び特殊小太刀に生命力ライフゲージのチャージ完了とのことです」


「よし、相手は孤立させたレベル一だ。十分でカタを付けるぞ」


「了解です!!」


 小柳も特殊小太刀を腰に下げていた鞘から抜き、チャージボタンを押して内部に生命力ライフゲージを送っていた。


 しかし、小柳では同時にチャージされる生命力ライフゲージの消費の方が激しく、大型GEヘビータイプを倒せる程威力のある攻撃は一度きりしか行えない。


 無針注射型や経口型回復薬を使えば可能だが、それでももう一回使えば限界だ。


「すまんな、そこであの環状石ゲートが砕けるのを待っててくれ。第三特殊機動小隊、攻撃開始!!」


「了解、攻撃開始!!」


 小柳の号令と共に、第三特殊機動小隊は環状石ゲート内部に侵入する為に一斉に突撃を開始した。


 しかし、どの方向から環状石ゲートに体当たりをしても内部に進入する事は出来ず、隊員達はその異常事態に戸惑っている。


 こんなことはあり得ない。向こうから侵入を遮断する方法でもあるのか?


「どういう事だ?」


「内部で何か異変が起こっているのか?」


 触っても、蹴っても、銃で撃ってみても環状石ゲートに変化は無く、まるで普通の岩の様に何の変化も起こらなかった。


 しかしよく見れば環状石ゲートのあちこちに細かいヒビが入っており、一見すればそれは孵る直前のタマゴの様でもあった……。


 卵の殻。そしてそこに罅。


 そしてが何の前触れなのか俺は即座に理解した!! そういう事か!!


「全員すぐそこから離れろ!! W・T・Fヤツだ!! W・T・Fが出て来るぞ!!」


「ヴァ……? ヴァンデルングトーアファイント?! そんな事ある訳が……」


 その時、環状石ゲートの壁の一部が大きく剥がれ落ち、そこから二本の角を持つ東洋風の龍の頭部が姿を現した。


 ちくしょう!! 最も危惧していたW・T・Fの出現が現実のものとなっちまったか。


「GEが一匹もいなかったのも、W・T・Fヤツが出る前兆のひとつだったんだ。さ……最悪だ!! あれはもしかして、隣の国で数億人の犠牲者を出した龍型W・T・Fか?」


「攻撃だ!! 完全に出て来る前に、そいつを倒せ!!」


「りょ……了解です!! 撃ち方はじめ!!」


 出現した龍の頭部に向かって夥しい量のグレード十特殊弾が浴びせられたがそんな物でどうにかなる相手では無く、そして環状石ゲート内部からは次々と龍型W・T・Fの頭部が姿を現した。


「いったい何匹出て来るんだ?」


「一……二……、全部で八匹。この数が解き放たれ……、ん? 胴体?」


 出現した龍型W・T・Fの頭部は八つ存在した。


 しかしその全てがひとつの胴体に繋がっており、その先には同じ様に八本の長い尻尾が生えている。


「W・T・Fではあるが、F型のヒュドラタイプか?」


 九つの首を持つ蛇竜種ヒュドラというF型が存在する。


 蛇竜種ヒュドラはギリシャ、イギリス、アメリカなどで発生報告があり、高い再生能力が脅威で更に通常の攻撃能力もかなり高い。


 その上特殊スキルとして持っている広範囲に撒き散らす毒の様な物で、多くの人間をその毒で石の彫刻に変えてきた。


 しかし、あの姿はおそらく伝説の……。


「いや……はおそらく……」


八岐大蛇ヤマタノオロチ……」


 その姿を見て、俺はW・T・Fの正体がなんであるかを見抜いた。


 八岐大蛇ヤマタノオロチは日本の神話に登場する架空の生物であり、W・T・Fに多く見られるF型のGEと考えて間違いはないが、飛行能力を有していない。


 その為に通常の赤竜種ドラゴン超巨大翼竜種フライングギガントよりはマシと言えなくはないが、今まで出現例が報告されていないので特殊能力などが分からないのは痛いな。


「隊長、攻撃が……」


 チャージ機能まで使えば多少はダメージを与えられるが、そんな物は数秒も経たずに完全に再生されていた。


 あいつが簡単に倒せる化け物だったら、他の国でも討伐例があるだろう。


 八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチは長い八本の尻尾で周りにいる隊員を次々と石像に変え、僅か数分後には隊員の数は僅か七名にまで減らされていた。


 レベル一環状石ゲートから出現したW・T・Fがまさかこれほどとは……。


 隊長である小柳の口から撤退命令の出ていない第三特殊機動小隊の隊員は果敢に攻撃を続けていた。おい、そろそろ撤退させねえと全滅するぞ!!


