第八十九話 外道には優しい二者択一を【松奈賀大嗣視点】


「防衛軍の役人さんが、うちに何か用ですか?」


 会長室に顔を出したら、こいつが俺達に向かって最初に口にしたセリフがこれだ!!


 こいつは新日本特殊銃器開発工業会長、棟方むなかた諦三たいぞう


 GE発生後に創られた新興の特殊トイガンメーカーのひとつで、自前の環状石ゲートから魔滅晶カオスクリスタルが入手できることを強みに他社の吸収合併を繰り返して短期間で此処まで会社を大きくした。


 低純度の魔滅晶カオスクリスタルを精製して純度をあげる技術の特許も持っており、それでも莫大な利益を上げている。


 この会社の会長になる前にも方々に顔が利き、環状石ゲートの囲い込みの際にはそれをフル活用していたみたいだがな。


「この手の話は警察には無理、っていうだけで理解していただけると嬉しいんですが」


「まあ詳しい話はこちらで……」


 会長室に通された俺と狩夜はいちおうソファーへと案内された。


 ほう、このまま立ち話でもさせるのかと思えば、その位は歓迎してくれるのか?


 そう思ったが目の前には立派なテーブルがあり、そこには湯気を立てた熱々のお茶が出されている事から歓迎されていない事は明らかだな。楽しい意趣返しをする。


 歓迎している場合なら、ふつうこんな状況では冷たい物を用意するだろうしな。


「一日中こんな所にいますと熱いお茶が良いかなと思いまして、炎天下を遠路はるばる来たあなた方には冷たい方が良かったですか?」


「お気遣いなく。今日伺いましたのは他でもありません。新日本特殊銃器開発工業が保有する東京第三居住区域郊外にある環状石ゲートの事です」


 環状石ゲートという言葉を聞いた瞬間、棟方の顔からうすら寒い笑みが消えて、まるで親の仇でも睨み付けるかのような顔へ変わる。


「また、家族を助けて欲しいとか言う訴えですか? もう十回目ですよ!!」


「今まで九回もそんな訴えがあったのか。そりゃ家族が助けられるのに見殺しにされている状況なら、訴え位起こすだろう」


「心外だ!! それに最初の一回には十分な補償をした。二回目以降はそれを聞きつけたハイエナ共が金の無心に来てるだけだ」


 これは事実だ。十分な額とは言えないかもしれないが、棟方は環状石ゲート内で助けられる予定だった者には補償金を支払っている。


 二回目以降に同じ訴えをした者の多くは別の環状石ゲートの支配区域である事が多く、救出にもっとも重要であるその事を訴えた者すら碌に調べもせずに補償金目当てで棟方に詰め寄っていただけだった。


 金を集りに来る連中という棟方の主張はある程度正当性があるが、お前のしている事はそれ以前の問題だろう?


「防衛軍の奪還作戦に指定されていない環状石ゲートを破壊したけりゃ自分で行けばいいだろう。これを妨害する法は存在しないぞ」


「ほう、よろしいんですか?」


 よし言質を取った。


 今回は防衛軍が動いている以上、許可さえあれば明日にでも破壊できる。


 だがそれも難しい事を知っているからこんなことが言えるんだがな。


 本当に胸糞の悪い奴だ。


「あの環状石ゲートはうちの敷地内にある。それにあそこまで行くにはうちの管理区域を通る必要があり、もし一歩でも入れば不法侵入で訴えますよ」


 環状石ゲートの支配区域は法が適用されないのでその理論は通常通用しない。


 しかし、環状石ゲートへの侵入経路は流石に限られているし、わかりやすく言えば巨大な工場のど真ん中に生えている環状石ゲートに侵入しようとすれば、その工場の敷地内には絶対に立ち入らなければいけない。


 それを逆手にとってこいつの様に環状石ゲートを囲い込んでいる奴もいるって話さ。実際に現地にあるのは廃工場で、こいつはそこの所有権を持っているだけだがな。


「私がここに来た理由はそんな事では無く、別の要件でして……」


「別の要件? 驚きました、またあの環状石ゲートを手放せというのかと」


 棟方は少し温くなったお茶に手を伸ばし、それで口を湿らせた。


 普通そういった訴えで俺達が来ることはないから分かるだろうに。それは別の団体の仕事だ。


「まあ、手放す結果は同じですが」


「ど!! どういうことですか!!」


「ここから先は機密ですので、他言無用でお願いしたいのですが」


「機密、どのレベルだ?」


「国家機密。洩らせば理由の如何にかかわらず首が飛ぶレベルです」


 狩夜が笑みを浮かべながら咽喉の前で指を横に滑らせる。優しそうな顔をしているが、平気であんな真似をする奴だ。


 棟方はようやく状況を理解し、良くさえずっていた口をつぐんで首を上下に動かした。


「先日ある組織から入手した情報で、新日本特殊銃器開発工業が保有する東京第三六六環状石ゲートから近日中に、ヴァンデルングトーアファイントが出現する可能性が高い事がわかりました」


「ヴァ……、W・T・F!! 馬鹿な……」


「馬鹿ではありませんし、調査の結果でこの情報が間違いでは無い事が確認されています」


 東京第三六六環状石ゲートは郊外に車を三十分程走らせた場所に存在するが、もしW・T・Fがそこに出現すれば種類次第では数日中には東京第三居住区域は壊滅する事だろう。


 出現直後には遠くまで動かないという情報もあるが、単に滅亡する時間が延びるだけで何の解決にもならない。


「そんな情報信じられるか!! 今までと同じ手だと私が環状石ゲートを手放さないと知って、そんな出鱈目な情報で脅そうなどと……」


「脅しじゃありませんよ。こんな情報がある以上、私は新日本特殊銃器開発工業さんはアレを破壊した方がいいんじゃないかとアドバイスに来ただけでして、もし仮に忠告に従わずW・T・Fが発生した場合は……」


「発生した場合どうだというのだ? それにだ、逆に発生しなかった場合どうしてくれる?」


 やれやれ。ここまで優しく教えてやってるのにまだ発生しないと思ってるのか?


