第九十一話 仕事人間たちの何気ない雑談【坂城厳蔵視点】


 八月一日、午後十時三十五分。防衛軍特殊兵装開発部の特別研究室。


 親睦を深める食事会を欠席したワシは、今日集めたあきらのデータと今までに集めたデータの照合や分析などを行っている。


 これだけのデータを前に、悠長に食事会など出来る訳ないだろうが。


 あの食事会を企画したのはワシではないが、わざわざ首都まで呼び出したあきら達の歓迎会もしないのかと言われればあれ位用意するしかないからな。


 表向きは部下どもと出る事にしていたので、おそらく四人では食いきれぬ料理が出されただろう。


 部下たちも昼間の後始末や何やらで忙しいが……。


 映像を一時的に止めてはシーンごとにあきらの映っているコマを探しだし、それを拡大して確認するという作業を気の遠くなる程繰り返す。


 以前の映像記録などから当時纏っていたヴリルの量などを割り出して、成長率や瞬間的な最大値を探し出した。


「今の所最大値は当然ヴァンデルングトーアファイント討伐時のバーストの瞬間だが、その前のハーフトリガー機能使用時も異常な数値である事は間違いないな」


 特にハーフトリガー状態の特殊小太刀が発しているヴリルの量は異常で、特殊小太刀の周りを漂っている小さな光の粒ひとつひとつが推定数千ヴリルである事が確認されている。


 数値が特定できないのは無数に漂っている光の粒子全てがその数値であり、相互に干渉し合って正確な数値が予測できない為だ。


 ヴリルを事前にチャージする事でこのハーフトリガー状態を他の誰かに再現できないかと試してみたが、苦労して最大値まで貯めたヴリルのメモリは僅か一秒ほどで完全に空になった。


 つまり、常に恐ろしい量のヴリルを放出しているあきらだからあんな真似が可能な訳で、他の誰かが同じ事をしようとしても本人が提供するヴリルが足りないという事だ。


「いつからというのは分かりきっておるが、やはり決定打になったのはひと月ほど前の環状石ゲート破壊時で間違いないようだ。アレからあきらの能力が日ごとに増加しておる。あきらヴリルが覚醒した時は此処だ!!」


 最後の守護者キーパーとの戦闘で何か掴んだのか、それともほかに何が外的要因があったのかまでは調べられんが、ここから数値が異常に上がり始めている。


 昔のデータも洗ってみたが、一年くらい前から徐々に覚醒しているように見えるがな。


 しかし身体能力も含めて若干常識からはみ出してはいるが、そこまで人間離れをしている域までは達しておらん。


「輝の成長は当然の事ながら荒城あらき君の成長速度を考えれば、やはりもう一度霧養むかい君の能力も再度測定する必要があるな。ヴリルに関してはランカーズのメンバー全員分のデータも必要ではあるのだが……」


「全員呼ぶと、広島第二居住区域が何を言ってくるかわかったもんじゃない。だが……、今回は広島第二居住区域あそこが壊滅する危険を冒してでも全員こちらに呼ぶべきだった」


