第八十八話 屑を訪ねて炎天下【松奈賀大嗣視点】


 八月一日、午前十時。


 真夏の容赦の無い照り付ける日差しの中、俺は部下と共に東京第三居住区域の工業エリア内を歩き続けている。


 時折吹く風も涼しいどころか温風ヒーターの風でも流されているのかと思う程にネットリと生暖かく、一層不快感が増すばかりだった。


 居住域内も車での移動が出来るが実際には駐車場などの問題も多く、近場を何ヶ所も訪ね歩く場合には徒歩で移動した方が早い場合も多い。


 防衛軍特別執行部に所属するこの俺松奈賀まつなか大嗣たいしと、その部下である狩夜かりや敬吾けいごは長い道のりを歩いてようやく東京第三居住区域に本社がある新日本特殊銃器開発工業の前に立っていた。


 目の前のビルは大きく、このご時世に東京第三居住区域でこんな規模のビルを所有できているだけでどれだけの利益を上げてるのか分かるというものだ。


「以前は小汚ねえ雑居ビルにいたくせ、随分とデカい会社になったもんだよな。うまく囲い込めた環状石ゲートから生み出される魔滅晶カオスクリスタルで大儲けってやつか」


「純度の高い魔滅晶カオスクリスタルは高価ですからね。低純度の魔滅晶カオスクリスタルでも精製する技術があれば、正直金山を持っているよりも利益はデカいとおもいますよ」


 そうだろうな。


 正直言ってGEの出現は神恵右威を滅亡直前まで追い詰めてる気がするが、突然もたらされた魔滅晶カオスクリスタルは様々な分野で活躍し続けている。


 魔滅晶カオスクリスタルの真価は触媒としての力だろう。物を選ばず純度次第で性能を何十倍にも高めるきわめて異常な物資。それが魔滅晶カオスクリスタル


 使い方次第で世界の姿を変えかねない非常に便利で魅力的な物質で、あれだけ国が滅ぼされていながら魔滅晶カオスクリスタルの存在だけは何処の国でも歓迎されている。


 奴らを倒す為の切り札でもあり、使い道が無限にある夢の物質魔滅晶カオスクリスタル。そんな物がなぜ敵であるGEなどから手に入るかはいまだに謎だ。


 その魔滅晶カオスクリスタルを手に入れる目的で定期的に小型GEライトタイプを倒せるんだったら、無限に採掘できる金山以上に稼げるのは当然だろう。


 対GE民間防衛組織はオハジキ大の低純度な魔滅晶カオスクリスタルをひとつ五十円程度で回収しているそうだが、あれも集めて精製すれば数十倍の価値に化ける。


 その技術は一部の企業しか持っていないがな。


「俺たちの要望はその金山を手放せって話だ。通ると思うか?」


「無理でしょう。だから今回は色々用意した訳ですし」


「そうだな、便な話し合いで済めばいいんだが」


 俺はいつも研修室でしている様な白衣にボロボロのシャツなどでは無く、この暑い中をキッチリとスーツまで着込んで髭を剃って小奇麗な格好をしている。


 こういった仕事は見た目も大切だからな。


 職業柄なんで仕方がないんだが手荒な事も多いんで部下の狩夜は普通のスーツの下に防弾防刃効果のある薄手のボディアーマーを着込んでいるし、胸元のホルスターには四十四口径のリボルバーが収められている。


「行くか……」


「了解です」


 まず一件目。俺は自分にそう言い聞かせて重い足取りで目の前に立派なビルへと向かった。


◇◇◇


 夏の日差しで焼き殺されかねない様な外の酷暑が嘘の様にビル内部には冬でも来たんじゃないかと思える程に冷房が効いている。


 壁に大きく書かれている【省エネ!!】の文字は、一周回って何かの冗談なのかと思ったぜ。


 首都に本社を構える大手の企業にはこういった所も多い。


 地方の企業の中には冷暖房に掛ける様な余計な予算などビタ一文存在しない所も多く、うちは余裕があるのでここまで冷房を効かせられるという対外的な力の見せ方という話もあるんだとか。


 まったく馬鹿げてやがるよな。


 受付には見目麗しい女性が二人。


 これも余力が無ければできず中小では事務員などが兼任している事が多い。


「すいません。連絡をしていました防衛軍の松奈賀ですが、会長の棟方むなかたさんに取り次いでいただけませんでしょうか」


「防衛軍の松奈賀様ですね。少々お待ちください……」


 受付にいた女性はマニュアル通りの対応をし、俺達はおとなしくここの反応を待った。


 アポイメントは取ってあるが、防衛軍に所属する俺達には警察の様な捜査権などが無い為に法的な拘束力が無い。


 ただ、環状石ゲートに関する交渉事や事件には警察や公安では無く俺達防衛軍に優先権があり、これが犯罪と確定した場合には軍警察が動くのだが現段階では軍警察に全てを任せるという訳にはいかないからな。


「確認が取れました。そちらのエレベーターで二十五階の会長室へ……、あ、お客様……」


「ありがとさん」


「ありがとうございます。御手間を取らせました」


 受付嬢が全部言い終わる前に俺はエレベーター前に歩きはじめ、狩夜は受付嬢に軽く会釈をした後で追ってきた。


「待ってください。ちょっと失礼じゃないですか?」


「なんだ狩夜。お前あんな感じの女が好みなのか?」


「まあ、お付き合いいただけるなら歓迎しますが ……そうじゃなくて。案内前に勝手に動き始めるなんて」


「いいんだよ。確認をとってくれりゃ、それで十分さ」


 俺はこの茶番自体がくだらないと思っている。俺達がわざわざこんな場所まで出向かなければいけない事自体にイラついていた。


 東京第三居住区域に存在する工場エリアの一角。こんなところは研究者が来るべき場所では無く、当然ながら防衛軍特別執行部に所属する人間が来るような場所でもないからだ。


 こいつらが聞き分けよく話を通せば数日で全部片付く仕事だぞ。それをわざわざこうして現場に向かわせられる俺達がいい面の皮だ。


 素直に話を聞けばよし。そうでない時には相応の対応をさせて貰うがな。

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