 狩夜は手にしていたカバンから一枚の書類を取り出してそれをテーブルの上に乗せた。


 それには【W・T・F発生時の予想被害総額と環状石ゲート所有者の罪状について】と書かれている。


「忠告を無視してW・T・Fが発生した場合、環状石ゲート所有者一族は全員死刑? 全財産御没収? なんだこれは?」


「まあこれでも優しい方ですよ。W・T・Fが発生すればこの辺りも壊滅、人間も全員石の彫刻でせっかくここまで復興した首都圏が十数年前の姿に戻る事は確定でしょうし」


「今まで幾つの国でどのくらいの犠牲者が出たか知らん訳じゃないでしょう? 一部の例外を除き、最低数百万人から最高数億人。幾つもの国を滅ぼす厄災の象徴が動いている様な物ですよ、W・T・Fアレは。その発生を事前に知りながら放置したとなれば……、ね?」


 狩夜は再び笑みを浮かべながら、咽喉の前で指を横に滑らせた。


「とりあえず、これだけのリスクを承知で放置する訳です。出現後に運よく犠牲者の数が少なくて済んでも貴方を含める会社の役員一同の死刑は確実。会社は解体されて従業員は路頭に迷う事でしょうな。ま、従業員が無事に逃げ延びて石に変わっていなければの話ですが」


「それはあくまで、W・T・Fが出現した場合だろう? しなかったらどうする? わが社が一方的に大損するだけではないか」


環状石ゲートの破壊を承諾しないならしないで結構ですよ。ただしこれにサインはして頂きますが」


 俺は懐から封筒を取り出し、その中に収められていた書類をテーブルの上に広げた。


 これは事前に用意した本物で、この場で使用する事もできる。


「死刑執行の同意書? 何の真似だ?」


「この情報を聞いた時点で貴方の選択肢は二つ。東京第三六六環状石ゲートを手放すか、それとも……」


「あなたの命のどちらか。強要はしませんので、好きな方を手放していただければいいですよ」


 棟方もこんな物にサインをすれば目の前にいる狩夜がホルスターに収めてある銃を抜き、自分は即座に撃ち殺されない雰囲気だという事位十分に理解しているだろう。


 迂闊にこの話を聞いた時点で棟方に選択権は殆ど無く、命と環状石ゲートのうちどちらかを確実に手放すしかない状況だったのさ。手放すのが命って事だったらすぐに楽にしてやる。


 手間をかけさせてくれたが、俺達をこの部屋に入れた時点でお前の負けだ。


「くっ、あの環状石ゲートを手放そう」


「いや、棟方さんが物分りのいい方で助かりました。我々もこんな真似はしたくは無いのですが、形振なりふり構ってられぬ程に切羽詰っていまして」


「この話が本当であればそうだろうな」


 冗談や偽情報だったら俺達がここまで強引に動きはしないさ。


 こんな茶番なんて無視してさっさと部隊を呼び戻して、先に環状石ゲートを壊してしまえばいいのにと思っているくらいだ。


 その気になれば理由なんて後でどうにでもできるしな。


「ご協力に感謝します。今後もし仮にですが、環状石ゲートの破壊までの期間にW・T・Fが出現した場合でも、あなたには害が及ばぬよう我々が保証しますよ。当然ですが、W・T・F出現この事については他言無用でお願いします」


「それは分かっている。で、いつ環状石ゲートの破壊を行う予定だ?」


「部隊を呼び戻した後ですので、明日ですね。無事に破壊できた場合は、副産物の希少魔滅晶レアカオスクリスタルを後で届けますよ。W・T・Fが先に出て来た時は、流石に討伐者に渡しますが」


「その件は了解した。あと、破壊するのであれば、石から命を取り戻した者への生活保障なども頼むぞ」


 最後に棟方が放った言葉は意外だった。


 こいつも会社の存続の為にあんな真似をしていたんだろうが、心の奥底ではこうなる事を望んでいたのかもしれないな。


「それは我々の管轄外ですが、最善を尽くすと約束しますよ」


 時間がかかったが何とか環状石ゲートの破壊を認めさせた。


 ここがワンマン経営の会社で助かったぜ。


「ようやく一件か、何とか今日中に全部回るぞ」


「聞き分けが良い人ばかりならいいんですけどね」


「例の二つの予想期日まであと六日。今この瞬間にもW・T・Fヤツ環状石ゲートから顔を出さんとも限らんのに、株主の承認だの決定権の有無だのと好き勝手を言ってくれる奴が多すぎる」


 こうして会う約束を取り付けるのにも苦労してるからな。


 いつだったら会えるかと聞けば、最低でも一月後とか言いやがるし。


「W・T・Fの出現ですか、その時は最悪この国の終焉の始まりかも知れませんね」


「何も手札が無ければそうなるだろうな。だが、最強の切り札はいま東京第三居住区域ここにいる。AGEとはいえ民間人に望を託すのは防衛軍おれたちも本意では無いんだが」


「本当にW・T・Fあれを倒せるんですか?」


「戻ったらW・T・Fの戦闘記録討伐映像を観るといい。常識って奴が書き換えられるぞ」


 俺はランカーズとW・T・Fの戦闘記録討伐映像が入ったメモリーチップを懐から取り出して狩夜に渡した。


 それを見りゃ馬鹿でも理解できるだろうぜ。

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