大嗣たいしか? 執行部の仕事はうまく行ってるのか?」


ごんさんは当然俺のもう一つの顔も知ってるよな。直接会えた企業は四、急病を理由に門前払いがと代表者不在が合わせて三。どいつもこいつも腐ってやがる」


 流石は大嗣たいしだ。あの企業共相手に四件も接触できたとはな。


 他の奴らではこうはいかんだろう。


 国家機密には抵触せんレベルの情報を流して、逃げ回っとるんだろうしな。


「石に変えられた人を見捨て、魔滅晶カオスクリスタルでボロ儲けしようって奴らだ。他人がどうなろうと知った事じゃないだろう」


「腐りきってやがるな。それでも今回は東京第一三三環状石ゲートと東京第三六六環状石ゲートの破壊は認めさせたから、最悪の事態は回避できた」


 他の環状石ゲートは最大でひと月以上後のW・T・F発生予測だ。それまでに直前までに何度も交渉を行えばいいだろう。


 もう一ヶ所何処かで出現データが取れればそれを理由に破壊できるのだがな……。


「最終手段だが、大型GEヘビータイプが出てくれればそれを口実に破壊できんか?」


「流石に大型GEヘビータイプをW・T・Fとは言えんだろう。それに、今残ってる環状石ゲートから出て来るのは精々中型GEミドルタイプだ」


「やはりそう上手くはいかんな」


「年の功のごんさんでも流石に妙手が浮かばないか。地道に交渉するほかないようだ」


「オマエまで年寄り扱いか……、まあいい。それで、その二つの環状石ゲートの破壊はいつだ?」


「第三特殊機動小隊が明日の早朝遠征先の青森から帰還するから、その後すぐに……」


 あきらに頼んだ方が早いだろうが、流石にそれは防衛軍のメンツが潰れるからな。


 ワシは構わんと思うが、その下らんメンツに拘る奴らは多い。


 だからワシや大嗣たいしが苦労するんだが。


「第三特殊機動小隊であれば間違いないな」


「おそらく明日の昼過ぎには環状石ゲートの破壊報告を聞いているだろう」


 第三特殊機動小隊は防衛軍内でも信頼されており、重要な環状石ゲート攻略作戦時には、ほぼ確実に名前が挙がっているほどだ。


 他の部隊が劣っている訳では無いが隊長の小柳こやなぎ長滋ながまさは防衛軍内でも屈指の特殊小太刀使いで、支援が必要だが大型GEヘビータイプを接近戦で討伐できる防衛軍内で唯一の存在だ。


 最新の装備があるから最近は大型GEヘビータイプも楽な相手にはなったが、以前は死神の様な存在だったからな。


「問題は、W・T・Fヤツの出現に間に合わなかった時だ」


「その時はあきらに任せるしかないが、民間人に助けを求める事を上が承知するか?」


「民間人に助けを乞うなど、国を防衛する者としてのメンツは丸潰れだからな。かといって、防衛軍が全滅するまで無駄な突撃を繰り返す必要はない」


「上ならそんな命令を出しかねんぞ。大嗣おまえも樹海の環状石ゲート攻略作戦を忘れた訳じゃないだろう?」


「ああ、当時の幕僚が総辞任したあれか……」


 樹海環状石ゲート攻略作戦。


 今から約十一年前の春、当時の特殊機動連隊、機甲連隊、偵察連隊、普通連隊をはじめとする虎の子の防衛軍五万人を全国から掻き集め、樹海に存在するレベル二十三の環状石ゲート攻略作戦を開始した。


 現在の感覚で言えば愚かな行為と分かるが、当時はレベル二桁を超える環状石ゲートの脅威がどんなレベルなのかが知られていなかったのが原因だ。


 当然の事だが、初期型の特殊トイガンや当時の特殊弾は殆ど役には立たず、群れと成して襲ってくる中型GEミドルタイプや、頻繁に現れる大型GEヘビータイプに囲まれて防衛軍は僅か数時間の戦闘で多くの兵を失った。


 石化等により確認された未帰還兵が約三万人。


 転落などの事故による負傷者数千名。


 石化が確認できず帰還しなかった行方不明者数百名。


 持ち出した戦車や航空機などの多くを失い、防衛力を一気に半分以下にまで下げた防衛軍史上最大の愚行だ。


 もし仮にこの時多くの兵を失っていなければ、数年後に改良された特殊トイガンやグレード十の特殊弾などでより多くの国土を奪還できていただろうなどとも言われている。


あきらの父親もこの作戦で行方不明だ。おそらくは樹海の奥で石に変わっておるだろう」


「破壊不可能とまで言われているリングすら破壊されたって話だからな。行方不明者は全員同じ運命だろう」


 あきらの父親であるいわおは行方不明という事にして北海道で機密任務についておるのだが、アレはあいつの嫁であるかなでからの提案だったしな。


 作戦自体は上手くいっておるし、食糧生産能力も格段に回復しておるから間違いではないのだが、いずれワシはその事であきらに殴られる覚悟位はしておるよ。


「今の幕僚ならば、民間人だろうが何だろうが使える者は使うだろう。現場は反発するだろうがな」


「俺達も防衛軍特殊兵装開発部ここに『使える民間人が見つかったから明日からそいつに任せる』、とか言われたら反対するだろう? 同じ事だ」


「確かに……。この国を守ってきたという矜持があればあるほど反発するな」


 その時は大手を振って定年退職するのもいいかもしれんが。流石にそんな奴はおらんだろう。


 ブラックボックスの開発が出来るのは儂らだけだ。


「それでその凰樹に明日は何をやらせるんだ?」


「新型の問題点についての実験だ。あの威力で味方を巻き込む訳にはいかんだろう?」


「新型に関しては供給先に制限を設けるべきだろう。凰樹たちのような真似ができる奴がそういるとは思えんが」


「それに関しては残念だがその通りだ。使用者全員があの半分の威力でも再現できれば、この国を取り戻せるのだが」


 今人類は大きな分岐点に立っておる。


 ヴリル対応型で射程の長い強力な次世代トイガンが普及した時、世界中で反撃の狼煙が上がる筈だ。

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