 通常のGE用兵器の中では最高の攻撃力を誇る高純度特殊ランチャーを撃ち込んだりもしたが致命傷には至らず、爆発が収まるのと八岐大蛇ヤマタノオロチW・T・Fの傷の再生が完了するのがほぼ同時だ。


「やはり無理か……。今の武器では攻撃は無駄だ小柳。部隊を撤退させろ」


「ふざけるな!! 敵を目の前にしながら尻尾を巻いて逃げだして、民間人に助けを乞うなど軍人のする事か!!」


「攻撃が効かん相手に、これ以上の攻撃は無意味だ!! それとも、何か策でもあるのか?」


 これでは十一年前のあの作戦と変わらない。


 無駄に優秀な第三特殊機動小隊の隊員をこれ以上無駄死にさせんじゃねえ!!


「俺の持つこの特殊小太刀の刀身は七十九センチ、十束の剣とつかのつるぎと思えば、まだ希望もあるさ」


十束の剣とつかのつるぎには十ミリ足りてないだろうが!! 戻れ!!」


 八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチに突撃した小柳は、石化した隊員に紛れてうまく懐に潜り込み、八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチの身体をハーフトリガー状態の特殊小太刀で切り付けた。


 うまい!! だが、身体を蔽う鱗に僅かな傷を残して刀身が粉々に砕け散った。やはりあの光の刃でないとこうなるのか……。


「ちくしょう!! 俺達じゃ届かねぇのか!!」


「隊長……」


 八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチの尻尾が振り降ろされ、僅か十数分の戦闘で第三特殊機動小隊全員が石像に変わって壊滅した。


 この国でも精鋭部隊と名高い第三特殊機動小隊があの装備で挑んですらこれか。


 そりゃ他の国が滅ぶ訳だ。


「これまでか……、ん? 何故だ? 何故八岐大蛇アイツはあそこから動かない?」


 不思議な事に八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチは壊れかけた環状石ゲートの傍から離れず、そこで身を休めていた。


 このまま暴れられるよりも助かるが、いったいどういう事だ?


「そう言えば山口に出現した赤竜種W・T・Fドラゴンも、後で調べた情報では同じ様な行動をしたそうだが。もしかして出現直後はあそこからそこまで動けないのか?」


 動ないのか、動ないのかは知らん。


 どういう事情かは分からんが、千載一遇のチャンスである事には間違いない。


「あの少年……、凰樹に頼る他ないか」


 軍人としての矜持を胸に抱いたまま石像に変わり果てた小柳には悪いが、俺は即座にその決断を下した。


 ここで判断を誤れば間違いなくこの国は滅ぶ。


 それを回避させる為には俺たちのプライドに価値なんてねえ。


「一緒に居るごんさんに急いで連絡を……、ん?」


 事情を話して凰樹をこちらに向かせてもらおようと考えた時、丁度端末に連絡が入った。


 画面には狩夜敬吾と表示されており、向こうでも何かあったんだろうが……。まさかな。


 嫌な予感がするが出ない訳にはいかない。俺は覚悟を決めて画面に表示されている通話ボタンを押した。


「俺だ、そっちで何かあったのか?」


「松奈賀さん、こちら東京第三六六環状石ゲートです。現状、周りにはGEがいませんので比較的安全なんですが、不思議な事に環状石ゲート内部への進入が出来ないらしくて内部の確認が出来ない状況です」


 遅かったか……。


 ちくしょう!! もう少し早くこの情報が入っていれば!!


 あの馬鹿どもが余計な手間をかけずに環状石ゲートの破壊許可を出してりゃ、こんな最悪の自体にはならなかった!!


 東京第三六六環状石ゲートは此処から比較的近い場所にあり、空を飛べない八岐大蛇W・T・Fヤマタノオロチであっても動き出せば比較的短時間で合流される可能性すらある。


 向こうで飛行型のW・T・Fが出たときはその危険度がさらに増す。


 一匹でもこれだけの脅威なんだ、合流などされては本気で首都圏全域を壊滅させられかねないぞ。


「いいか狩夜、今すぐそこにいる偵察部隊を下がらせろ!! 東京第三六六環状石ゲートからもW・T・Fが出現するぞ!!」


「え、ヴァ……W・T・F? それじゃあが出現前兆なんですか!!」


「間違いない!! 遠隔操作のカメラか何かで撮影を続けて、後でそれを分析するぞ。今後の貴重な資料だ……」


 出現前の貴重な資料になるが、それが生かせるかどうかはこいつらを討伐した後だ。


 現在時刻は 午前九時三十七分。


 急いでごんさん連絡するが、八岐大蛇W・T・Fおまえは頼むからそこから動いてくれるなよ……。


 切り札がここに居たのが幸いだ。


 まだ神様は俺達を見捨てちゃいなかったみたいだぜ。

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